3 名案
「アレック様は遊び人なのか?」
クリスが優雅に紅茶を口に運びながらシャノンにたずねる。
「ええ!それはもう!毎日沢山の女性に取り囲まれてとっかえひっかえやり放題です」
「シャノン、貴族令嬢がやり放題とか言ってはダメだぞ」
「だって事実なんです。しかも真剣なお付き合いはしないとか公言していて⋯⋯平たく言うと遊び限定ってことで、それを了承した方としか付き合わないっていうクズです」
「シャノン、クズとか言わない」
「は?セフレがいっぱいいるだらしのない男性をクズ以外にどう形容しろと?」
嫌悪感を露わにし、最高に不機嫌なシャノンをどう落ち着かせようかクリスはため息をつく。
「シャノン、もう少し言葉を選ぼうか。アレック様は美丈夫だし女性が集まるのは仕方のない事じゃないか。それに結婚している訳でも、婚約者やお付き合いしている方がいる訳でもないなら誰も裏切っていない。うちの父親と同じ扱いをするのはまだ早いと思うが?」
「⋯⋯それはどういう意味ですか?」
「アレック様が真剣な付き合いをしないと公言されているのは倫理に反しないよう努めているからで、そういう人間は結婚しても倫理に反しないよう努めると思わないか?」
「結婚してからの倫理……?」
「ああ、つまり浮気はしない」
クリスの言葉にシャノンは驚いたように目を丸くする。
シャノンにとって考えたこともない視点だった。 確かにそう言われればその考え方は一理あるかもしれない⋯⋯だけど……。
「――ぷっ、あり得ないです」
シャノンは思わず吹き出した。
「お兄様、散々遊んでいる人が結婚したら真面目になるなんて夢物語ですよ。人間の本質なんて結婚ごときで変わる訳がないんです。遊び人はいつまで経っても遊び人で、人を裏切る人間は何度でも裏切るものなんです」
驚くほど冷めた目で言い切ったシャノンにクリスは自分達の父親と母親の罪深さを痛感する。
父親の不誠実さを見て自身も人間不信気味に育ったと自覚しているが、シャノンは母親と同じ女性としての裏切られる苦しさも母親から教えられてしまったのかもしれない。
シャノン自身は自覚していないかもしれないが、彼女は深刻な男性不信だ。
「アレック……いえ、アレック様は私が結婚したくない条件に見事に当てはまる人物なんです!それはもうドンピシャで!」
「ドンピシャ⋯⋯そうか。だけど、もう婚約は結んでしまった」
諦めろと言わんばかりの態度のクリスにシャノンは殺意を覚える。
お父様とお母様を一緒に見てきた兄が自分の気持ちを一番理解してくれていると思っていたのに裏切られたという気持ちがシャノンに込み上げた。
クリスはお父様譲りの黒髪グレーアイの美男子で一見、人当たりよく優しそうに見えるが実は冷淡で腹黒く利己主義。
赤字で破産寸前だったカスタラント男爵家を立て直すにはそこそこ汚い手も使ってきたのかもしれない。
この婚約を二つ返事で了承したのはマクリール公爵家から支援や支度金など良い条件を出されたであろうことは想像できる。
「とにかく婚約破棄して下さい!」
「それは出来ない」
「何故ですか!」
食い気味の即答に思わず喧嘩腰になる。
「そう怒るな。言っただろう?上位貴族からの婚約の申込みをこちらから断る事はできないと」
「……こちらから……」
「ああ、こちらからはな」
意味ありげに微笑むクリスに腹黒さが見えたシャノンは閃いた。
「――なるほど!こちらからは無理なのであちらからしてもらえばいいのですね。婚約破棄よりの婚約解消ですね!」
「私からは明言しないよ。だけどそうだな、婚約破棄より婚約解消のほうが聞こえがいい」
クリスはあくまで婚約を了承した立場を貫き通す必要があるのだろうなとシャノンは思った。
「しかしその方法だとシャノンはアレック様に婚約解消された令嬢として世間に知れ渡り、今後よい縁談は来なくなるかもしれない。それでもいいのか?」
確かに、あのアレックから婚約解消されたとなれば自分はとんでもなく有名になり、一生縁談なんて来なくなってしまうかもしれない……。
――そんなの……、そんなの……。
「いいですとも!」
控えめに返事をするつもりが思った以上に声が弾んでしまった。
自分は両親のおかげで結婚に何ら希望を抱いていない。
でもカスタラント男爵家の為に義務的に結婚は受け入れるつもりだった。
それが、縁談が来なくなって結婚出来なくなってしまうかもなんて……。
―――願ったり叶ったり!むしろ喜んで!
一石二鳥とはまさにこの事かも、とシャノンは胸を弾ませた。
「でも逆にお兄様はいいのですか?侯爵家との婚約が無くなっても」
「ああ。侯爵家との繋がりが惜しくないと言えば嘘になるが、シャノンがそんなに嫌なら仕方ない。まあ、解消される分にはさほど問題はない」
クリスの余裕の表情を見て、シャノンはなるほどと理解した。
一度申し出た婚約を取り消すにはそれ相応の誠意をせる必要がある。
あちら都合の婚約解消なら約束された支援はそのままに、支度金も慰謝料として支払われる。
「つまり、私の名誉は傷つくけれど、お兄様――カスタラント男爵家としてはたいした痛手は負わないので好きにすればいいという事ね」
シャノンは問題解決の道が案外簡単そうだと気持ちが楽になった。
――だってアレックは私の事が嫌いなのだから。
「お言葉に甘えましてアレック様から婚約解消して頂けるように働きかけてみます」
嬉しそうなシャノンの顔を見てクリスが大きな溜息をつく。
「こんなにいい条件の婚約を嫌がるなんてシャノンくらいのものだろうな」
「お褒めのお言葉ありがとうございます」
ニコリと笑うとシャノンは目の前の冷めた紅茶を一口飲み、添えてあるマカロンをひょいと摘んで口に入れ立ち上がった。
「では、早速アレック様に会いに行ってきます」
足早に立ち去ろうとするシャノンをクリスが呼び止めた。
「シャノン、失礼のないように。あくまであちらから婚約解消を申し出てもらえるよう穏便に頼むよ」
シャノンの好きにすればよいと思うが、勝気で貴族令嬢らしからぬ性格の妹にクリスは一抹の不安を覚える。
「分かっております。心配しなくても大丈夫です。アレック様は絶対に私との婚約を解消して下さいますから」
「シャノンそれはどういう――」
クリスの問い掛けに答えることもなく、シャノンは部屋の扉を開けるとヒラヒラと手を振り出て行った。
シャノンが何故あんなにも自信満々なのか全く理解できなかったが、クリスはこの婚約は簡単には無くならないだろうと思っていた。
「アレック様は手強いぞ」
面白くなりそうだとクリスはニヤリと笑った。




