第七話 ARC包囲網
霞が関。
官英の机には、三通の暗号電報が並んでいた。
米国:〈基地使用協定の見直しを議論する用意あり〉
中国:〈輸入港での検査強化を即時発動する〉
ロシア:〈漁業交渉を全面凍結する〉
文面はいずれも婉曲だが、意味は一つ。
“オメガ”を渡さねば包囲する、である。
「完全に三方から絞られているな」
公安副長官が顔を歪める。
「いいえ」官英は淡々と返す。
「四方です」
「四方?」
「おそらく、国内の世論が背後から包囲に加わる。新聞の一面が『亡命科学者匿う日本』で埋まれば、我々は自らの手で首を絞めることになる」
会議室が静まる。
敵は国外だけではない。自国民の声さえ、砲撃に匹敵するのだ。
夜。
官英は省庁の窓から霞が関を見下ろしていた。
街は静かだ。だが静寂こそが包囲の証である。
音がしないのは、既に敵が潜入し、近くまで着ているからだ。
その瞬間、彼の机上のpcに通話が入った。
表示された名は、米国・中国・ロシア。三国の外交官名が同時に並んでいる。
まるで、包囲網の締め付けを見せつけるように。
黒田官英は理解していた。
包囲網の恐ろしさは、逃げ場を奪うことではない。「合理的に降伏する以外の選択肢を消す」ことにある。
だが彼は心の中で薄く笑った。
包囲戦の攻略は、包囲を突破する者ではない。
虚を撒き散らし、包囲そのものを無効化する者だ。