8.賭け
婚約破棄ができるかは賭けだけれど、シャノンには勝てる自信があった。
何故なら、アレックと同じ匂いのする父親を嫌というほど見てきたからだ。
浮気を繰り返し、家族を裏切る父親を見続けてシャノンが学んだ事は女性にだらしのない男性はもはや病気だということ。
貞操観念などなく自分の欲望のままに動き、誰を裏切ろうが傷つけようが反省などしない最低な人種だということ。
結局アレックも自分の欲望に負け、約束なんて守れないに決まっている。
「もちろん。僕はもう君以外に興味はないから、その約束は永遠に守ると誓うよ。浮気なんて絶対にしない」
皮肉に気づいているであろうアレックはシャノン以上の笑顔を返してくる。
その美しい顔でそんな甘いセリフを言われたら大抵の女性はキュン死にすること間違いなしだろうけれど、永遠だなんて言葉を軽々しく使う彼には胡散臭さしか感じないとシャノンは冷めた心で思った。
――“永遠”なんてこの世には存在しないことを私は知っている。
それが“愛”なら尚更。
「だけど、結婚は半年後だから君の言う“罰則が婚約解消の約束”はそれまでかな」
「え?結婚?」
「そう。君と僕の」
「……聞き間違いかしら、半年後と聞こえた気が⋯⋯」
「そうだよ。半年後」
アレックの笑顔と共にサラリと飛び出した情報を整理するのに暫し時間がかかった。
「―――⋯⋯ん?ちょっと待って下さい。半年後って早すぎないですか?普通、婚約期間って最低でも一年から二年は設けるものですよね?お互いを知る時間や結婚に向けて色々準備も必要ですし……」
そう、それが一般的な最短の婚約期間だ。
婚約期間中にするべき事は山盛りある。
貴族社会へ周知させる為の挨拶周り、関係各所への様々な手続きにかかる申請、花嫁修業や結婚式の準備などなど。
ましてや、公爵家の跡取りの結婚となるとなその規模は計り知れず、たった半年で準備できるものではないはず。
「⋯⋯もしや、籍を入れるだけで結婚式はしないという事ですか?」
「いや、結婚式は盛大に挙げるつもりだよ」
「盛大にって…たった半年で準備なんて無理でしょ!?結婚式の衣装ってデザイン考えて布地とか選んでオーダーして物凄く時間がかかるの知ってます?余裕で一年はかかるそうですよ?」
しかも最高位貴族である公爵家の結婚となると、並大抵の物ではなく超一流の物が必要になってくるので一年では済まない。
「衣装だけじゃなく様々な準備を考えたら半年では到底無理ですよ?」
シャノンの訴えにアレックは余裕の表情を見せる。
「大丈夫。式の準備は順調に進んでいるし衣装ももうすぐ出来上がるよ。今、巷で人気のデザイナーにオーダーしたんだ。カエナル・ケイオスって知ってる?」
「ん?」
「ん?知らない?」
デザイナーは知らないし、アレックが言っている言葉も意味が分からない。
「その…カエルとかいう人に私のドレスをオーダーしてあるのですか?」
「うん。カエナルね。僕の欲望をつめこんだウェディングドレスをね」
「怖っ!」
色々な意味で怖い。
「あ、欲望と言っても卑猥方面ではないから安心して」
「欲望って言ってる時点で不安しかない!それよりもうすぐ衣装が出来上がるってどういう事ですか!?一年も前から準備していたという事ですか?」
自分の知らない所でそんなにも前から準備が進んでいたのかとシャノンは混乱する。
「いや、一年前からではないよ」
「そ、そうですよね」
さすがにそれはないかとホッとする。
「二年前くらいかな」
「ーーにっ!!??」
しれっと話すアレックにシャノンは戦慄を覚える。
二年!?二年も前から結婚の準備をしていたの?
婚約もしていない内から勝手に結婚の準備をするのってアリなの?
混乱したシャノンは自分の常識がおかしいのかと、アレックの笑顔に困惑する。
――あ、そうか。高位貴族の結婚てこれが普通なのかもしれない。相手が誰であれとりあえず結婚すると決めたら準備に取り掛かってそれから相手を探してっていう、世間一般とは順序が違うのかも。
だからオーダーしてあるウェディングドレスは私の為に作ったドレスという訳ではなくて、将来結婚するであろう相手に向けて作っていたという事だわ、きっと。
シャノンは自分の脳内が処理できない辻褄を無理やり合わせた。
「シャノンのウェディングドレスは銀色でアクセサリーはブルーサファイアなんだ。一生に一度のドレスを勝手に決めてしまって申し訳ないけれど、シャノンには僕の色を着てほしかったし、デザインも二年前からシャノンをイメージしてデザイナーと何十回も打ち合わせして決めたんだ。今度披露するよ」
――あ、違うな。私の為のドレスだな。
アレックが意気揚々と説明するのを聞いてシャノンの考えは全く的外れだと悟った。
自分の為のドレスを二年も前からオーダーしていたという事実にシャノンはいよいよ訳が分からなくなってきた。
「――だから僕達の結婚式の準備はほぼ出来上がっているんだ。後はシャノンの希望があれば柔軟に対応するから遠慮なく言ってほしい」
アレックの言う通りなら半年後には結婚式を挙げる事が可能だという事になる。
知らぬ間に逃げられないよう周りを固められている事にシャノンは何だか全てアレックの手のひらで踊らされているような感覚に陥る。
悔しいけれど、期限は半年間という事だ。
半年間の間にアレックに約束を破らせればこちらの勝ち。
思ったよりも期間が短いけれど、勝算は十分にある、大丈夫と自分に言い聞かせた。
「分かりました。結婚式の希望につきましてはカスタラント男爵家の意向もありますし、当主である兄と相談させていただきたいので、今日のところは失礼させていただいて宜しいでしょうか?」
色々想定外の出来事が多くて、このままでは変な流れにのみ込まれてアレックの思うつぼになりかねない。
状況を整理してから作戦を練り直さないと危険だと感じたのでシャノンは今日のところは一旦退散することにした。




