第六話 獅子身中の・・・
翌日。霞が関の合同庁舎。
地下会議室には、内閣官房、外務省、防衛省、公安調査庁の幹部が顔を揃えていた。
テーブルには資料が山積し、どの一枚も「責任の所在」を押し付けるための道具にすぎなかった。
「黒田君、説明してもらおうか」
内閣情報官が冷ややかに問う。
「なぜ“虚報”を流した?」
これは、日本以外の機関に5分遅れた監視カメラの映像を送信した件についての詰問であった。
「虚報ではありません。戦術です」
官英は平然と返す。
「国益を損ねかねない行為だ!」
「米国と中国を同時に欺くなど、火遊びだ!」
「もし露見したらどうする気だ!」
怒号が飛ぶ。しかし、どれも「事後にしか成立しない仮定」に過ぎない。
戦場において“事後の仮定”ほど無意味なものはない。
官英は水を一口飲み、冷徹に言い放つ。
「露見すれば、裏をかかれていたかも知れません。だから露見しないようにした。それだけです」
会議室が凍る。合理だけを武器とする言葉は、銃声以上に人間を沈黙させる。
防衛省の将官が皮肉を込める。
「…まるで勝負師だな。勝つためなら虚実を弄する」
「違います」官英は首を振る。
「私は勝つためではなく、この国が“まだ存在している”という事実のために動いています」
だが、この論理は同僚を安心させるものではなかった。むしろ、このような人間が国内にいるという事実こそが恐ろしい。
なぜなら、日本の官僚機構において最も嫌われるのは「正しい者」だからだ。
やがて外務官僚が低声で言った。
「黒田君。君は…官僚の敵だな」
敵。その言葉は、銃弾より重く、砲弾より速く、官英の肩に突き刺さる。
だが彼は内心で笑った。そうだろう。策士とは、いつだって味方から最初に疑われる役割なのだから。