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突然疎遠になって遊び人になった幼馴染が結婚を迫ってきます。  作者: 那由多芹


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19



「はい。そこまで」



 バスケットが叩きつけられる音の代わりに聞き覚えのある声がした。

 シャノンが恐る恐る目を開けると、エリザ様の後ろでバスケットをさらに頭上高く掲げているアレックがいた。

 投げる寸前のバスケットを手から奪われたエリザは何が起こったのか分からない啞然とした表情をしている。


「これは一体どういう状況?」

 明らかに怒りを孕んだ声でアレックが周りを見渡しながらシャノンたちに問いかける。

 どういう状況かと聞かれても、貴方の婚約者と彼女がこの部屋でうっかり鉢合わせてしまったせいで修羅場になってるという分かりやすい状況だと思うのだけれど。


「アレック様!この女はとんでもない愚か者です!自分の手作りマフィンをアレック様に食べさそうとしていたのです!素人が作ったマフィンなんて不味くて不衛生で何が入っているか分からない危険な物なのに、私がそれを処分しようとしたら暴言を吐かれて……そして暴力まで……私、私、とても怖かった……」

 エリザが振り返り後ろにいるアレックに涙ながらに訴える。


 確かに言っている事はまあ、ざっくりと合っているかぁ、とシャノンはぼんやり考える。

 アレックにマフィンを食べさそうとしているし、エリザの頬を思い切りグッと掴んでタコにしたし、説教もした。

 全くの無実とは言えないのでこちらからの反論することはない。


「……処分?」

「ええ、先程はそのバスケットに入っているマフィンを処分しようとしていた所だったのです」

 エリザがアレックの持っているバスケットを指差す。

「……そこに転がっているマフィンは?」

「あれは、そのバスケットから私が一つ取り出して、手作りと気付いたので投げ捨てた物です」


 得意気に話すエリザは自分のした事がアレックの為になり感謝されるべき事だと信じて疑っていない様子だ。

 マフィンはアレックから作るよう頼まれた物だけれど、アレックも自分の彼女?が良かれと思ってした事を咎めはしないかも、と思いながら二人を見ているとアレックが床に無残な形で潰れているブルーベリーマフィンを拾い上げ、バスケットと共にを机の上にそっと置いた。


「これは、僕が食べたくてシャノンにお願いして作ってきてもらった物だけど、何故君が勝手に捨てたの?」

「え?だってそんな貧乏男爵令嬢の手作りだなんて穢らわしくて……」

「――は?」

 アレックのワントーン低い声に空気がピリっと張り詰めた。

「え?わ、私はアレック様の為を思って……アレック様の為に……」

「君の勝手な独断が何故、僕の為になるの?」

「――っ、それは……」


 容赦なく問い詰めるアレックはどんな顔をしているのかこちらからはその表現は見て取れないけれど、エリザがみるみるうちに青ざめていくのが分かった。


「君は何を勘違いしているのか知らないけど、シャノンは男爵令嬢であっても僕の婚約者なんだ。子爵令嬢の君がシャノンを見下す事は不敬にあたる」

「で、ですがアレック様、その男爵令嬢より私の方がアレック様の婚約者に相応しいのは明らかです。お父様からもお話がありましたよね?」

 エリザの訴えにアレックは額を押さえ、大きなため息をついた。

「学校長にはもう何度も断りを入れている。僕は君と結婚するつもりは微塵もない」

 キッパリとした拒絶の言葉にエリザの表情が引き攣る。

「納得できません!社交界に精通しておらず人脈もない、相応しい立ち振る舞いも出来ないであろうその男爵令嬢に公爵婦人なんて務まるはずがありません」

 エリザの訴えはもっともだとシャノンは思った。

 自分は社交界が苦手で、社交パーティーにはまともに参加したことがない。

 カスタラント男爵家の経済事情でドレスや装飾品が用意出来なかったせいもあるけれど、自分自身あの華やかで毒々しい貴族という人間の集まりに興味が持てない。

 エリザの言う通り、自分なんかが貴族社会のトップである公爵家の妻が務まる訳が無いと思っている。


「……君は何か勘違いをしているようだけれど、僕は公爵婦人に相応しい人と結婚したいのではなくて、愛している人と結婚したいんだ。他人の悪評とゴシップとマウント合戦が飛び交うだけの社交界(あんな世界)なんて正直どうでもいい」

「愛……?」

 アレックの口から飛び出した思いもよらない言葉にエリザが反応する。

「そうだよ。僕はシャノンを愛している」

 アレックがこちらに思わせぶりな視線を送ってくる。

 そんな訳ないと否定しに割って入りたいけれど、今自分が出しゃばるのは危険だと判断し、シャノンはアレックを睨みつつぐっと堪える。


「アレック様、そんな嘘は止めてください」

「嘘?」

 エリザの言葉にアレックの眉がピクリと動く。

「ええ。こんな男爵令嬢なんかよりも私の方が美しいですし、スタイルも家柄も教養も全て(まさ)っています。そんな私を差し置いて、その男爵令嬢の事を愛しているだなんてあり得ないですから、誰が聞いても嘘だって分かります。どうしてそのような事をおっしゃるのですか?」

 エリザは本当に理解できないとばかりに心配そうにアレックを見つめた。


「ははっ。こんなにも話が通じないとは、さすが学校長に溺愛されて甘やかされて育っただけのことはあるね」

 アレックが笑ってくれたのが嬉しかったのか、エリザも釣られて笑顔になる。

「ええ。お父様は私の事を世界一可愛いっていつも褒めて下さいます」

「皮肉も通じないか。確かに、馬鹿な娘ほど可愛いというからね」

「馬鹿……?え?」

「分かりやすく言うと、僕は()()()()()()シャノンのほうがずっと美しいと思うし、人間的に勝っていると思う。君みたいに傲慢で不遜で浅慮で無神経で高飛車な人間が僕は大嫌いなんだ」 

「え?――だ、大嫌い……?」

「ああ。君は自分を美しいと思っているようだけれど、とんでもない。内面の醜さが滲み出てしまって見ていられない」

「み、醜い……?」


 アレックが予想外の辛辣な言葉を投げかけたからなのか、エリザは理解しきれず混乱した様子で戸惑っている。


 ―――正直、アレックが来てくれて助かったけれど、彼がエリザに言い放った言葉にシャノンはモヤモヤした気持ちが込み上げてきた。

 自分を擁護してくれているのは分かるけれど、仮にも親密な関係を持った女性に対して馬鹿だの傲慢だの醜いだの……酷くない?


「ちょっと待って下さい」

 自分が口を挟むとややこしくなると思ってずっと静観していたけれど、シャノンは我慢出来ず口を開いた。

「シャノン?」

「アレック様、さっきから黙って聞いてればちょっと酷くありませんか?」

「酷い?」

 シャノンが突然口を挟み、しかも非難する言葉を口にしたからかアレックが戸惑いの表情を見せる。


「仮にも深い関係にあった女性を貶める言い方は最低だと思います。そもそも貴方が渡したこの部屋の合鍵が原因でこういう事態が起きたのですよ?」

「合鍵?」

「そうです。エリザ様とこの部屋で逢瀬を重ねられていたみたいですが、合鍵を複数の女性に渡すとこうやって鉢合わせる事もあると思わなかったですか?

 私についた嘘はもうバレていますからと言わんばかりにシャノンはアレックを睨むも、アレックは実に怪訝そうな顔をしていた。


「……つまり、エリザはこの部屋の合鍵を使って自らこの部屋に入って来たということ?」

「――?そうです。私が先に居て、鉢合わせてしまった感じです」

 そんな当たり前の行動を確認する言葉に違和感を覚えた。


「……なるほどね。何らかの事情があってシャノンがエリザをこの部屋に招き入れてしまったのかと思っていたけれど、考えてみればシャノンが僕の忠告を破る訳ないか」

「え?それは――」

 どういう意味かと口を開きかけたシャノンをアレックが手で制したので思わず口をつぐんだ。

「シャノン、君の誤解を解きたいからまず説明させてほしい」

「誤解、ですか?」

「そう。僕はエリザと深い関係になったことはない」

「え?では浅い関係?遊び?」

「うん?違うよ。男女の関係はないってこと。意味分かるかな?そのゴミ屑を見るような目は止めておこうか」

 最低男発言かと思ったら違ったみたいだけれど、でもアレックの言葉には説得力がない。

 だって婚約の話も上がっていたみたいだし、何よりエリザはこうやって合鍵を持ってこの部屋でアレックと逢瀬を重ねていたのだから。


「僕だけの言葉では信用してもらえないのは悲しいけど仕方ない」

 そう言うとアレックはエリザに向き直った。

「エリザ、僕は君と男女の親密な関係になった事やこの部屋で逢瀬を重ねたなんて全く覚えはないのだけれど、そんな事実はないよね?」

 アレックがエリザにたずねると彼女は少し頬を赤らめて俯く。

「男女の関係は……まだ…ですが、アレック様とは我が家で家族公認のお食事をしたり、この部屋で二人きりでお会いしたり……他の御令嬢達とは違う特別な関係を築いてきたと思っております」

 エリザの答えに、やっぱりねという軽蔑の目でアレックを見る。


「エリザ、食事は学校長にどうしてもと招かれてトランプ子爵家へ一度伺った事がある。その時に学校長と婦人と君、そして僕とトルネオの五人で食事をした事を言っているのだろうけど、あの食事会に深い意味は無い。

 そして、この部屋で二人きりで会っていたというのも君が学校長の使いで度々書類等を届けに来る事を言っているのだろうけど、それはあくまで仕事であってプライベートな会合は一切ないし、二人きりというのもたまたまトルネオが席を外した僅かな時間が数回あった程度だと認識している。以上、君の主張に特別な関係を感じさせるものは何もないよね?」

 アレックは少し苛ついているのか、語尾が強めになっている。


「ですが、お食事は婚約を見据えてお互いを深く知る為にとお父様が……」

「初耳だ」

「この部屋でお会いする時だって、いつも優しく微笑んで私を見つめて下さって――」

「僕も愛想笑いくらいはする」

「で、ですが、他のご令嬢達は誰も入ることを許されていないこの部屋に入れる私は特別な存在であるはずです」

「学校長の仕事を手伝う君は秘書的な立場だと認識したので確かに入室は許可したけれど、それはあくまで仕事の一貫であってプライベートで許可した覚えはない」

「――っ」

 主張がことごとく論破されたエリザは返す言葉を詰まらせる。

「だから、君がこの部屋の合鍵を持っているはずがないのだけれど?」

「えっ?」

 アレックの言葉に思わず声を上げてしまったシャノンは慌てて両手で口を押さえた。


「この部屋の鍵を持つのは僕とシャノンとトルネオだけ。僕は君に合鍵なんて渡していない。なのにどうして君が持っているのかな?」

「それは……お父様が……」

「学校長が?」

「この部屋の鍵を使ってアレック様と話をしてこいと言って手渡してくれたのです」

「へぇ、話を?」

「ええ、アレック様が突然わけのわからない男爵令嬢と婚約したのは何か事情があるに決まっている。本当は私との結婚を望んでいるのだから、二人でしっかり話せばアレック様は自分の気持ちに正直になってくれるはずだと……。だから私、その通りだと思って居ても立ってもいられなくなって……」


 エリザの言葉にアレックは怒りを押し殺すかのように眉間を押さえた。

「エリザ……その鍵は学校で厳重に保管しているマスターキーだ。然るべき手順を踏まなければ使う事は出来ない。たとえ学校長であっても勝手に使うこ事は許されない」

「え?」

「ここは王族と公爵家の限られた人間が仕事をするための特別な部屋だ。重要機密事項を扱う事もある。そんな部屋のマスターキーを許可なく使用して入室した君は重罪に問われる事になる」

「ーーっ、重罪!?」

「無論、君の父親でもある学校長も同罪だ。学校長として規律を守るべき人物が娘可愛さになんと愚かな」

 アレックの淡々とした声が、かえって冷淡さを醸し出す。

「ち、ちょっと待って下さいっ!そんな、たかが鍵を使ったくらいで重罪だなんて冗談ですよね?私はただ、この部屋でアレック様と二人きりでお会いしたかっただけなんですっ。お父様も私も悪気があった訳ではっ――」

「悪気が無いほうが愚かで救いようがない」

 ピシャリとエリザの言葉を切るとアレックはパチンと指を鳴らした。


 次の瞬間、扉が開いてトルネオが入って来た。

きっと外で待機していたのだろう。

「後は任せた」

 アレックがそう告げるとトルネオはコクリと頷きエリザに歩み寄る。

「エリザ様、ご同行お願い致します」

 丁寧だけれど、有無を言わせぬ口調にエリザが体を強張らせた。

「わ、私を何処へ連れて行こうというの!?嫌よ!私は何も悪いことなんてしていないもの。何処へも行かないわ!」

 トルネオから逃れようとじりじりと後退したエリザ様は次の瞬間、勢いよくアレックの胸元へ飛び込んだ。

「アレック様、ごめんなさい!私はただ意に沿わぬ婚約からお助けしたい一心でアレック様に会いにきただけなのです。この部屋に入ってはいけないなんて、知らなかったのです」

 潤んだ瞳で上目遣いをしながら、ふくよかな胸をこれでもかと押しつけている。


「アレック様をお慕いするあまりの行動なのですに……どうか分かって下さいますよね?」

 女好きのアレックなら色仕掛けでなんとかなると思うのも当然で、エリザは自らの豊満ボディを駆使して必死でアレックを誘惑している。


 けれどアレックは全く興味がなさそうに自分の胸元を触れるエリザの手を掴み払いのけた。

「僕は君に微塵も興味がない。馴れ馴れしく触るのはやめてくれないか」

「ア、アレック様……」

 アレックの予想外の冷たい拒絶にエリザが絶望の表情で固まった。


「僕は君が僕の婚約者であるシャノンに対して働いた暴言暴挙を許すつもりはない。合鍵の件と合わせてそれなりの処分を覚悟しておくんだね」

 その目は冷たく、アレックの言葉が本気であると悟ったエリザはフルフルと震えだした。


「そんな、酷い。私は悪くないのに――」

 まだ口を開こうとしたエリザにトルネオが再度歩み寄る。

「これ以上アレック様を怒らせない方が身の為です。エリザ様、行きましょう」

 トルネオが半ば強引にエリザの腕を掴み連行する。


「謝ったのに。私、謝ったのにどうして許してくれないのですか!そもそも悪いのは私じゃなくてその貧相な身の程知らずの男爵令嬢なのに!どうしてアレック様は分かって下さらないのですか!こんなのあんまりです―――」 

               

 ―――バタンと扉が閉まる。


 引きずられるように連行されながらも最後までエリザは訴え続けた。

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