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「あの、…でも、アレック様が私を婚約者に選んだのは“たまたま条件に合う昔の知り合い”を思い出したからだと思います」
「昔の知り合い?」
「……ええ、アレック様とは子供の頃に少し交流がありました」
「あ、私たちも一緒に、一時期はよく遊んだりしていました」
フローラとジゼルが、はい、と手を挙げ割って入る。
やっぱり昔の事はトルネオに話していないのね、私と友達だった事はアレックにとっては無かった事にしたい過去なのかもしれないと思うとシャノンは胸の奥がチクリと痛んだ。
「子供の頃に……そうなんですか」
「なので私にモテなくても彼は特に何とも思っていないと思いますよ」
お飾りの為に選んだ婚約者に好かれなくても彼はノーダメージなのだから、お役に立てなくて申し訳ない。
「そんな事はないです。彼を受け入れない女性がいるという事が大切なんです。あの人使いの荒いドS冷徹公爵に人生の躓きを与えて下さってありがとうございます」
トルネオが爽やかな笑顔で主の悪口を言っている。……多分、相当お疲れなのだろう。
完璧なアレックをサポートするという事は並大抵の努力では出来ない。
彼の信頼を得てさらには友人としての関係を築き上げたトルネオはとびきり優秀で強靭な精神力と忍耐力を兼ね備えた人だと思うけれど……それでも物凄く大変なのだろうなとシャノンが目を細めていると、その同情の眼差しに気付いたトルネオと目が合った。
「……ドS冷徹公爵という言葉にシャノン様は反発しないのですか?」
「え?ああ、そうですね。割と…昔はそんな感じだったので」
昔のアレックは人間嫌いで、特に異性が嫌いで、他人に対する冷淡さが溢れ出ている子供だったので納得というか違和感はない。
トルネオ様はへぇ、と少し感嘆し「シャノン様は本当のアレック様を知る貴重な女性ですね」と言った。
「へ?」
「アレック様は女性に対しては紳士的で優しいので、ドSだの冷徹だの言っても誰も信じませんよ。それどころか、なんてことを言うのだと私が怒られます」
「確かに、アレック様の悪口を言おうものなら靴箱や机や鞄にゴミをパンパンに詰められたり、座ろうとした椅子を引かれて尾てい骨強打したりするでしょうね」
フローラが賛同するけど、その地味な嫌がらせはどうだろう。
トルネオの言う通り、今のアレックは女好きで異性を惑わす遊び人で人当たりも良い。
そんな彼に魅了されているこの学校の御令嬢達には昔のアレックが想像もつかないのは当然のことかもしれない。
「アレック様の本性を分かってくださっている方が婚約者になられて安心しました。心強いです」
トルネオは、味方を見つけたとでも言わんばかりに明らかホッとしている。
「いやー…、逆に私は今のアレック様が分からないのでこの婚約には不安しかないですけど」
シャノンはアハハと遠い目をしたまま乾いた笑いで返す。
「きっと大丈夫ですよ。私はアレック様がシャノン様を望んだのは“たまたま”だなんて理由ではないと思います」
何がどうなって大丈夫なのか分からないけれどトルネオが力強く励ます。
「シャノン様が今までの女性達とタイプが違う事に理由なんてないのかもしれませんね」
「え?それは一体――」
――どういう意味ですか?と聞こうとした時、予鈴のチャイムが私の言葉を掻き消した。
もうそんな時間だったのかと、全員がハッとする。
「あっ、すみません。本鈴までにアレック様へ報告に行かないと。私はこれで失礼致します。美味しいお茶とクッキーありがとうございました」
そう言ってトルネオは慌ただしくテーブルを離れ、シャノン達も広げていたクッキーを包み紙に包み直してから慌ててカフェテラスを後にする。
「フローラ、このクッキー良かったら食べてくれない?」
教室へ向かう道すがら、フローラにクッキーの包みを差し出す。
「わっ!いいの?ありがとう。シャノンのクッキー大好きだから超嬉しい!」
笑顔で受け取ってくれたフローラを見て、久々に作った甲斐があったなぁとシャノンは嬉しくなった。
「あ、でもトルネオ様もシャノンのクッキーを絶賛してたから、お裾分けした方がいいかしら⋯」
フローラがクッキーの包みを見つめながら、はたと思いついたように呟くと「それはやめといたほうがいいと思うけど」とジゼルが制止した。
「どうして?トルネオ様は喜んでくれると思うけど?」
止められる理由が分からないフローラは、少しムッとしながら口を尖らせる。
「トルネオ様じゃなくて、アレック様だよ」
「アレック様?」
「そう。例え間接的でも自分の婚約者が自分以外の男に手作りクッキーを渡しているっていうのはアレック様が知ったら気分が悪いと思う。俺だったら嫌だもん」
ジゼルはフローラが別の男に手作りクッキーを渡すところを想像でもしたのか、眉間にシワを寄せ拗ねたような顔をしている。
「やだ、ジゼルったら。私はクッキー作れないから安心して」
嬉しそうにジゼルの背中をバンバンと叩いているフローラを見ながら、シャノンはジゼルの言葉の意味を考えた。
確かに、婚約者のいる人が異性に手作りの物を渡すのはよろしくないかもれない。
でも、自分が作ったクッキーをトルネオ様に渡すとアレックが嫌がるかは疑問だった。
⋯⋯⋯嫌がるかなぁ?
だってクッキーだし。
アレックはココスさんという私が師匠と崇めてやまない超一流のお菓子作り名人が作った絶品クッキーをいつでも食べられる訳だし⋯。
婚約者とはいえお飾りだし⋯。
⋯⋯⋯⋯。
うん、大丈夫っしょ。
総合的に判断して問題無いという結論にたどり着いたシャノンは「ジゼルの考えすぎよ。たかがクッキーで」と笑って受け流す。
「いや、でもさ、前にシャノンが俺に耳打ちしてたの距離が近いって怒られただろ?あれ、めちゃくちゃ睨まれて洒落にならないくらい怖かったんだけど」
その時の事を思い出したのかジゼルがブルッと身を震わせる。
そういや怒られたんだったと、あの時の事を思い返す。
「でもあれは物理的にゼノンと距離が近くて、他人から見たら誤解されかねないって事で公爵家の婚約者として自覚のない私の軽率な行動を注意されたから、今回とは状況が違うっていうか、クッキーあげるくらい大したことないと思うけど」
まだ食い下がる私にジゼルはやめとけと言わんばかりに首を横に振る。
それを見たフローラも「確かに、ジゼルの言う通りやめておいたほうがいいかもしれないわね。普通の婚約者なら嫌がる事はしちゃいけないわ」とジゼルの意見に賛同した。
「そう?大丈夫だと思うけど……」
別にどうしてもトルネオにクッキーを渡したいとかそういう訳じゃなくて、そんな嫉妬みたいな理由でアレックが怒る訳ないのになぁと納得いかないシャノンは首を傾げた。
自分はあくまでお飾りの婚約者であって、アレックがそこまで関心があるとは思えない。
「まあまあ、シャノンはあのアレック様の婚約者なのだからとびきり慎重になるに越したことはないわ。ね?」
フローラがポンポンと私の背中を叩いて同意を促す。
「はいはい。了解」
フローラもジゼルも大袈裟なんだから、そんなに慎重にならなくても大丈夫なのに、というのが本音だったけれどなんだか面倒になったシャノンは二人の意見に同意しておいた。




