第四部・第二十四話(第94話) 影の牢獄
砂炎の回廊を越えた先は、不気味な静寂に包まれていた。
壁は黒ずみ、天井からは水滴が落ちる。
「……雰囲気が一気に変わったな」ライガが剣を抜き、警戒を強める。
ルビヤは紅い瞳を細め、震える声で言った。
「ねぇ……聞こえる? 誰かの声がする」
私は耳を澄ませた。
確かに――呻きと囁きが、奥から漏れていた。
辿り着いた広間には、鉄格子の牢獄が並んでいた。
中には痩せ衰えた人々が鎖に繋がれている。
皮膚には黒い紋章が刻まれ、苦痛に呻いていた。
「まさか……砂漠の民?」私は息を呑んだ。
牢の奥から、白髪混じりの男が顔を上げる。
「聖女……? 本当に、聖女が……」
「あなたは……?」
「我らは“裏切り者”と呼ばれ、ここに幽閉された者だ。
だが真実は違う。黒幕に逆らった者が……こうして捕らわれたのだ」
私は一歩踏み込み、男に問いかけた。
「黒幕……その名を、知っているのですか?」
男の目に恐怖が宿る。
「……口にするだけで、魂を灼かれる……だが、伝えねばならぬ」
彼は血を吐きながらも、低く告げた。
「――闇の帝王、ナハシュ=ゼブル」
広間が一瞬、冷気に包まれたように震えた。
ルビヤが顔を引き攣らせる。
「……ナハシュ=ゼブル……?」
「その名を呼んだ者は、皆……影に呑まれた」
男の声はかすれ、やがて意識を失った。
ライガが低く言った。
「親友。解放すれば味方になるが、敵も気づくだろう」
私は囚人たちの目を見つめた。
そこには、弱々しいが確かな希望が宿っている。
「……解放する。闇に抗う意思を持つなら、必ず力になる」
私は星図盤を掲げ、精霊に呼びかけた。
「鎖を砕いて!」
光が鉄を切り裂き、囚人たちは自由を得た。
白髪の男は最後の力を振り絞り、私に囁いた。
「聖女よ……ナハシュ=ゼブルは星と砂を呑み込む。
どうか……闇を、終わらせてくれ……」
ルビヤは紅い瞳を潤ませ、拳を握った。
「凶兆なんかじゃない……私の瞳で、絶対に暴いてやる」
ライガは頷き、剣を握り直す。
「親友。敵は明らかになった。あとは、斬り進むのみ」
私は深く息を吸い込み、言葉を絞り出した。
「行こう。ナハシュ=ゼブルを討ち、この闇を終わらせるために」
次回予告
第95話「砂漠王の幻影」
迷宮の最奥へと進む道で現れる、砂漠王の幻影。
それはナハシュ=ゼブルに堕とされた過去か、それとも真実の記憶か――。




