表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/7

第四話 策士、官英

 砲弾の代わりに言葉が飛び交う戦いを、人は「外交」と呼ぶ。


 砲弾ならば物理法則に従うが、外交辞令という弾丸は往々にして法則を無視する。


 つまり、こちらが正論を撃ち込んでも、相手が受け止めなければ無効なのである。


 厄介極まりない戦場だ。


 その夜、首相官邸の地下会議室。


 窓も時計もないコンクリートの部屋に、米国と中国の代表、そして日本政府の官僚が顔を揃えた。


 黒田官英は場違いなほど無表情で席につく。


 しかし、彼は場違いどころか、この混沌を「調律できる唯一の存在」として呼ばれたのである。


「彼は我々が保護する!」


 机を叩くCIA東アジア課長。声量は大砲並みだが、言葉選びの創意工夫は砲兵訓練生以下。


「その科学者は我々の安全保障に関わる! 匿うなら中国は沈黙しない!」


 中国側の参事官が被せる。こちらは素人の迫撃砲のように、炸裂音だけが響く。


 日本の官僚たちは顔を見合わせ、誰も発言しない。


 自国の会議室でありながら、発砲権限を持たないという喜劇。


 こういう場面を「属国の悲哀」と呼ぶのだろう。



 副長官が官英に振る。


「…黒田君、どうする?」


 官英は一口、水を含み、冷ややかに答えた。


「回答します。“どちらにも渡さない”」


 会議室が凍る。


 米公使が声を低めた。


「冗談だろう」


「お楽しみいただけましたか」官英は淡々と返す。


「彼を日本が“預かり”、第三国の監視下に置く。その間、米国も中国も監視員を派遣すればいい」


「監視だと?」


 中国側が眉をひそめる。


「ええ。それが最善です」


 官英は平然と言い放つ。


「我々にはあなた達を止める力はない。しかし、力のある二国にお互いを牽制していただければ、抑止力になる。これこそ我が国の合理的生存戦略です」


 沈黙。


 米国も中国も納得はしない。だが、即座に反論できるほどの材料もない。


 両者は「互いに先に撃たせたがっている」のである。


 ならば調整官の役割は明白だ。撃たせず、弾を虚空に消すこと。


 やがてCIA課長が皮肉を吐いた。


「黒田…君は策士のつもりか?」


 官英はわずかに笑った。


「下手な鉄砲でも、撃たれるのはごめんなんでね」


 こうして「外交戦」は一時停戦を迎えた。


 だが官英は理解していた。


 この調停は、孫子の兵法で言うところの“虚”。


 本命は、既に次の“実”――奪取作戦として動き始めているに違いない。


 国家間の均衡とは、常に血のにじむ綱引きだ。


 綱を握る手を離した瞬間、落ちるのは大国ではなく、分が悪い小国なのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ