7,嘘
アレックの言葉が信じられないシャノンは、暫し固まり、頭の中でゆっくり反芻してなんとか理解に努めてみる。
――えっと、好きだと言った?
――何が?
――君が?
――ずっと君が好き?
――君って私?
――アレックが私を?
――ずっとって八年まえから?
――好き?
―――……………………。
「――っ、そんなわけあるかぁっ!!」
盛大につっこんだ。
「はは。時間かかったね」
飄々としているアレックをギロリと睨む。
「たちの悪い冗談はやめて下さい」
「酷いな、冗談なんかじゃないよ」
そうは言われても、信じる事なんてできる訳が無い。
こうやって沢山の女の子達を口説いてきたのだろうかとしか思えない。
「まさか、私と結婚したい理由がそれだなんて言いませんよね?」
「え?そうに決まってるけど。好きだから結婚したいのは当たり前でしょ」
「だからっ、好きだなんてそんな嘘っ―――」
そう反論した時、アレックが少し眉をひそめた。
「嘘だなんてシャノンが決める事ではないよね?」
「―――っ」
確かに、そう言われては反論のしようがない。
「シャノンがどう思おうと僕はシャノンが好きだし、婚約を解消する気はないよ」
アレックが不敵な笑みを浮かべる。
ああ、そうだった。アレックは一度決めたことはどんな手を使ってでもやり通す聡明さと冷酷さを持っていたのだとシャノンは思い出した。
馬鹿げた婚約話なんてすぐに解消できると楽観視していたのに……。
この展開は予想していなかったけれど、諦める訳にはいかない。
「……でも、私の事がずっと好きだったという割には、沢山の女性ととっかえひっかえお向き合いされていましたよね?学校では有名でしたよ」
アレックの告白の説得力のなさと矛盾点を突きつける。
同じ学校にいるのだから言い逃れはできない。
さあ、アレックはどんな反応をするかしら?とシャノンは得意げに腕を組む。
とぼける?
ごまかす?
開き直る?
反応次第では婚約解消に持っていけるかも。
けれどシャノンの期待とは裏腹に「ああ」と軽めの返事が返ってきた。
「お付き合い、というほど正式なものではないけれど、親しくさせてもらってたよ」
“正式に付き合ってないけどやる事はやってました”的なドン引き発言をサラリと悪気なく言ってのけたアレックにシャノンはたじろぐ。
「そ、その親しくされている方達が今もいらっしゃるのでは?」
つい最近まで学校内で女性と一緒にいるのを目撃している。
今もそういう関係の女性がいるに決まっている。
「いないよ。君に婚約を申し込む前にそういう関係は全て解消している」
全てってことは複数じゃないか。
誠実っぽい事言ってるけど最低だとシャノンはふつふつと怒りが沸いてくる。
「それは親しくされてきたご令嬢達にとても失礼ではありませんか?一方的な理由で突然関係を解消するだなんて」
「それは大丈夫」
「何故そんな事が言えるのです?」
悪びれもせず、当然のように答えるアレックを睨みつける。
「彼女達とそういう関係になる前に了承を得ていたからね」
「了承?」
「そう。“僕には昔からずっと好きな人がいて、ゆくゆくはその人と結婚したいと思っているから結婚を前提とした真剣なお付き合いはできないけれど、それでもいいなら”という条件の了承のを得ていたんだ。だから彼女達は分かってくれていると思うよ」
「ずっと好きな人って……」
「もちろん君」
「…………」
アレックの言葉に頭がフリーズする。
「えーっと……すみません、ちょっと混乱してきましたので話を整理させてもらいたいのですが…」
「うん」
「アレック…様は昔からずっと私の事が好きでゆくゆくは結婚したいと思っていたから、色々なご令嬢と親密な仲になっても真剣なお付き合いはしてこなかった。そしてそれは全て双方了承の上でのお付き合いで、私に婚約を申し込むにあたり、今までの関係は全て清算した……という事ですか?」
「その通り」
「⋯⋯うわぁ……」
悪びれもせず当然のように答えるアレックにシャノンはドン引きする。
遊びという軽い関係で付き合うのに、本命が他にいると伝える意味は何かと考えたら、それは“保険”に違いない。
間違っても相手が本気にならないように、本気になられたとしても逃げ道になる“保険”だ。
自分はただその“保険”に選ばれただけだとシャノンは理解した。
卒業が迫り周囲から結婚のアプローチが増える中、そろそろその設定を実現させる必要性を感じたのかもしれない。
そしてそれは何の利益も生み出さなければ害もなさない、昔切り捨てた人畜無害の男爵令嬢が適任だとでも思い至ったのだろう。
――なるほどなるほど。
そう考えれば色々辻褄が合う。
アレックがここまでクズ野郎だったとは残念だけれど、昔からずっと私を好きだったなんてどう考えても無理があったのよね、とシャノンは辿りついた結論にスッキリした。
「そのゴミを見るような目で見られるのは新鮮で興奮するけど、僕は婚約者だからね?」
「あ、すみません。つい」
隠すつもりもないけれど、うっかり気持ちが溢れ出していたみたい。
「という訳で、僕は君と婚約を解消するつもりはないって分かってくれた?」
残念でしたと言わんばかりの口調と笑顔が実に腹立たしい。
「……分かりました」
――お前が私を利用するつもりだという事がな!と、心の中でシャノンはアレックを睨みつける。
悔しいけれど公爵子息であるアレックがそう言い張る以上、しがない男爵令嬢の自分は今は大人しく引き下がるしかない。
「そんなに怖い顔されるとは心外だなぁ。公爵家との結婚って世間じゃ羨まれるし、僕も悪い物件ではないと思うよ?」
アレックはこてん、と首を傾げ恐ろしい程魅惑的にシャノンを覗き込んだ。
確かにアレックと結婚すれば王族に次ぐ身分と裕福な暮らし、息を呑むほど美貌の夫が手に入る。
そんな夢のような結婚、この国の独身女性なら誰もが羨むものだ。
――そんな事は分かっている。
………だけど……
……………。
―――やっぱり嫌なものは嫌だ。
「私には身分不相応だと思います」
「そんな事はないよ」
「アレック様の周りには容姿端麗で才色兼備美、身分も申し分ない方達が沢山います。その方たちの方が私よりアレック様の結婚相手として相応しいと思うと、この結婚を受け入れる勇気が出ないのです」
「僕は君がいいんだ。僕に相応しいなんて勝手に決められては困るな」
少し怒ったように、諭すように話すアレックの真剣な顔を見るとシャノンは本当にアレックが自分の事が好きで結婚を望んでいるような錯覚に陥りそうになった。
――さすが遊び人。
人を魅了するのが上手い。
おまけにその顔は反則!!
負けるもんか、惑わされるものかと自分を奮い立たせる。
「ですが、現にアレック様が親しくされてきた女性は全てとびきりの美人で身分が高い方たちばかりで……どう考えても私とはタイプが違いますよね?」
自虐するつもりはないけれど、これは真実。
「なのでアレック様はいつかきっと、そういう方々に気移りされてしまうと思うのです」
要は絶対お前は浮気するだろって事をシャノンがしおらしく節目がちに言うとアレックは少し困った顔になった。
「シャノン、僕は君以外に心を奪われる事はないよ。昔も今もこれからも、ずっと君だけなんだ」
「あ、あまっ……まぶしっ……」
蜜のように甘い言葉と眼差しに目が眩む。
こんなセリフを恥ずかしげもなく言えるなんて、さすがは多数の恋愛の場数を踏んできただけあり、恋愛経験ゼロの私には強敵すぎるとシャノンは唇を噛む。
けれど、説得力ゼロですから!!
「で、では、本当にそうなのか証明してください」
「証明?」
「ええ。本当に私以外の女性に気持ちが揺るがないのか、確証が欲しいのです」
「確証か……君が望むのなら僕は何でもするけれど、どうすれば信じてもらえるのかな?」
「……何でも?本当に?」
「ああ。本当に」
アレックからその言葉を引き出せて、内心ニヤリとする。
婚約解消をするつもりがないのなら、しなくてはいけない状況を作り出すしかない
「……では、今後二度と他の女性と親しくしないで下さい」
私という婚約者ができたとしても、きっとアレックの周りに女の子達が沢山群がるのは何も変わらないだろう。むしろ、自分のような冴えない貧乏男爵令嬢が婚約者となれば、“私の方が相応しい”“ワンチャンいけるかも”と考える人達が増えるに違いないとシャノンは思った。
大好きな女の子達が寄ってくるのに、何も手出しできない。
これは遊び人のアレックにとっては相当辛い条件のはず。
けれど何でもすると答えた以上、アレックはこれを受け入れる他ない。
どうだ、この条件に動揺しているだろうとアレックを見ると眉間を手で抑え悩ましげな表情をしている。
「そんな可愛い事言われたら我慢がきかなくなるなぁ……」
「ん?」
アレック何やら呟いたみたいだったが聞き取れなかった。
「いや、こっちの話。婚約したのだから僕は君以外の女性と親しくするつもりはないよ。君が望む通りにするから安心してほしい」
予想とは違い余裕の表情で何やら嬉しそうなアレックにおや?とは思ったけれどきっと強がっているのだろうとシャノンはほくそ笑んだ。
「ありがとうございます。……でも」
「でも?」
「もしアレック様がその約束を破るようなことがあれば私は二度と信用する事ができません。そんな不誠実方と生涯を共にする気にはなれません。なので……その時は婚約を解消していただけますか?」
その言葉にアレックが一瞬固まるのが分かった。
「約束を守れるのなら問題ないでしょう?」
約束を撤回されては困るので煽るようにたたみかける。
「…………なるほどね」
アレックは右手で顎をなぞる仕草をし少し沈黙したあと呟いた。
「何か問題でも?」
「――いや、無いよ。僕が君との約束を破ることなんてあり得ないからね。どんな約束でも問題ないよ。それで君の気が済むのなら」
笑顔で口調も優しいけれど、目の奥が怖い。
きっと自分の思惑はバレてしまっているのだとシャノンは思った。
「ありがとうございます。アレック様ならきっと約束を守って下さると信じています」
皮肉っぽい口調でとびきりの笑顔をアレックに向けた。




