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突然疎遠になって遊び人になった幼馴染が結婚を迫ってきます。  作者: 那由多芹


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9/12

9. 決心



「シャノン、さっきからずっと苦虫を噛み潰したような顔してるけど大丈夫?」


 シャノンが帰途につくため二人で公爵家のエントランスへ向かっている途中、アレックが心配そうにシャノンに声を掛けた。


「大丈夫も何も、元々こういう顔ですけど?」

 確かに今後の事を考えていて、眉間にシワが刻まれているだろうけれど元凶に心配されたくはない。

 それに、心配と見せかけて何か見透かしたような、からかうような口調が忌々しいのでシャノンは不機嫌を隠す事なく素っ気なく答えた。


「シャノンの苦い顔も可愛いけど、ここに力が入るのは良くないとおもうよ」

 アレックがシャノンの前へ回り込んだと思うと覗き込むように目の前へ顔を寄せ、私の眉間のシワをトンと突く。

「わっ!」

 あまりにも近い距離に驚いたシャノンは額を抑えながら一歩下がって距離をとった。

 

「猫みたいだね」

 アレックがやけに優しく笑う。

「猫?」

「そう。媚びないところとか警戒心が強いところとか。アルジェもそう思う?」

 アレックは自分の足元にすり寄っていたアルジェに同意を求めるとニャンと鳴いた。

 部屋を出る時、アルジェは気持ちよさそうに寝ていたので起こさずお別れしてきたのにいつの間に来たのだろうとシャノンは思う。

 

「わざわざ見送りに来てくれたの?ありがとうアルジェ」

 差し出した手にアルジェがスリスリと頭を擦り寄せる。

「くうっ!可愛い。連れて帰りたい!」

「連れて帰らなくても僕と結婚すれば毎日アルジェに会えるよ?」

「うっ…」

 なんとも魅力的な特典にシャノンは言葉を詰まらせる。

 それは薄々気付いてはいたけれど、だからって結婚を受け入れる訳にはいかない。

「その日が楽しみだね。ねー、アルジェ?」

 アレックの問い掛けにまたもやアルジェがニャーンと鳴いた。

 やっぱりアルジェは人間の言葉が分かっているに違いないとシャノンは確信した。


 エントランスに着くとココスをはじめ、屋敷の使用人がずらりと並んでおり、一堂が頭を下げたので何事かと驚いたけれどシャノンは自分の見送りの為に集まってくれているのだと気付いた。

 使用人達からすれば未来の公爵夫人に失礼の無いよう敬意を払ってくれているのだろうけど、婚約破棄を目指している身としては丁重な扱いに罪悪感でいっぱいになった。

 

 ココスがアレックに近づき大きなバスケットを差し出すと、それを受け取ったアレックがくるりとシャノンの方へ向き直った。

「シャノン、これお土産」とシャノンに見えるようにバスケットを斜めに向けると、甘く香ばしい香りが漂ってくる。

 見ると沢山の焼き菓子が可愛くラッピングされ、ぎっしりと詰まっていた。

「ココスが張り切って君の為に作ってくれたんだ。貰ってやって」

 アレックの隣でココスが満面の笑みでピースサインをしている。

 お土産はお断りしたのにわざわざ用意してくれたなんて……というかお土産なんてて貰っていいのかしらとシャノンは一瞬躊躇したけれど、ココスの手作りお菓子を前に誘惑に勝てるはずもない。


「ありがとうございます!すっっごく嬉しいです」

 バスケットを受け取るため遠慮なく満面の笑みで両手を広げるとアレックが「クククッ」と笑いを堪えていた。

「君は本当に分かりやすいね。全て顔に出る……ふふっ」

「馬鹿にしてます?」

「馬鹿になんてしてないよ。気を悪くしたなら申し訳ない」

 ムスッとしたシャノンをなだめるようにアレックが謝る。

「僕はただ、やっぱり君は君のままだなって思って」

「どういう意味ですか?お菓子を喜ぶ子供のままだと言いたいのですか?」

 シャノンは自分をお子様だとからかっているのかと睨む。


「そうじゃなくて、シャノンは表情が分かりやすくくるくる変わって純粋で素直で感情豊かで嘘がない。昔のままだなと思ったんだ」

「私は純粋でも素直でもないですよ。嘘だってつきますし」

 シャノンは自分はアレックが思うような人間ではないと告げるもアレックは嬉しそうな表情を変えない。

「シャノンの嘘なら大歓迎だよ。君になら騙されてみたいな」

 少しおどけた口調が、騙せるなら騙してみろと言っているかのよう。

「私に騙されるはずもないって小馬鹿にしてますよね?」

「シャノン?被害妄想は良くないよ?」

 そうは言うけれどシャノンはからかわれているとしか思えなかった。

 不満そうに口を尖らせていると「これで機嫌直そうか」とアレックがバスケットを差し出した。


 夢の宝石が詰まったバスケットを受け取るのにこの顔ではココスに申し訳ないと思ったシャノンはグッと我慢して精一杯の作り笑顔で手を伸ばす。

 その手はバスケットを掴むはずがアレックの手に掴まれ、艷やかな銀髪が手の甲に触れたかと思うと同時に彼の唇が押し当てられた。

 一瞬何が起こったのか分からなかったけれど、握られた手の力強さと、手の甲に感じた柔らかく湿った温もりがシャノンに事態を把握させた。


「―――なっ!」

 突然の事に驚き、言葉も出ない。

 まるで王子様のように手の甲にキスをしたアレックは固まるシャノンを見据える。

「シャノン、今日は久しぶりに話せて本当に嬉しかった」

「えっ……」

 キスをされた事やアレックに手をにぎられている事、そして至近距離にアレックの美しい顔がある事に動揺でシャノンは頭が真っ白になる。


「僕の婚約者になってくれて本当にありがとう」

 吸い込まれてしまいそうなほど綺麗な碧い瞳があまりに愛おしそうにこちらを見つめるので、クラッとしそうになるも、これが遊び人の魅了する力なのかとハッと我を取り戻したシャノンはアレックに掴まれた手を慌てて引っ込める。


「―――しっ、心臓に悪いのでいきなりこういう事は止めて下さい」

 早鐘を打つ自分の鼓動を隠すように平静を努めるも顔が熱くて、シャノンは自分が今真っ赤なんじゃないかと思った。

「検討しておくよ」

 悪びれる事なくしれっと言い放つ涼し気な顔は、自分とは正反対でなんと冷静なんだろうとシャノンは悔しくなった。


「あ、()()は馬車の中に入れておくよ」

 そう言うとアレックはカスタラント男爵家の馬車にバスケットを運び込んだ。

「……ありがとうございます」

 アレックの切り替えの速さに、シャノンは一人で動揺している自分が恥ずかしくなる。

 あんな事は女性慣れしているアレックにとっては大した事ではなく挨拶よりも軽い行為なのだから、無駄に動揺しないようにしないと。

 そう自分に言い聞かした。

 

 ココスや他の使用人達に深々と頭を下げ、世話になった旨の感謝を伝えてから馬車に乗り込んむ。

「シャノンまた学校で」

「……あの……私達の婚約は学校では……?」

 笑顔で見送るアレックに、気になっている事を質問する。

「もちろん、隠すことはしない」

「……ソウデスカ……」

「まあ、黙っていても既に皆の知るところだと思うよ」

 確かに、貴族社会ではありとあらゆる情報が一瞬で行き渡る。

 マクリール公爵家子息の婚約ともあれば光の速さで伝わっていることだろう。

 だから隠しても意味がない事は分かっているけれど、明日からの学校生活を思うと気が重くなる。

「…胃が痛い……」

「ん?」

「いえ、独り言です」

「まあ、頑張って」

「―――え?」

 そう言うとアレックはヒラヒラと手を振り馬車の扉を閉めた。



########


 

 帰りの馬車に揺られながら別れ際のアレックの言葉にシャノンはもやもやが止まらなかった。

「“まあ、頑張って”って何様!」

 アレックは自分が婚約する事により、シャノンがどんな目に合うか分かって言っているのだろう。

 そりゃあ絶世の美男子である公爵子息が特に美しくもない、なんの取り柄もない普通の男爵令嬢と婚約したのだから学校中の貴族令嬢が黙っていないに決まっている。

 納得いかないとシャノンに抗議しにくるかもしれない。

 ――それか、放課後呼び出されて大勢の令嬢に取り囲まれて責め立てられるとか?

 ――いや、地味にカバンを隠されたり、足を踏まれたり……。


 絵に描いたようにお決まりの嫌がらせが待っていそうで想像するだけで面倒くさい。

 あともう少しで卒業なのに……。

 下位貴族らしく目立たず、波風立てず平穏に過ごしてきたのに、最後の最後にこんなトラブルに巻き込まれるなんて本当にいい迷惑だ。

 はぁっとため息をつきシャノンは自分の身を憂いた。


 でも、婚約を隠さないのであればむしろ返って好都合なのかもしれないと思い直した。

 なぜならアレックが婚約をしたからといって他のご令嬢達が彼を諦めるとは思わないから。

 しかも婚約者が貧乏男爵令嬢となればワンチャン自分もいけるかもって、なおさら彼を誘惑する意欲が沸くだろうし、アレックも今は“約束”に自信を持っているようだけれど遊び人の本質が変わる訳がない。 

 アレックが“約束”を破って、婚約破棄になるのは時間の問題だ⋯⋯。



「そうよ!結局誘惑に負けるに決まっているわ。お父様だって――」

 ――約束を守ってくれたことなんて一度もなかった。

 そう言葉に出しかけて口を閉ざす。

 嫌な思い出を掘り返しても仕方がない。


 考える事を止めたシャノンは、目を閉じ馬車の揺れに身を任せた。

 ガタガタと心地よい揺れが瞼を重くしていくのを感じる。

 

 ――帰ったらお兄様に今日の事を何て説明しよう……。

 うとうとと考えを巡らせるも、まとまらないままシャノンはいつの間にか眠りに入ってしまった。



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