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突然疎遠になって遊び人になった幼馴染が結婚を迫ってきます。  作者: 那由多芹


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17/19

17 はち合わせ


 翌日、少し早めに登校したシャノンは大きなバスケットを腕に抱え、普段は通ることのない執務室へと続く廊下に足を踏み入れた。


 最高位貴族である公爵家と王族のみが使用できる執務室は、学校内の一般棟の奥にある。

 彼らは否応なしに学校内で重要な立場に置かれ、様々な仕事をこなさなくてはならない上に将来家督を継ぐ勉強もする必要がある。

 執務室はいうなれば、そんな彼等の為に作られた仕事部屋兼休憩室ということらしい。

 

 今、この学校に王族は在籍していないし公爵家の人間もアレック一人なので、執務室はアレックしか使っていない。

 最近は忙しく、朝早くから来ている事が多いとトルネオから聞いていたのでマフィンを渡すなら人の少ない朝イチしかないと思い、シャノンは必死で焼き上げて持ってきた。


 それはそれはもう……大変だったとシャノンはげっそり思い返す。

 なんせ種類が多いし、アレックとはいえ公爵家の人間に渡すものだから下手な食材は使えない。

 クリスにも協力してもらって必死で新鮮な材料をかき集め、そこから深夜まで下準備をして、焼きたてを持って行くために早朝に起きて焼きあげた。


 ココスさんの作ったマフィンには敵わないかもしれないけれど、我ながらとても美味しく出来たとシャノンは思っている。

 

 廊下の奥に佇む執務室の扉にたどり着いたシャノンは立ち止まって一息ついてからノックした。

 昨日、変な考えがよぎったせいかアレックと顔を合わせるとなると少し身構えたけれど、どうやら不在のようで応答がない。


 マフィンの入ったバスケットを扉の前に置いて帰ろうかと思ったけれど、誰が来るかも分からない場所に置き去りにするのは衛生上よろしくない。

 アレックが来るのを暫く待ってみようかとも思ったけれど、出来るなら早くこの場を立ち去りたい。


 シャノンはゴソゴソとスカートのポケットを探り金色に輝く鍵を取り出し「使うか」と呟いた。

 この鍵は“婚約者だからいつでも使っていい”とアレックに手渡された執務室の鍵である。


 執務室を使う事なんてないし、そもそもすぐに婚約解消するつもりなのでそんなものは要らないと断ったけれど、その心中を見透かしたような笑顔と圧に押し切られ受け取ることになってしまった。


 部屋の中にマフィンを置いて、書き置きでも残して帰ることに決め、執務室の鍵を開けた。

 重厚感のある扉をゆっくり開くとそこには学校とは思えない豪華な空間が広がっていた。

 ふかふかの絨毯が敷き詰められた、だだっ広い部屋の真中には、ゆうに二十人は座れそうな長いテーブルと椅子が置いてあり、その上座には大理石でできた机がどっしりと構えられてある。

 きっとあれがアレックの執務机なのだろう。

 

 天井にはクラッシックなシャンデリアが、飾り棚にはとってもお高そうな壺やら銅像やらの調度品がずらりと並んでおり、ここは本当に学校なのか?と疑問に感じる程の豪華絢爛ぶりで、さすが公爵家と王族専用の部屋だと思わずにはいられない。

 

 とりあえず、アレックの執務机にマフィンを置こうと思い部屋を歩き進むと、入り口からは死角になった部屋の奥に細い廊下があり、その先にいくつか扉があるのが見えた。

 

 多忙な時期、アレックは執務室に籠りがちになり、そこで食事をとったり仮眠したりすることがあるとトルネオ様が言っていた事を思い出した。

 ――ふむ、多分あれがキッチンとか休憩室ね。

 ということはきっとトイレやバスタブなんかもあるのかも……と、初めて入る執務室に興味を取られていると、コンコンと執務室の扉がノックされ、驚きのあまり飛び上がる。


「だ、誰だろう…?アレック?」

 早鐘を打つ心臓を押さえながらドアの方を注視する。


 この鍵を渡された時、アレックはこの鍵は四つしかないとシャノンは聞かされていた。

 鍵を持つのはアレックとトルネオと、そしてシャノンの三人。

 もう一つは念のためのマスターキーとして学校に厳重に保管されており、然るべき手順をふまないと使う事はできないらしい。

 そして、シャノンが部屋を使うにあたり(使わないと言い張ったけれど)この部屋は入ると自動的に鍵がかかり、中からは開けられるが外からは鍵がないと開けられないので安全であり、もしシャノンが部屋にいる時に誰かがノックをしても開ける必要はない、むしろ開けてはいけないと言われている。


 ということはアレックやトルネオならノックせず鍵を開けて入って来るだろうから、今扉の向こうにいるのは二人以外の誰かということになる。

 

 こちらから開けてはいけないので、やましい事はないけれど居留守を使う後ろめたさからじっと息を殺し扉の外の気配がなくなるのを待った。

 何度かノックがあった後、暫くすると静かになったのでホッとした途端、扉がガチャリと音を立てた。

「えっ?」 

 鍵が開いたのだと理解すると同時に扉がゆっくりと開き、一人の女性が入って来た。

 長身で長いブロンドの巻き髪に真っ赤なドレスを着たその女性はまさかこの部屋に人が居るとは思わなかったのだろう、シャノンを見るなり「きゃあっ!」と悲鳴をあげた。

「あ、あなた!誰なの!?」

「わ、私は――」

「――っ!!泥棒?」

「ち、違います!」

「嘘おっしゃい!この部屋は限られた人しか入れないよ!?一体どうやって入ったの!?」

「――か、鍵を持ってます」

 完全に不審者扱いで気圧され、うまく説明する事ができないシャノンは質問に答えることしか出来ない。

「はっ!?鍵?」

「ええ、この部屋の鍵を持ってます」

 そう言ってポケットから鍵を取り出し見せると、カツカツと高いヒールを鳴らし女性が近づいてきた。

「あなたその鍵をどうしたの!?」

 そう言いながらシャノンの持っている鍵に手を伸ばしてきたので思わず反射的にその手を避けると、女性の手が空を切った。

「よこしなさい!」

「いや、それはちょっと」

 人様から預かっている鍵を見知らぬ女性に渡すわけにはいかない。


「鍵を盗んだのね!!でなければ貴方みたいな女がその鍵を持っている説明がつかないわ!大人しくその鍵を渡しなさい!!」

 女性が手を差し出し鍵を渡すように要求する。

「違います!この鍵はアレック様から頂いたもので盗んだ物ではありません!」

「まあっ!あなた、何て大それた嘘を!」

「嘘じゃありません!」

 目の前の女性は何を言っても聞く耳持たずで、信じてくれそうにない。

 制服ではない真っ赤なドレス、そして高すぎるピンヒールでカツカツ言わせてる時点で明らかこの学校の在学生ではない。

 そして真っ赤な口紅で派手すぎるメイクを見る限り、年上の女性だと思われる。

 

 そもそもシャノンからすれば、そちらこそなぜこの部屋の鍵を持っているのですか?である。

 この部屋の鍵を持つのは三人だけだとアレックは言っていた。

 なのに、この女性も鍵を開けてこの部屋に入って来たのはどういう事だろうとシャノンは混乱する。


「私はアレック様の婚約者です。アレック様からこの部屋の鍵を頂いたので泥棒でもないですし、鍵を盗んで入ったのでもありません」

 あまり自分の口から婚約者だと名乗ることはしたくなかったのだけれど、今は仕方がない。

「婚約者!?貴女が?アレック様の婚約者?」

 女性は驚いた様子でシャノンの顔をまじまじと見つめた。

「ええ、まあ……」

 品定めをするかのように足の先から頭のてっぺんまでジロジロと見られ、かなり居心地が悪い。

「へぇ、貴女が……。確かシャノン・カスタラント男爵令嬢といったかしら?」

「はい。そうです。……あの、失礼ですが?」

「私はエリザ。この学校の学校長の娘、エリザ・トランプ子爵令嬢よ」

 なぜか自慢気に答えるこの女性は学校長の娘さんらしい。

 そういえば以前、アレックが学校長の娘との婚約を打診されていると聞いたことがあるような…。

 それがこの女性、エリザなのだろうか。


「エリザ様はこの部屋の鍵をお持ちなのですか?」

 気になっていた事を聞いてみる。

「え、ええ。そうよ。私もアレック様から直々に鍵を頂いたの」

「!……そう、なのですね」

 遊び人アレックの言葉を信じていた訳ではないけれど、エリザ様の言葉に少なからず動揺している自分がいた。

 そんな私を見てかエリザが「なに?貴方、もしかして自分だけが特別にその鍵を渡されたとでも思っていたの?」と鼻で笑う。


「いえ、そんな訳では」

 自分が特別だなんて全く思ってはいない。

 ただアレックがそんな嘘をつくとは思えなかった。

 女たらしのチャラ男に成り果ててしまったけれど、実直だった昔の彼と根幹は変わっておらず、人を騙す嘘をつくような浅はかな人間ではないと思っていた。

 やっぱり、婚約にあたって他の女性との関係を清算したというのは嘘だったのだろうか……それとも元彼女?。


「いいこと?私はアレック様とこの部屋で逢瀬を重ね、何度も愛を交わしてきたの。もうそろそろ婚約してもいいと思っていたのに……」

 エリザがギリギリと歯ぎしりをしてこちらを睨む。

「いきなり婚約だなんて、さぞかし家柄のいいとびきりの美人が相手かと思ったら、何なの!?貴女全然大した事ないじゃない!!」

「……デスヨネー」

 やっぱりそうきたかとシャノンはいい加減げんなりした。

 自分がアレックの婚約者だと知った人達は大抵怒りだすのがセオリーだ。

 何十回と同じシチュエーションを繰り返してきたシャノンが学んだ対処法は“肯定すること”。

 何を言われてもうんうんと肯定して話を聞いてあげる。決して反論したり、話を遮ってはいけない。

 不満を全部吐き出させて気持ちを落ち着かせてから、自分からは婚約解消できないことを訴えかければ大抵は穏便に帰っていただける。


「こんなにも地味でパッとしない女だなんて……」

「……」

 そこは否めない。

「よくもまあ、それでアレック様の隣に立とうと思えたわね」

 いや、全く思っていませんと反論したいところをグッと堪える。

「いいこと!?アレック様に相応しいのは私のような洗練された高貴な貴族女性なのよ。お分かり?」

 エリザがシャノンの目の前にきて凄む。

「近い……」

「悪いことは言わないから、アレック様との婚約は解消なさった方がよろしいのではなくて?」

「近いです」

 グイグイ迫ってくるものだから、エリザの嫌味を聞いている場合ではなくなっている。


「見た目もそうだけど……この貧相な体じゃあアレック様は到底満足できないでしょうし」

 エリザがシャノンの平坦な胸を見ながらクスクスと嘲笑する。

 そういうエリザはパックリと空いた赤いドレスから溢れんばかりの胸が深い谷間を作っている。

 同性ながらもその柔らかそうな谷間に顔を埋めたい衝動にかられるのだから、異性ともなればその誘惑は凄まじいのかもしれない。


 先程のエリザ様の発言からしてエリザはアレックと深い関係にあったのだと推測され、アレックの好みがこの豊満な肉体だとしたら自分なんて対象外もいいところ、よくもまあ私の事が好きだなんて嘘がつけるもんだとシャノンは何だか馬鹿馬鹿しくなった。


「では、私に満足できないアレック様からそのうち婚約解消を言い渡されるかもしれませんね」

「そうなるでしょうね。アレック様が貴女と婚約したのは何かの気の迷いでしょうから」

 シャノンを言い負かした気になっているのかエリザはフフンと鼻を鳴らし嘲り笑う。


 エリザはちょっと面倒そうなタイプっぽいし、もう始業時間も迫っているのでそろそろこの部屋から引き揚げようと思った。

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