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突然疎遠になって遊び人になった幼馴染が結婚を迫ってきます。  作者: 那由多芹


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「あの…、私アレック様に届け物をしにきただけなのでもう失礼します」

「届け物?」

 エリザは部屋を見回すとアレックの執務机に置かれたバスケットに気付いたのかそちらの方へカツカツと歩き出した。

「何なの?これは」

「えっ、ちょっ……」

 言うが早いか、エリザがバスケットに掛けてあったハンカチーフを乱雑に剥ぎ取りその中のマフィンを一つ掴み出した。

「マフィン?こんなものでアレック様が喜ぶとでも思っているの?」

「それは……」

 そのアレック様からのご要望ですが、と言ったらもれなく面倒な絡みが始まりそうなので口をつぐむ。

「これ、店名のケーキピックが刺さってないけれど何処のパティスリーのマフィンなのかしら?アレック様に差し上げるとなればそれ相応の高級有名店のものなのでしょうね?」

 エリザが訝しげにマフィンを目上に持ち上げる。

 面倒なところを突いてくるなぁと思いながらも、答えなければこの場は収まりそうにないので正直に言うことにする。

「……いえ、それは私の手作りです」

「は?」

「そのマフィンは私が作ったものです」

 再度伝えるとようやく意味を理解したのか、エリザの表情がみるみるうちに険しくなった。

 あ、これはマズイなと感じたシャノンが動くよりも早くエリザは持っていたマフィンを足元へ叩きつけた。

「素人の手作りだなんて汚らわしい!!」


 シャノンがほぼ徹夜で作ったブルーベリーのマフィンが無残な形で足元に転がる。

 新鮮なブルーベリーを買い求めて夜中までお店を探し回った苦労が水の泡と化したこの状況に呆然とする。

「アレック様にそんな物を食べさせようとするなんて信じられないわ!貴女には常識ってものがないの!?」

 

 貴族は料理なんて作らない。毎日の食事を作るのは使用人。他所様にプレゼントするお菓子は巷で人気の有名店で購入した物を渡すのが貴族の常識である。

 なのでエリザからすれば、素人の自分が作ったマフィンを公爵子息であるアレックに食べさせようとするなんて狂気の沙汰くらいに思うのかもしれない。

 それが貴族の常識だとは分かっていたけれど、まさか地面に叩きつけるだなんて……。

 バターだって小麦だっていつもは使えない高級な物を使ったから絶対絶対美味しく出来たのに……。

 私だって食べたかったのをめちゃくちゃ我慢したのに……と飛び散ったブルーベリーを見ながらシャノンはふつふつと怒りがこみあげてきた。


「貴女にはアレック様の婚約者なんて務まりませんわ!今すぐ解消しなさい!アレック様に土下座でも何でもして婚約解消を願い出なさい!」

「………」

「ちょっと!聞いてるの!?」

「…るさい」

「え?」

「うるさい!」

 そう言うとシャノンはエリザに数歩近づいて手を伸ばし、右手で思い切り両頬を掴んだ。

「――ぶぶっ!?」

 いきなり唇がタコのようになったエリザは豚のような音を出した。

 アレックの真似をしてしまったけれど、騒音を止めるにはこれが一番手っ取り早い。


「エリザ様、貴女がアレック様と深い関係にあるのは分かりました。貴女を差し置いて婚約者となった私が気に入らないのもよく分かります。そして、そんな私が作った手作りのマフィンが汚らしく感じるのも仕方のない事だと思います……」


 シャノンの手から逃れようともがくエリザに目を据えたままシャノンは淡々と話しかける。

「だからって食べ物を粗末にして許されると思ってます?」

「―――っ!」

 エリザが渾身の力でシャノンの腕を払いのける。

 形の戻った頬が痛いのか両手で押さえながら涙目でシャノンを睨見つけた。

「痛いわね!何するの!この馬鹿力女!」

 シャノンは昔から掃除、洗濯、料理、畑仕事などなどを嗜んでいるので普通の貴族令嬢に比べれば力は強い自信はある。


「エリザ様、謝ってください」

「は?どうして私が謝らないといけないの?」

「悪い事をしたらごめんなさい、ですよ?これ常識です」 

「わ、悪い事なんてしてないわよ!あの汚い食べ物がアレック様の口に入る前に処分してあげただけよ!」


 先程までの威勢は何処へやら、エリザが何やら動揺しているように見える。

 幼い頃から大切に育てられてきたので、今まで怒られたことなんて無いのかもしれない。

 ましてや格下の男爵令嬢であるシャノンにこんなふうに反撃されるなんて思ってもいなかったのだろう。

 でも、そんなのはシャノンの知った事ではない。


「あれはアレック様の為に作った物ですから、汚い、不味いと判断して捨ててもいいのはアレック様だけです。エリザ様にその権限はありません。大きなお世話です。謝罪を要求します」

 シャノンはブルーベリーマフィンの仇とばかりに毅然とした態度で詰め寄る。食べ物の恨みは怖いのだ。


「うるさいわね!しないわ!貴女に謝罪なんて絶対にするもんですか!」

 そう叫ぶとエリザはくるりと後ろを振り返り、マフィンの入ったバスケットを荒々しく掴んだ。

「エリザ様!!」

 制止すべく、咎めるように名前を叫ぶも逆効果とばかりにエリザはバスケットを高々と頭上に掲げた。

「こんな物!!」


 ――ああ、もうダメだ。あのバスケットに入っている可愛い?マフィン達がこれからどうなるか目の当たりにするのが怖くてシャノンは思わず目を閉じた。

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