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それからは面白いくらい毎日のように、様々な令嬢達がシャノンの所にやって来てはアレックとの婚約を解消するように迫ってきた。
皆、口を揃えて“貴方はアレック様の婚約者には相応しくないから婚約者の座を降りなさい”と言う。
相応しくないのは重々理解しているのでそこに異論はない。
だけど婚約者の座は譲りたくても譲れないから自分に嫌味を言って脅しても何の解決にもならないって何故分からないのだろうか、とシャノンは不思議になる。
私に怒りをぶつけるよりも先に、アレックにアプローチをした方が絶対に効率的なのにね?とフローラに愚痴るとポンポンと肩を叩かれ「シャノンは女ってものを分かってないわね。女の敵は女なのよ」
と納得いかない答えが返ってきた。
私も女なんだけど、とシャノンは思った。
アレックは何かしら忙しいらしく、シャノンとの時間がゆっくり取れない事を手紙で詫びてきた。
その手紙を渡しに来たのはトルネオで、彼いわく、最高位貴族の公爵子息であるアレックは生徒代表としてこの学校で重要な役割を担ってきており、卒業するに向けて様々な引き継ぎやそれに伴う事務作業に追われているらしい。
それに加えて突然の婚約に苦言を呈する人達や、これを機に婚約者の座を奪おうとアプローチしてくる令嬢達が彼に押しかけてくるので、その相手に時間を取られやるべき仕事が進まないとトルネオがぼやいた。
トルネオは身動きの取れないアレックにかわって彼からのプレゼントや手紙を渡しに来るので、いつのまにかフローラとジゼルも加わって四人でお茶を飲む仲になり、以前は真面目でお堅くて近寄り難いイメージの人だったけれど何度か話すうちに案外気さくで話しやすくてくだけた人だということが判明した。
「そう言っていただけると何だか嬉しいですね。この見た目のせいか、学校内での役割のせいか、近寄り難いとはよく言われます」
と真顔でティーカップに口づけるトルネオは確かに、切れ長の瞳によく似合う眼鏡のせいか知的さが際立ち、整った顔立ちがよりクールな印象を与えている。
学校内の役割とは、アレックの補佐役で様々な場を取り仕切っていることだろうか。
一口飲んだあと、目を閉じたままふうっと一息つくトルネオはいささかお疲れ気味に見えた。
「あの、これいかがですか?甘いもの食べると疲れがマシになりますよ」
そういってシャノンはテーブルに置いてあったクッキーのお皿を差し出した。
「え?ああ、ありがとうございます」
トルネオが一つ手にとって口に運ぶとサクッといい音がして「⋯美味しい」と声を上げた。
「これは美味しい。サクッとして軽い口当たりだけど大きめのナッツが歯ごたえあって……甘味もそこら辺で売っているクッキーみたいに甘ったるくなく控えめで……」
少し興奮気味に食レポのような感想を言うトルネオはどうやらこのクッキーがお気に召したらしい。
「これは何処で買ったのですか?」と聞いてくるので、そこまで褒められるとどう答えたものかとシャノンがモゴモゴしているとフローラが得意げに口を開いた。
「これはシャノンの手作りなんですよ。美味しいですよね!私も大好きなんです」
「え!?シャノン様が御自分で?」
シャノンが作ったと聞いてトルネオが驚いた顔で、シャノンの方を見る。
「え、ええ、まぁ……趣味というか好きなんです。お菓子を作るのも食べるのも」
褒められている気がして何だか気恥ずかしくなったけれどトルネオが「貴族令嬢なのに……」と呟いたのを聞いてシャノンはハッとした。
「あっ、すみません。貴族令嬢がお菓子作りなんてあまり褒められた話ではないですよね。お恥ずかしい話ですがカスタラント男爵家は昔からあまり裕福ではなくて……その、美味しいお菓子を買うことがあまり出来なかったので、それなら自分で作ってしまおうか、なんて考えで作り始めたんです……」
トルネオのような高位貴族からすれば、お菓子はお店で購入するか使用人が作るものなので、まさか貴族という身分がある令嬢がお菓子を作るなんて、と不快な思いをさせてしまったのかもしれない、とシャノンは慌てる。
「い、いえ、あの、そうではなくて、貴族令嬢なのにこんなに美味しいクッキーを作る事ができるなんて驚いたといいますか、感心してしまって……」
どうやらネガティブな発言ではなかったようで、シャノンの勘違いを解くためにトルネオが懸命に弁明する。
「そう言っていただけて光栄です。お口に合って良かったです」
ホッとしたシャノンをじっと見つめたトルネオは不思議そうな顔をした。
その表情の意味が分からないシャノンは、顔に何かがついているのかと手でペタペタと触り確認する。
「……正直、アレック様の婚約者がシャノン様だと知った時驚いたんです。なんというか…その、アレック様の周りにいる御令嬢達とタイプが違ったので……」
一体なんの話が始まったのかと少し戸惑うも、そう思うのはご尤もなので「ですよね。分かります」と言葉を返し、フローラとジゼルも「タイプ違い過ぎるもんね」と肯定する。
「なのでこの婚約には何か深い事情があって、アレック様は不本意ながらもシャノン様と婚約せざるをえなかったのかもと怪訝に思っていたんです」
要は私がアレックの弱みを握って従わせていると思ったのだろうかとシャノンは推測する。
「あー、なるほど。そういう考え方もありますよね」
公爵子息と婚約できるくらいの弱みとは何だろうと思うけれど、率直な意見だと思ったので三人でうんうんと首を縦に振る。
「ですが、先日お二人の様子を見る限りどちらかというとシャノン様はアレック様を避けている感じがして驚いたんです」
そういえば、以前アレックが私を教室まで送ると言ったのを秒で断ったらトルネオ様が驚いたような顔をしていたなとシャノンは思い返す。
「それに、シャノン様はハイスペックな結婚相手を手に入れる事しか頭にないそこら辺の貴族令嬢とは違って着飾ることも異性にも無頓着な方ですし、決して意に沿わぬ婚約を強要するような方ではないと思いました」
「さすがトルネオ様、この短期間でシャノンの事をよく分かっていらっしゃいます」
フローラがパチパチと拍手しながらトルネオを称賛する。
「私の言っている事が正しいのでしたら、この婚約は純粋にアレック様からの申し出で結ばれたものであり、シャノン様はあまり乗り気ではないのでしょうか?」
トルネオはアレックに仕えているのだから、この質問に正直に答えていいものかとシャノンが言い淀んでいると、何かを察したかのように「やはりそうですか」と納得してしまった。
口元を手で押さえ思案するようなポーズをとったトルネオが微かに震えだしたかとおもったら、クックッと笑いだした。
「まさか、あのアレック様との結婚を嫌がる女性がいるなんて⋯⋯」
何やら呟きながら嬉しそうに笑っているトルネオは若干引き気味の三人の視線に気付くと「失礼しました」と襟元を正した。
「アレック様の女性関係が派手だったのはご存知だと思いますが、あれはすべて女性から言い寄られたものであってアレック様からアプローチした方はいないんです」
「えっ?来る者拒まず!?」
フローラが若干嫌悪感混じりに反応する。
「いえ、流石に誰でもオッケーという訳ではないですよ。アレック様なりに深く付き合う方と浅く付き合う方を選んでおられました」
「誰でもオッケーならアレック様といえど流石に下半身が持たないよな」
ゼノンがわははっと低俗な冗談を言うと、すかさずフローラがローファーの踵を勢いよくゼノンの足に落とす。
「――いっ!」
「ちょっと黙ろうか」
凍てつく眼で睨まれたゼノンは足の甲を押さえながら、うんと頷いている。
コホンと咳払いをし、トルネオが「私が笑ったのは――」と続ける。
「アレック様はこれまでの人生、モテにモテまくってきましたが、初めて自分から…しかも婚約者にと望んだ女性にだけはモテないなんて、ザマァ…いえ人生とは面白いものだなと思ってしまって…」
ザマァみろって言いかけたよね。
……まあ、その気持ちは分からなくもないとシャノンは思った。
最高位貴族でお金持ち、権力持ち、容姿端麗、頭脳明晰、超モテモテの人生超楽勝な人間が近くにいると悪態もつきたくなりますよね、としょっぱい顔でトルネオを見た。




