4 出会い
シャノンは急いで自室に戻り、とりあえず軽くお化粧をして胸の下辺りまで伸びたライムグリーンの髪を一つに纏めた。
あまり凝った手入れをしている訳ではないけれど、艶やかで宝石のようなこの髪色をシャノンは気に入っていた。
失礼にならない程度に身だしなみを整えた後、手配した馬車に飛び乗った。
カスタラント家からマクリール侯爵家まではおよそ一時間ほどがかるだろうか。
シャノンは馬車に揺られながら最後にマクリール公爵家へ行ったのはいつだったかと考えていた。
――さっきはクリスにアレックとの事は覚えていないと言ったけれど、本当はよく覚えている。
彼との言は忘れたくても忘れられなかった。
八歳の時、マクリール公爵家主催のお茶会にお母様と招かれ、その屋敷で一人の男の子が同年代の女の子達に取り囲まれているのを見かけた。
中心にいるその男の子は美しい銀髪に整った顔立ちをしていたけれど、無愛想でつまらなさそうな態度を隠そうともしていなかった。
それがマクリール公爵家の一人息子アレック・マクリールを初めて見た時だった。
顔は良いけどあの態度、あれは絶対性格悪いに違いない。というのがシャノンの第一印象だった。
シャノンは封印したはずの幼い頃の記憶が色褪せていない事に少し複雑な気持ちになる。
あのお茶会へは同年代の貴族令嬢と良い交流があればと期待して行ったものだったけれど女の子達は皆派手に着飾り、十歳にも満たないのにバッチリ化粧をしていて他の貴族令嬢はライバルとばかりにツンツンしていたので、この子たちとはきっと合わない、友達にはなれそうもないと悟った私は早々にこっそりとお茶会の会場から抜け出し外へ出た。
カスタラント男爵家とは比べものにならないほど広大な中庭は子供が隠れるには十分で、暫く時間を潰そうと木陰てゴロリと寝転ぶ。
程よい硬さの芝生と風が木々を揺らしてサワサワと聞こえる音が心地よかった。
お茶会のテーブルに並んでいたクッキーをもっと食べれば良かったなぁと大の字でぼんやり考えながらうとうとしているとふわりと綿毛のような物が顔に触れる感触があり頭上でニャーンと鳴き声がした。
「ニャンコ!?」
驚いて頭を起こすと手にするりとまとわりつく銀色の美しい毛並みの猫が居た。
「―――!?―っ!かわっ⋯!ふわふわっ!」
触ってもいいわよと言わんばかりにニャーンと鳴くもふもふ。
「え?もしかして……触ってもいいの?」
恐る恐る手を伸ばすと、その愛らしい顔を手のひらに擦り寄せてゴロゴロと気持ち良さそうな音を鳴らした。
「はぁっ、やわらかっ!可愛すぎて死にそう」
絹のような手触りを噛み締めながら至福の時を満喫する。
私は猫が大好きだ。
何なら犬も鳥も馬も、動物全般が大好きだ。
でも貴族社会では女性が動物に触れる事は、はしたないという謎の風潮がありおおっぴらに愛でることは難しい。
一度、猫を飼いたい両親に願い出たけれど、怪訝な顔をされ却下された。
「こんなにふわふわでもふもふで可愛いくて尊いのにどうして女性はこの欲望を我慢できるのかしら。そう思うわよねぇ?」
「グルニャゥン」
「ふふっ、ここが気持ちいい?」
「ウニャーン」
美しいもふもふは問い掛け答えるかのように喉をゴロゴロ鳴らしながら気持ち良さそうな鳴き声を出し、今度はここを撫でなさいと言わんばかりにゴロリとお腹を出して寝転ぶ。
「今度はここが良いのね。了解です。お嬢様」
寝転んだ事でこのもふもふは女の子だと分かった。
彼女が許してくれてるであろう場所を遠慮なく撫でまくる。
「あー癒される。幸せー。ありがとー」
美しい銀色の生き物に骨抜きにされていると、背後に何かの気配を感じ、驚いて振り向くとそこにはさっきの超絶無愛想な美少年が立っていた。
「わっ!?」
思わず声が出てしまった。
「……アルジェ」
「え?」
美少年は私が撫でているもふもふを指さすと、もう一度「アルジェ」と言った。
「……アルジェ?あっ、この子の名前!?アルジェって言うの?」
もふもふーーもといアルジェがニャーンと返事をする。
「ふふっ、アルジェったらまるで人間の言葉が解っているみたい」
「…………」
私の言葉に返事をするでもなく美少年は無言で私の側に来ると膝を立ててしゃがみ、気持ちよさそうに撫でくり回されているアルジェをじっと見つめる。
「貴方の猫なの?」
「うん」
「めちゃくちゃ可愛いね。美人だね」
そう言うと美少年は「だろ」と嬉しそう笑った。
先ほどの超絶無愛想な顔とはうって変わった優しい笑顔に驚く。
「別人!?」
「は?」
思わず心の声が漏れ出てしまった。
「さっき見かけた時の無愛想な顔……じゃなくて、仏頂面…じゃなくて、その、雰囲気が違うから別人なのかなって」
しまった。心の声が止まらない。
「さっき?」
「エントランスで…女の子達に囲まれているのを見かけたの」
「ああ」
失言をしてしまったけれど、どうやら彼は聞こえていないか、気にしてなさそうねと安堵する。
「それは間違いなく僕だね。親しくもない女の子達に取り囲まれて、死ぬほどつまらない話を代わる代わるされている時の無愛想な仏頂面だよ」
どうやら、しっかり聞こえていたみたい。
「そういう事なら気持ちは分かるけど、でもあの態度は良くないと思うわ。私、お母様に言われて貴方に挨拶しなくちゃいけなかったのだけれど、性格悪そうに見えたから挨拶するのが嫌になって逃げ出しちゃったもの」
思わず説教じみたことを言ってしまった。
「それで正解」
「なにが?」
「僕が性格悪いのも、君が逃げ出したのも」
アルジェを撫でながら淡々と話す。
この美少年は感情の起伏があまりないのだろうかと思った。
「態度悪くしたら皆、僕を放っておいてくれるだろうと思ったんけど……」
「――ああ、それで」
彼があんな態度をとっていたのは人を寄せ付けない為だったのかと理解する。
「全然効果なかったよ。効いたのは君くらい」
他の女の子達はこの美少年にどんな冷たい目でみられようとも素っ気なくされようとも、彼を取り囲んで離そうとしなかったということだろう。
だけど彼はこの屋敷の一人息子、アレック・マクリールなのだから仕方がない。
女の子達は、公爵家の跡取りであるこの美少年と仲良くなる目的でこのお茶会に来ているのだろうから。
「じゃあ、お互いせっかく逃げ出したのに結局こうやって話す事になってしまうなんて、私達はついてないって事ね」
皮肉なものねと、少し笑ってしまった。
「確かに」
と美少年の口角も少し上がった。
それでも、出会ってしまったものは仕方がないし、目の前のアルジェはもふもふで可愛いので私としてはこの場所に来て正解だったと思った。
それからしばらくは何を話すでもなく二人でアルジェの手触りを満喫した。
「いいなぁ。アルジェにいつでも会えるなんて」
「⋯⋯君ならいつでもアルジェに会いに来ていいよ」
「え!?本当に?いいの?」
シャノンの問い掛けに美少年がコクリと頷く。
「君の名前は?」
「あ、ごめんなさい。自己紹介がまだだったわよね。私はシャノン・カスタラント。カスタラント男爵家の長女よ」
「僕はアレック・マクリール」
「知ってる」
と笑った。
それから、私はお言葉に甘えましてと言わんばかりにアルジェに会うためマクリール侯爵家へ行くようになった。
猫に会いに来ました、では変な令嬢になってしまうので必然とアレックにアポを取る形になり、いつのまにかアレックとも仲良くなっていった。
アレックは最初の印象は悪かったけれど、実際は気取らず気さくな性格で一緒にいて楽しかった。
お母様にはアレックとこのままいい関係を続けて、ゆくゆくは将来の約束が出来るように頑張りなさいと口を酸っぱくして言われたが、私は恋愛や結婚なんて全く興味が無かったし、アレックも言い寄ってくる女の子達に辟易していたので私達は男女ではなく純粋に友達だった。
―――だと思っていた。
私はアレックとずっと友達でいられると思っていた。
だけど、ある日突然アレックは私と会ってくれなくなった。
何が原因なのか、何があったのか、私が何かしてしまったのか、会って確かめたかったけれど、元々身分の違う私達はアレックの意思がなければ会うことも話すことも叶わない。
一縷の望みをかけて手紙を書いてもアレックからは返事も返ってこなかった。
理由も言ってくれないほど、嫌われてしまったのだと子供ながらにとてもショックを受けた。
アルジェとアレック、二人の友達を一度に失うのは子供の私にとってとても辛い経験だった。
次にアレックと再会したのは四年後、高等学校の入学式だった。
より美しく成長した彼は、相変わらず沢山の貴族令嬢に取り囲まれていたけれど以前とは違う所があった。
女の子達に対してあんなにも冷たく不躾な態度しか取らなかったアレックがにこやかに笑っていたのだ。
学校生活が始まると、アレックは色々な女の子達と浮き名を流した。
女の子に言い寄られて辟易していた人とは思えない程の変わりように別人じゃないかと思ったりもしたけれど、あんな美形はそうそう居るものではない。
混乱しながらも現実を受け入れるしかなかった。
アレックの隣にいる女の子達は皆、綺麗でスタイルも良い高位貴族令嬢ばかりで私は彼が私を拒絶した理由が分かった気がした。
なんてことは無い。理由はとてもシンプルで、彼は私よりも先に大人になったのだと思った。
アレックもただの男で、異性に興味を持ち始めただけの事。
私とは同性感覚で遊んでいたものの、結局は異性なので変に誤解を招きかねない厄介な存在であるのと同時に、下貴族で何の利益ももたらさないと気付いたのだろう。
つまり、彼の将来を考えた時に私は不要でしかなくなった。そんな人間がいつまでも馴れ馴れしくしてくるのに嫌気が差したのかもしれない。
―――そっか、そりゃあそうよね。
妙にスッキリと納得し、清々しい気分になった。
うんうん。そりゃあそうだ。
久々に再会した友人が私の最も嫌悪する遊び人となっていたのはとても残念だったけれど、おかげさまでやっと私も彼を嫌いになれそうだと思った。
突然関係を絶たれた悲しさが綺麗さっぱりなくなったし、元々私とアレックとでは住む世界が違ったのだと理解した。
―――それから四年、学校生活でたまに見かける事はあったけれどお互い話す事も目を合わすこともなく過ぎ、もはや昔の事なんて忘れていたのに……。
「いやもう、意味がわからない!」
今までの事を思い出すと、だんだんと腹が立ってきたシャノンは馬車の中で一人叫んだ。
一方的に距離をおいておきながら、今更何なの!しかも婚約って!
散々、可愛い女の子達と遊びまくって結婚相手なんてよりどりみどりなくせに何の嫌がらせなのか。
何かやむにやまれぬ事情があるのかもしれないけれど、お互い敬遠し合っているのにこんな結婚は馬鹿げている。
「言いたいことは山程あるけれど、とりあえず穏便に話せばきっと…大丈夫よね」
シャノンはぐるぐると考えを巡らせながら馬車の窓に目をやると懐かしい景色が流れていた。
またこの景色を見る時がくるなんて思ってもいなかったシャノンは、二度と話す事は無いだろうと思っていた相手とどんな顔して会えばいいのだろうかと憂鬱な気持ちになった。




