女神様、どうか私の✗✗を!
皆さんはじめまして、私、立花琴です。大学3年生の21歳です。学生でも20歳を越えれば立派なレディです。身だしなみは頭の先から爪先までそれなりに整えています。美しくなるための努力は人並みにやっているつもりです。それと、内面磨きも欠かしません。今日だって、電車でおじいさんに席を譲りました。だって、立派なレディですから。
そんな立派なレディの私が、今、正座させられています。
「鬼畜だ……」
「なんて言った?」
「『よっ、女神様!』と申しました」
「…………まぁいいけど、なんで神じゃなく女神なのさ。俺男だし」
女神様は不機嫌だ。
立派なレディの私を正座させて上から見下ろしているこの男は、瀬川綾斗。清潔感のある黒髪ショートで端正な顔立ち、そして長身。これはモテる。私的には、髪を染めたり毛先を遊ばせてないのが、モテポイントだと思っている。変にチャラついた男はモテるようでモテない。女子は飾り気のない良い男に弱いのだ。本人がそれを狙っているのかは知らないが。
瀬川は性格も良い。(と思っていたんだけど)媚びたりせず淡白で、かといって冷たすぎないから、周りの男子にも好かれている。近寄る女子には笑顔で返すし、毎週のように告白されても驕らない。付き合う女子はしっかり考えて決めているようで、女絡みのゴタゴタに巻き込まれている様子もない。人付き合いが上手い、と言うべきか。
加えて瀬川は成績も優秀だ。大学じゃ友人の成績なんて逐一チェックするもんじゃないが、こやつは小中の頃から頭が良かった(瀬川とは高校は別だが小中が一緒だった)。入学して瀬川を見つけた時にはなぜこんな中途半端な大学に来ているのか疑問に思ったくらいだ。
そんな優良物件の男が、なぜこんな平々凡々の女に非道なことをしているのか。
「言いふらしてやる……!」
「別に良いよ。でも、友達の少ない立花さんの言うことと、人望の厚い俺の言うこと、皆はどっちを信じるかな」
「ぐっ……」
圧勝で瀬川だ。でも、人望が厚いと自分で言うのはどうなんだ。
「そもそも、今こうして立花さんが正座してる理由全てを皆に話して困るのは立花さんのほうじゃないかな」
そうだ。瀬川が圧勝した後待っているのは私の社会的死だ。今日私が言ったことを全て言いふらされようものなら私に残された道は自殺しかない。
「2人だけの秘密、ということでお願いします……」
「いかがわしい言い方にするのやめてくれる? 言ったりしないし、言いたくもないよ。俺にこんなモラルのない友人がいるってバレるじゃん」
「ぐっ……」
容赦ない言葉による精神攻撃。ダメージは深い。そのモラルのない友人というのは私のことか? 違うよね?
「話が脱線してるから戻すよ。さっき、自分が何言ったか覚えてる?」
「『処女を捨てたいので、軽めに抱いて欲しい』、と言いました」
そう、モラルのない女とは私のことで、先程こんなお願いを瀬川に申し出たのだ。とんでもない痴女のようなセリフだが、私は処女だし、私なりのちゃんとした理由もしっかり用意してある。
中学生の頃はセックスなんて全然身近に思えなかったし、裸同士で何がするのなんて恥ずかしすぎてできやしないと思っていた。それは高校に入ってからも大体一緒で。周りには何人かそういうことをした人もいたみたいだが、自分には縁遠く思っていた。大学生にもなれば、20歳にもなれば、そういうことを自分もするだろうなぁと楽観視していたのだ。
しかし、いざ大学生になってみて、気づいた。そういうのは、ある程度自分からいかないとできない。とにかくまず彼氏が必要だけど、良い感じになった男子は遊んでまーすって感じのチャラさがあって、いずれそういうことになった時にはじめてって嫌がられる?って思ったら尻込みしちゃって、何度かチャンスを見て見ぬふりしたこともある。そして気づいたら大学3年。20歳を過ぎていた。私は焦り始めた。このままだと20代のうちに処女卒業できる気がしない。今の歳でさえ処女は相手からすると重そうなのに、30歳にもなって処女って重すぎるし何かの事故物件だと思われかねない。
そこで白羽の矢が立ったのが瀬川なのだ。私が勝手に矢を立てただけだけど。瀬川とは小中ではそんなに仲良くなかったが、大学に入ってからは顔馴染みということもあり、たまに共通の友人を交えてみんなでご飯に行ったりするくらいには仲良くなった。
焦っている私は瀬川が超優良物件だと思った。夜な夜な遊んでるわけではないが割と経験豊富そうだし、人付き合いが上手いのだからこういう特殊なお願いにも理解があるだろうと思った。口も堅そうだし。まぁ、あとは、瀬川なら良いかなぁと思ってしまったのだ。私もそこら辺の女子と変わらないかそれ以上の面食い野郎なんだなぁ、とその考えに至った時には少し落ち込んだが。
そんな理由で私は瀬川に処女を奪ってもらうべく、作戦を決行した。作戦はこうだ。月一で行くいつものメンツでの夕ご飯の帰りに、少し2人で飲もうよ、という口実で家に誘う。家に着いたら、酔ってしまう前に早々と頼む。酒は私の方が弱いからだ。先に潰れてしまっては意味がない。
まぁ、お察しの通り、失敗しましたが。
「はーあ、何度聞いても溜息しかでないね。どこから聞いたらいいか分かんないけどとりあえず、なんで処女を捨てたいの」
言葉は丁寧だけどその表情からは圧を感じる。女神の微笑みを忘れないでいてほしい。
「20歳を超えても処女なのはいかがなものかと思いまして。このまま30歳を迎えることになると重すぎるなぁと」
「まだ21じゃん、焦るには早過ぎない?」
そんなことで悩んでたのかよと言いたげだ。ええい、私は本気なんだよ!!
「そういう行為のことを知って10年間ぼけっと生きていた女がこの先の10年もぼけっと生きていく可能性は非常に高いと思われます」
「10代の10年と20代の10年は違うでしょ、そういう面は特に」
敵は正論で攻撃してくる。それはそうだけどさぁ、焦る気持ちも分からなくはないでしょ? ねえ? 友人達がそういう話をしてる時の疎外感やら焦りといったらないでしょう?
「すごい不満そうな顔してるね。そんなに言うなら、彼氏作ってとっととヤれば良かったじゃん」
言葉が荒くなってきておりますよ、女神様。
「彼氏、できない……。チャラそうな男しか寄ってこない……」
「へぇ、一応当てはあるんだ。まぁでも立花さんチャラいの好きじゃないもんね」
いつの間にか私の好みを把握されていることはスルーしておく。
「で、何で俺なの?」
きた、1番答えにくいやつ!
「それは、その、人付き合いの上手な瀬川なら、一回ポッキリの関係も受け入れてくれる気がして」
「ダウト。本心は?」
「イケメンでスタイル良くて経験豊富そうな瀬川ならヤり捨てされてもいいと思いました!!」
取り繕いも虚しく本音が暴かれてしまった。ええ、私も所詮面食い野郎ですよーだ。
「正直なとこは褒めるよ。ただ、俺に対して失礼すぎない? 色々と」
「人付き合い上手いって思ってるのは本当だよ。女子にモテるけど女絡みで面倒起こしてるのは見たことないし」
「そういう俺に面倒なこと押しつけてる自覚はある?」
「申し訳なく思っております、すみません……」
確かにそうだ。しっかりしてる瀬川だから頼みたかったのに、これでは私が瀬川を女を一夜で捨てるような人に貶めているようなものだ。ごめんね瀬川。
瀬川はもう一度大きな溜息をつく。
「ひと通り聞いたけど、やっぱり立花さんの行動は馬鹿で阿呆としか思えないね。頭良いはずなのに、どうしたの」
まぁ、頭は悪くない。私もこの大学を志望すると高校の担任に伝えたときには驚かれた。最後の方までもうちょっと良いとこに行かないかと言われていたぐらいだ。瀬川に負けず劣らずだ。ただ、瀬川はなぜ私の成績を知っている?
でも、バカと天才は紙一重って言うじゃん。私は天才じゃあないけどさ。
「もっと自分の体大切にした方がいいよ。こんな無茶続けてたら絶対後で後悔するよ」
ほう、そこをついてくるのか。意外だ。もっと叱るべきとこはあるはずなのに。瀬川を選んだくだりとか。
「大体、世の中には処女厨っていう処女が大好物の連中も山程いるの。それに、好きな子の処女を貰えるのは嬉しい男が殆どだよ。立花さんそこそこモテるし、そんな焦んなくても彼氏できるでしょ」
「瀬川は、彼女が処女だったら嬉しいの?」
こんなことを聞くのは野暮かもしれないけど、世の中に処女厨がゴロゴロいると言われてもピンとこない。処女ってめんどくない?
「……そりゃあ、まぁ、それは」
言いにくそうだけど、少しニヤニヤしてるぞ、女神様。
「男って割と変態なんだね」
「立花さんには言われたくないと思うよ」
それはそうかもしれない。
「でも、その気持ちは分かんないなぁ。処女ってめんどくさくない? 早く捨てたい」
「本当に反省してる?」
「……してます。今回のことは謝ります。今後このようなことは致しません」
してるよ、反省。だから、そろそろ正座辞めても良い?
足が痺れはじめてるよ。
反省してるけど相変わらず処女は捨てたいって、矛盾してるかもしれないけど。
「……もしかしてさ、誰かになんか言われた?」
「…………」
「ビンゴか」
うう、ハイスペック男子は勘も鋭いのか。
「誰に何言われたの」
話さずに目的達成するつもりだったんだけどなぁ。でも、女神様の表情が一段と固くなってきているから、そうも言ってられない。
「……彼氏だったはずなんだけどさ、ホテルでそういう雰囲気になって服も脱いでさ、いざって時に聞かれたんだ。正直に答えたら、うわ、マジかよって。萎えるわって。出ていかれちゃった。彼氏だったつもりも無いんだって。とんだ勘違い女だったんだよ、私」
やばい、思い出したら涙が出てきそう。なんか言って笑い飛ばしてくれ、瀬川!
「ほんと、男運無いね。そんなクズ野郎のせいでモラル皆無女に成り下がろうとしてたの?」
「それなりに、いや、かなりショックだったんだよ」
いよいよ涙が溢れてきた。家に男を連れ込んで泣き喚く私、めっちゃ面倒な女じゃん。
「あー、そんな男のせいで泣かない泣かない」
私を見下ろしていた瀬川が膝をついて頭を撫でてくれる。優しくされたらもっと泣いちゃうのに。
「だってぇ、うっ、私、彼女じゃなかったんだよ……」
「うん、分かった分かった。俺が貰ってあげるから。泣き止んでよ」
そんな子供をあやすような感じで慰めないで……。
へ? 今なんつった?
「なんて言った?」
「ん? 泣き止んでよ?」
「その前」
「俺が貰ってあげるから?」
「何を?」
「処女を」
「誰の?」
「立花さんのだよ」
「ええっ!」
思わず体が仰け反る。びっくりして涙も止まってる。さては涙を止めるために冗談を?
「ほ、ほんとに? さっきまで私説教されてたじゃん!?」
「あれは、一夜限りのお供のお願いだったからでしょ。そんなの駄目に決まってるじゃん」
「じゃあ、なんなの?」
「立花さんが色々すっ飛ばした過程をしっかり踏んでから、処女を貰うなら良いってことだよ」
「それはつまり、」
「……恋人になってよ、立花さん」
「ええっ!」
渾身の「ええっ!」がこんなに短いスパンで2度も出るとは。
頭が追いつかない。いや、ほんとは追いついてる。でも、瀬川が私に告白してきたことに対して腑に落ちなさすぎて混乱してる。
「俺が彼氏になるのは嫌?」
そういう問題じゃない。
「私のこと好きなの? てか、私で良いの?」
瀬川は選びたい放題なはずだ。そのなかで容姿も性格も平々凡々の私を選ぶなんてことあるだろうか。
「そんなこと言ってていいの? 俺は確かに他にも彼女になってくれる子はいそうだね。でも立花さんは? 男運の無い立花さんにこんな優良物件この先30までに転がりこんで来るとは思えないし、男に変なお願いする痴女な立花さんを受け入れてくれるのなんて俺くらいしかいないと思うんだけど?」
「よろしくお願いします! なりましょう、恋人! 私、胸は並にあるし、頭もそこそこ良いし、好きになったら一途だと思う!」
このチャンス、逃したら一生後悔する!
「あはは、必死すぎ。じゃあ、よろしく」
よっしゃあ!
……でも、瀬川はこれで良いんだろうか。瀬川、割と乗せられやすいのか?
「あんまり腑に落ちてないみたいだったけど、おれも、立花さんとじゃなきゃ嫌だよ。ずっと好きだったから」
「え、そうなの?」
「うん、本格的に好きになったのは大学入って、月一でご飯食べるようになってから。中学の時も良いなぁとは思ってたよ」
へえ、意外と一途じゃん。
「もうちょっと仲良くなってから告白しようと思ってたのにさ」
「そっか、じゃあ私、こんなことしなくても良かったってこと?」
急に脱力感が。なんだぁ。瀬川私のこと好きだったのかぁ。イケメンだから彼女になんてなれるはずないって躊躇してたけど、もっとぐいぐい行けばよかったなぁ。ぐへへ。へへ。ぐへへへ。
「ニヤニヤしてるの気持ち悪いよ」
女神様は辛辣だ。
「でも、大学に入ってから彼女いなかった? 居たよね?」
「え、居ないけど」
あれ、そうなの?ご飯の度にいい感じの子はいるよって聞かされてたのは何だったんだ? てか、じゃあ経験豊富ではない?? この瀬川が??
「あの、もしかして、……童貞?」
「……うん、悪い?」
瀬川は少し耳を赤くしていた。
まじか! 私の経験豊富な瀬川なら理論は前提から間違っていたのか。てことは私たちはじめて同士? こんなんで大丈夫なのか? 急に心配になってきたぞ。
「なんか失礼なこと考えてるみたいだけど、未遂ならあるよ。最後までした経験はないけど。というか、好きな子の前では男は野獣も同然だよ、俺の心配じゃなく自分の心配したら?」
瀬川が野獣……は想像つかないや。でも、未遂はあるってどうなの? もしかして、最後までしなくても女の子を満たせるテクニシャンなのか? それとも全然勃たないとか? 急に別の意味で恐ろしくなってきたな。
「あ、一緒にどういうシチュエーションがいいか考えておく? どんなのがいい?」
「へ、変態!」
「琴にだけは言われたくないなぁ」
「こ、こと?!」
急な名前呼びはずるいぞ! 女神はそんな心臓に悪いことしない!
「こんなんで恥ずかしがってちゃ先が思いやられるね」
「あ、あ、綾斗が悪い!」
せめてもの意趣返しだ。
「……結構いいね、それ」
て、照れてる!!
思っていたより効果覿面だったみたいだ。なんか調子狂うな。
こんなんで私たち、大丈夫か? と心の隅で思ったのは、女神様には内緒だ。