第四部・第二十五話(第95話) 砂漠王の幻影
牢獄を解放し、さらに奥へと進んだ私たちを待ち受けていたのは、広大な空間だった。
天井はなく、星空そのものが映し出されている。
だが、その星々は不自然に歪み、赤黒い光が混ざっていた。
「……ここ、ただの広間じゃないわ」ルビヤが低く呟く。
ライガは剣を構え、無言で周囲を見渡した。
次の瞬間、砂の壁に炎が灯り、王冠を戴いた巨人の幻影が姿を現した。
「我は、砂漠を統べし王……かつて星と契約せし者」
低く響く声は威厳に満ちていた。
だが、その眼差しは苦痛と悔恨に曇っている。
「ナハシュ……かつては星を護る蛇の守護者。
だが人の欲を憎み、星譜を我がものとせんとした。
彼は堕ちた……ナハシュ=ゼブルとなり果てたのだ」
私の背筋が震えた。
「やっぱり……彼はもともと“守る者”だったんだ」
幻影が手を掲げると、宙に映像が浮かんだ。
そこには、かつて輝く蛇の姿があった。
美しい鱗に星が宿り、精霊たちがその周囲を舞っている。
だが、人々が欲望のままに星の力を奪おうとした瞬間――
蛇は絶望の咆哮を上げ、闇に包まれて変貌していく。
「人は必ず星を狂わせる。ならば我が理を握り、導こう」
その言葉とともに、星々が黒く染まった。
ルビヤが小さく震えながら呟いた。
「……だから、紅い瞳を狙ってるのね。
星譜を完全に支配するために」
砂漠王の幻影は、最後に私たちを見下ろした。
「聖女よ。お前はまだ選ばれていない。
だが、紅眼の娘と共に進むならば――ナハシュ=ゼブルに抗う光となるだろう」
王の影は崩れ、砂となって消えた。
残されたのは、淡く光る星砂の結晶。
ライガがそれを拾い上げ、静かに言った。
「親友。これは試練でもあり、導きでもあるな」
私は頷いた。
(ナハシュ=ゼブル……堕ちた星の守護者。
必ず向き合う。星を護る者として――私自身の覚悟で!)
次回予告
第96話「黒き供物」
迷宮のさらに奥で進められていた新たな儀式。
狙われるのは、紅い瞳のルビヤと……聖女レティシア自身だった。




