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二重の悲劇

「僕は、伊豆から個人旅行に出掛けて帰宅したところなんですよ」

と、佐々木卓夫は嘆息して言った。卓夫は、卓上のライターを取ると、煙草に火をつけて吸った。美味しそうに吸う。

「ところが、帰ってきたら、大変なことになってましてね。実は、うちの祖父母と、叔父さんが何者かに惨殺されてたんです」

 そこで、彼は言葉を置いた。ちょっとショックなのだろう。

「幸い、叔父だけは、一命を取り留めましたが、今も入院中で、意識不明の重態です。時折、うわ言のように、「来た、来た、..........」

って、呟いているそうです。運が悪いことに、その日は、家族の皆が出掛けてましてね。家に残ったのは、その3人だったわけです」

「うわ言の「来た」っていうのは何ですか?」

と、鏑木が訊いた。

「さあ、僕にも、さっぱり?何か、ショックなことがあったんでしょう?分かりません」

「それで、卓夫さん、その祖父母と叔父さんのお名前は?」

「達三と、カノ、それに、佐々木登志雄の3人です。あと、事件を目撃したらしい通りがかりの帰宅途中の女性も、この屋敷の前で殺されたんです。確か、宮島加奈子って言ったかな?ひどいやつですよ、誰だか分かりませんがね、で、調査願えませんかね、鏑木さん?」

「一度、ご家族の方とお会いできませんかね、お話ししたくて」

「どうぞ、どうぞ。よろしくお願いいたします。こちらが、広間になってますので」

 そう言って、佐々木卓夫は、鏑木を広間に案内した。そこには、先客がいた。60がらみの初老の禿げ頭の男性と、ボーイッシュな印象の中年の美しい女性であった。男性は、知り合いの医師で、鮫島忍夫と言い、女性は、この家の妻の咲枝の親友で、新珠さゆりと言うらしい。

「いやあ、話は聞いてますがね、私からいけば、物取りの犯行でもないらしいから、怨恨ですかな?でも、この家で、そんな目に遭うものがいるとも想えないんだがなあ?」

と、鮫島医師が言った。続けて、

「あなたはどうです?さゆりさん?」

「怖いわ。怨恨なんてとんでもない。だって、この家の方、良い人ばかりですもの。きっと、何かの間違いよ、そうに決まってる」

 そう言って、クッキーを口にして、モグモグしている。

「お二人は、この家の方とお付き合いは長いんですか?」

と、鏑木が訊いた。

「ええ」

と、新珠さゆりが答えた。

「奥さんの咲枝さんとは結婚以来だから、もう20年以上ね。女性同士は楽しいものよ。お茶に行ったり、一緒にショッピングしたり。でも、咲枝さん、今、事件のことで、ちょっと落ち込んでるみたいよ、あたしが勇気づけなきゃね?」

「私は、旦那の由紀夫さんと、もう、かれこれ10年以上になりますかな?この家の掛かり付けの医師なんですよ。やぶ医者ですがね、笑えますな。ああ、娘さんたちが来たようですよ?」

 ふたりの若い娘が、広間に入ってきた。ふたりとも、よく似た顔立ちだ。鏑木に、ふたり揃って、丁寧にお辞儀して、席に着いた。

「卓夫兄さんがいってた探偵さんでしょ?この事件、怖いわね?だって、家のあちこちで、背中からナイフで一撃よ。恐ろしいわよ。ああ、あたし?、次女の雪子。よろしく。で、こっちが姉の咲子」

「よろしく」

「で、お二人は、事件当時はどちらにおられたんですか?」

と、鏑木が訊いた。

「あたしは、駅前のショッピングモールでお買い物してたの。だから、帰ってきてビックリしたわよ。家の前で、女の人が刺されて倒れてるし、家で電話しようとして、入ったら、あちこちで、皆、血まみれになって倒れてたんだもん。もう、足も手もガクガク震えちゃって」

「それで、雪子さんが警察に通報されたんですね?で、咲子さんは?」

「あたしは」

と、咲子が言った。

「工藤さんとデートしてたの。横浜辺りで、ブラブラ散歩しながら、おしゃべりしたり、喫茶店でお茶したり、色々ね?」

「そうでしたか?で、そちらのお二方は、当時のアリバイはありますか?」

「私は、たぶん、その頃なら、患者を診てましたよ。自宅の医院でね?看護師に訊いてくださいな?」

 そして、次に新珠さゆりが、

「あたし、はっきりと覚えてないけど、自宅じゃないかしら。ここから、近いのよ。夕食の準備してたかしら?」

「そうですか。分かりました。また、お話し、お伺いしますね?」

 鏑木は、広間を出た。その足で、裏庭に回る。玄関を降り、広い日本庭園風の庭を横切って、隅に置いたベンチに腰かけて、頭を整理する。

「殺されたのはふたり。重態がひとり。そして、目撃者も殺された。となると.................」

 まだ、分からない。何かが足りない気がする。それで、鏑木は、事件の担当者から話を聞くために一度、警視庁へ向かうことにした。それで、一言、卓夫に声をかけてから、邸宅を出た。


「いや、また事件の依頼ですか?鏑木さんも大変ですな?」

 事件を担当していたのは、いつもの匂坂警部であった。警部は、向かいの肘掛けソファを鏑木に勧めて、

「我々も困っとるんですよ、手がかりがありませんのでね。被害者が3名と殺人未遂が1名、しかも、殺人の動機が分からんと来ましたからね。内部の者の犯行の可能性はあるが、それじゃあ、余計に動機がねえ?どうです?鏑木さんのお考えは?」

「いいえ、まだ、まったく。ただ、入院中の佐々木登志雄さんが、うわ言のように呟いている「来た、来た」っていうのは?」

「誰か、来たんでしょうかな?そうなると、外部の犯行にはなる。分かりませんな。ああ、それから、殺されてた目撃者らしき女性の宮島加奈子、彼女、殺されてから、何とか手がかりを残してましてね、それが、カタカナの「キ」なんですよ」

「カタカナの「キ」ですか?」

「ええ、意味が分からんで困っとるんですわ。鏑木さん、お分かりですか?」

「さあ.............?」

 早々に、鏑木は、失礼を詫びて、警視庁をあとにすると、佐々木宅へ戻った。


「僕は、その日、昼からドライブして、郊外の新鮮な空気を吸いに出掛けてました。あとは、軽く登山して、山頂からの景色を眺めたりね?」

と、佐々木純夫が言った。卓夫が長男で、純夫は次男である。

「誰か、殺されたお二人と仲の悪かったような方は?」

「さあ、思い当たりませんねえ。皆、家族の仲は悪くなかったですよ。物取りの犯行でもないんですか?不思議だなあ?」

 そこへ、妻の咲枝がお茶を運んできた。鏑木は、礼を述べて、

「咲枝さん、もう、元気に戻られましたか?この度は、御愁傷様です。お気持ちはお察しします」

「ありがとうございます。お陰さまで、気分は何とか。でも、あれだけ、皆から好かれていたお父様とお母様でしたのよ。いったい、誰が?分かりませんわ。今日も、登志雄さんに面会に行きましたの。でも、意識は、いっこうに戻らないようで。心臓の近くを刺されたようでね。先生の話では、意識が戻るには、かなりの時間がかかるって、おっしゃってましたわ」

「で、咲枝さんは、事件当時はどちらにおられたんですか?」

「私は、車で、近くの映画館に行ってましたの。私、映画観賞が趣味なんです。その日は、血の飛び出るようなホラー映画を勇気を出して観ましたわ。でも、怖いの、なんのって、もう駄目ですね」

 鏑木は、食堂を出た。そして、手がかりをつかめないままに、再び、ぶらりと警部を訪ねてみようという気になった。


「これは、これは、鏑木さん。ちょうど、良かった。今、宮島幸也さんが、来られているんですよ。一緒に会われませんか?」

「と、言われますと?」

「事件の目撃者で、殺された宮島加奈子さんの旦那さんですよ」

 鏑木は、取調室に通された。そこにいた宮島幸也は、痩せぎすの平凡な中年男であった。

「まさか、加奈子がこんな目に遭うなんて。運が悪いとしか言いようがありませんよ」

「加奈子さんは、いつも、あの家の前を通って、帰宅していたんですな?」

「ええ、毎日、そうでした。僕によく尽くす良い女性でした。誰ですか、犯人は?僕が、この手で................」

「まあまあ、落ち着いて下さいな。犯人は、我々、警察が威信にかけて、全力で逮捕に勤めますので。で、宮島さんに犯人の心当たりは?」

「そんなもの、ありませんよ。僕たち、あまり裕福じゃないから、アパート暮らしですがね、妻のことだって、よく知ってますよ。でも、通りすがりの犯人って言われてもねえ、何でも、玄関で殺されてたっていうんでしょう、あのご夫婦。だったら、ガスか水道の集金係じゃないんですか、犯人は?」

「なるほどね。まあ、いいでしょう。また、お話しをお聞きするかもしれませんので、その時は、よろしく」

 宮島は帰っていった。話を聞いていた鏑木は、しばらく考えていたが、やがて、頭を振って、

「どうも、分かりません。少し、公園ででも、考えてきます。警部さん、どうも失礼しました」


 鏑木は、警視庁から少し離れた児童公園の白いベンチに腰かけて、沈思黙考していた。

「佐々木登志雄は、「来る、来る」と、呟いていた。そして、目撃者の宮島加奈子は、カタカナの「キ」と書いて、手がかりを残した。そして、達三とカノは、自宅の玄関で殺されていた.............」

 そして、立ち上がると、公園の池のほとりに来た。何か、おかしい?何だろう?

 その時、彼は、何気なく、池の水面を眺めた。そこには、池を見つめる自分の姿があった。それを不思議そうに見つめる。そして、次の瞬間、彼にある考えが閃いた。

「そうか。そうだったんだ。それで、ようやく分かる。そうだったんだ」

 鏑木は、急いで、携帯を取り出すと、匂坂警部に電話した。

「どうも、突然にすみません。鏑木と申します。桂木興信所ですね。あのう、ある人物について、至急、調べていただきたいんです。それが分かれば、ある事件の殺人犯人が逮捕できるんです。よろしくお願いいたします」


 そこは、住宅の密集した住宅街の一角であった。たぶん、この辺りのはずだ。鏑木は歩いた。やがて、古びた一軒の安アパートが見えた。あそこらしい。アパートにたどり着くと、警部に教えてもらった部屋のインターホンを押す。しばらくして、扉が開き、中から怪訝そうな顔つきの宮島幸也が姿を見せた。

「ああ、この前、警察におられた方でしたか?僕に何か?」

「少し、お話しがあるんですが、構いませんか?」

「ええ、どうぞ」

 手狭な部屋だが、綺麗に整頓されて、丁寧に暮らしているらしい。鏑木は、小さな和卓の前の座布団を勧められ、やがて麦茶が出された。鏑木が、

「どうも恐縮です。あのう、突然の話なんですが.................」

「ええ?」

「ふたりの老夫婦と奥さん、殺害したのは、あなたですよね、宮島さん?」

 宮島幸也は黙っていた。続けて、鏑木が言った。

「事件を解く手がかりは、いくつか、ありました。まず、佐々木登志雄さんの言葉です。彼は、うわ言で、「来る、来る、来る」と、呟いています。これは、外部から来た犯人に、迫られたショックから来た言葉でしょう。犯人は、外部の者です。次に、宮島加奈子さんが、残した血文字、カタカナの「キ」です。考えさせられましたが、おそらく、彼女は、「夫」と、書こうとして、最後の線を入れる前に息絶えたのではないでしょうか?「夫」、つまり、あなたです。そして、最後に、あなたは、うっかりと、警察で、殺された老夫婦が玄関で殺されていたとおっしゃいましたが、その事実は、警察関係者と犯人しか知らないことです。あなたの失言ですね。それでね、宮島さん、僕、興信所に頼んで、何とか殺された宮島加奈子さんの身辺の痕跡を探ってもらったんです。そしたら、分かりましたよ。彼女、会社の上司と不倫してたんですね。確認が取れました。それを、以前から、夫であるあなたは、敏感に嗅ぎつけた。そして、いつも通りに自分に尽くす妻に、これは夫に対する偽装なのかと思うと、殺意が芽生えた。それで、ついにあなたは、あの日の夕方、帰宅していく妻を尾行して、殺害した。しかし、その現場を、前の家の者に目撃された。しかし、誰か、分からない。そこで、あなたは、こうなったら、全員殺害だ、とばかりにナイフを握りしめて、佐々木邸に乗り込み、次々と刺していった。......................、僕は、勘違いしていたんです。佐々木邸の事件がメインで、宮島加奈子は目撃者だとね。でも、本当は逆だった。宮島加奈子を殺した事件の目撃者が、佐々木家の者だったわけです。それを僕は、公園の池で気づいたんです。さあ、いかがですか?宮島さん?」

「分かりました。自首しますよ。僕、自首します」

「そうですか?それなら、僕も安心です。ぜひ、そうなさい、あなたのためですから」

 宮島幸也は、下を向いてうなだれていた。鏑木は、そんな彼を眺めて、どこか、不憫でならなかった.......................。


 






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