12.
やれやれ上手く行ったとシャノンは胸を撫で下ろし、フローラとジゼルの元に戻ると「シャノン、あんな事言って大丈夫なの?」とフローラが少し呆れ気味に声をかけた。
「大丈夫大丈夫。微妙に真実とは違うかもしれないけど、あながち嘘って訳でもないと思うしね」
「でも、アレック様が望んでの婚約なのに、誰でも良かったとか、たまたまだとか……」
「真実を言ったって彼女達が信じるはずも無いし、何血迷ったこと言ってんだって、むしろ怒りが倍増するだけだと思うの。たまたまだとかそういう不可抗力な理由の方が納得してくれそうだし、それなら自分達にもチャンスがあるって思ってくれるでしょ?」
彼女達の怒りをなるべく避けつつ、アレックへのアプローチにやる気を持たす、我ながら良い作戦だとシャノンは思っていた。
「まあ、そう言われるとそうなんだけど…」
フローラは何か納得できないのか、まだ小難しい顔をして続ける。
「アレック様は婚約解消するつもりはないのに…」
「つもりはなくても“約束”を破れば同じ事よ」
彼女達が頑張れば“約束”が破られ婚約解消に繋がる。
「うーん、同じかしら?」
「同じ同じ。大丈夫、大丈夫」
フローラは真面目だなぁと思いながら能天気なシャノンは軽く答えた。
「でも、シャノン、あんな良い方は良くないわ」
「え?」
「“私なんか”とか“冴えない”とかシャノンは自分の事を卑下しすぎよ。それにあの令嬢達に言われた事も強く反論すべきだわ!“たいしたことない”とか“相応しくない”とか散々失礼な事言われっぱなしで、私は腹が立って仕方なかったんだから」
フローラが顔を赤らめて怒っている隣で、ジゼルが「確かに、あれはないな」と相槌を打っている。
「怒ってくれるのは嬉しいけど、本当の事だし…ほら、私はこんなんだから……」
別に卑下している訳ではないけれど、シャノンは自分が特に美人でもなければスタイルがいいわけでもないと分かっている。
美しく磨き上げられた先ほどの高位貴族令嬢達のに比べれば“冴えない”という言葉はぴったりだなと自分で思っている。
「あのね、勘違いしているようだから言っておくけど、シャノンは原石なのよ!?それも磨けば物凄く光るダイヤの原石なの!分かる?」
「うんうん。ありがとう」
受け流すように軽く返事をするとフローラは「全然分かってないわね」と軽くため息をつき腰に手を当ててずいっと人さし指を立てる。
「いいこと!?シャノン、さっきの三人もそうだけど貴族令嬢ってのは皆、頭のてっぺんから爪の先まで大金かけてバッチリお手入れされているの。
お分かり?高級な化粧品をふんだんに使ってお手入れされたお肌に、熟練のメイドが施した完璧なお化粧とネイルとヘアセット。そして少しでもスタイルを良く見せるためにオーダーメイドであつらえた矯正コルセットで、これでもかってくらい修正と補正と加工を加えた完成形で登校しているのよ?」
「う、……うん?」
まくし立てるフローラの圧に押されて、いまいち内容が頭に入ってこない。
「かたやシャノンはなんっっにもしてないでしょ??お化粧してる?コルセット付けてる?」
「な、何にもしてないことないもん。お化粧くらいしてるもん。…リップだけだけど……。コルセットはお高いし……」
シャノンは強気で反論出来ず語尾がゴニョゴニョしだした。
カスタラント家の財政がまだ安定していないのでシャノンは自身にお金を使う気にはなれないのもあるけれど、とにかく女子力に乏しい。
「シャノンを咎めているんじゃなくて、私が言いたいのはシャノンは何にもしてないのにお肌は白くてキメ細やかで綺麗だし、目も大きくてまつ毛もクルッとして長いし、スタイルだってちょっと平坦だけどコルセット無しでもスラリとしているし……つまり元々の素材がすごく良いから伸び代がすんごいあるって事なのよ?分かる?」
「う、うん?」
「絶対分かってないわよね?」
「わ、分かってるわよ。私は平坦だけど、伸び代があるって事よね?」
「んん?そうじゃなくて…いや、合ってるのか?」
シャノンなりのまとめにフローラが首を傾げる。
しかし、平坦とはちょっと言い過ぎじゃないかとシャノンは思わないでもない。
決して平らではない。
ささやかながらに緩やかな凹凸がありますので。
「シャノンが高位貴族令嬢と同じようにバッチリ化粧とかしたら驚くほど綺麗になるって言いたいんだよ。フローラは」
見かねたジゼルが簡潔に説明に入った。
「そう!ナイスアシストよ!ジゼル!そういう事よ。シャノンは元が良いから綺麗なの!だから“私なんか”じゃなくて自信を持ってほしいの」
フローラがシャノンの肩を掴み真剣に訴える。
きっと、さっき色々言われた私が傷ついていると思って元気付けようとしてくれているのだろうとシャノンは申し訳なくなった。
「分かったわ!私は自信を持って素朴さを大切に売り出していく!あと、とりえずそのうちコルセットを買ってもう少し凹凸が出るように頑張るわね!」
「いや、そういう事じゃ――」
そう言いかけたフローラの言葉を遮るように
「それは不要だな」と聞き覚えのある声が私の頭の上から聞こえた。
「――あ」
フローラとジゼルが私の背後を見て小さく声を出し固まった。
「僕がいるんだからコルセットは不要だよ」
シャノンが声のする方に振り返ると、今一番会いたくない人物がそこにいた。
「――アレック⋯⋯様」
「シャノン、それは婚約者の名を呼ぶテンションじゃないなぁ。あと“様”はいらないって言ったよね?」
アレックが少し屈みシャノンの顔を覗き込む。
まだ見慣れない美しい顔を近くで直視する事ができず、シャノンはフィッと顔をそらす。
「アレック様おはようございます。何かご用ですか?」
「おはよう。君の顔が見たかったんだ。教室に居ないから探したよ」
「すみません。友人達と話があったので……」
シャノンの言葉を受けアレックがフローラとジゼルの方を見る。
「ああ、フローラとジゼル。久しぶり」
アレックが二人の事を昔のよう気安く呼んだ事に私達は驚いた。
「……お久しぶりです、アレック様。まさかまだ私達の事を覚えて下さっていたなんて驚きです。ねぇ?ジゼル」
話を振られたジゼルが慌てて「あ、ああ」と相槌をうつ。
フローラの皮肉を全く意に介さない様子でアレックが「大切なシャノンの親友だからね」とにこやかに返す。
「その大切なシャノンを何年間も無視しておいて、突然婚約を申し込まれた事に驚きましたわ。親友として心配になったのでこうやってシャノンから詳しく話を聞いていた所なんですよ」
「そう。でも心配なんて全く必要ないから、安心してくれていいよ」
「うふふ、安心する要素が一つも見当たりませんのに、冗談がお上手ですこと」
「ははっ、冗談なわけないだろう。僕は至って真剣だけど」
笑顔で話す二人に殺伐とした空気が漂っているのを感じ取ったシャノンは慌てて間に入る。
「あ、あのっ、さっきのはどういう意味ですか?」
「うん?」
自分を見るアレックがさっきまでとは打って変わって優しい顔になり、その豹変ぶりに一瞬戸惑うもシャノンは質問を続ける。
「コルセットは不要っていう……」
確かアレックは“僕がいるんだから”と言った。
それはもう婚約して相手がいるのだから、異性を意識して体型を気にかける必要はないという意味なのだろうか?
だとしたら、お門違いもいいところだと言ってやりたい。
たとえ婚約者であっても身なりを指図される覚えはないのだから。
「ああ、それは……」
「それは?」
アレックは続きを言おうとしたが、少し考えて「シャノンにはちょっと刺激が強いかな」と呟いた。
「え?」
「うーん……いや、夫婦の時間を持つようになったら自然と体つきも艶かしくなるからって意味」
やけに言葉を選んで説明をしたけれど、いまいち意味が分からなかった。
「――それでコルセット要らなくなります?」
「なるよ。僕に任せてもらえればね」
アレックが嬉しそうに微笑むけれど、やっぱり分からないのでシャノンは助けを求めるようにフローラの方を見ると、さっきよりも険しい顔つきでアレックを睨んでいる。
「アレック様、この婚約が本当に結婚まで辿り着くかどうか分からないのですから、安易な発言は不躾になりますから控えられた方がよろしいかと思いますけど?」
「要らぬ忠告をありがとうフローラ。僕も言わせてもらうけど、結婚する事は決定事項だからご心配なく。それと、シャノンは今のままでも十分可愛いのだから、そこら辺の貴族令嬢みたいに無駄に着飾る事を安易に勧めないでくれるかな?」
バチバチの二人を横目にシャノンはジゼルに体を寄せ「フローラやけに怒ってるけど、コルセットの下りってどういう意味なの?」と耳打ちして聞くとジゼルは困ったように「まあ、男女のなんやかんやだよ」とこれまた意味の分からない答えだった。
なんやかんやと言われても、そのなんやかんやが何か知りたいのに、と納得いかないシャノンが更に突っ込んでジゼルに聞こうと体を寄せた時、おでこを何かに掴まれ、ぐいっと後ろに引き戻された。
「わっ!?」
同時に「近いよ」という声が耳のすぐ横から聞こえ、ガッチリした腕に包み込まれていたので、シャノンはアレックに背後から抱き締められていると気付いた。
「ち、ちょっと!」
何をするんだと振り返ると、アレックが威嚇するかのようにジゼルを見ている。
「ジゼルは親友の婚約者で私の幼馴染ですから近くても問題ありません!それより貴方の方が近いんですけどっ!」
離せといわんばかりに力いっぱいアレックの腕を押しのけようとするも、びくともしない。
「ジゼルと君の関係は昔から知っている。だけど、君が僕以外の男に近づくのは看過できないなぁ」
耳元のすぐ近くで聞こえるアレックの声にピリッとした空気が混ざり、後ろから抱きしめる腕もシャノンを咎めるように強くなった。
「だから、ジゼルは――」
「君は僕の婚約者だ」
反論しようとしたシャノンの言葉をアレックがピシャリと遮る。
「君は僕のものになったんだ。分かる?」
諭すようにゆっくりとした口調だけれど、ゾクリとするような威圧感が混ざる。
アレックの顔は見えないけれど、目の前にいるフローラとジゼルの様子を見るに、アレックはとてもマズイ表情をしているんじゃないかと想像できた。
――確かに、私は“マクリール公爵子息の婚約者”になったのだから、たとえ幼馴染であったとしても異性であるジゼルと近しい距離で話すべきではなかったのかもしれない。
天下のアレック・マクリールの婚約者となば、その一挙手一投足が周囲から注目され、ただでさえ何の取り柄もない男爵令嬢の私が婚約者となった事で悪目立ちしており、軽率な行動は世間から誤解を招きかねないし、私を婚約者としたマクリール公爵家の評判にも関わってくるとなれば、アレックが怒るのも無理はない話で、悪いのは私―――。
「……アレック様、ごめんなさい」
そう謝ると自身に回されているアレックの腕が緩んだので、シャノンは体をくるりと反転させアレックに向き直った。
「私が軽率でした。ごめんなさい」
アレックの目を見て謝罪すると、彼は驚いたように一瞬固まった。
「どうしました?」
「――いや……うん」
アレックが口元を手で隠し、少し伏し目がちになる。
「これからは公爵家の婚約者として誤解されないよう言動に気をつけます」
「――そういう意味でイラついた訳じゃないけど、まぁいいか……」
そのアレックの言葉を遮るように勢いよくカフェテラスの扉が開き、一人の男性が駆け込んできた。
「アレック様!ここに居たんですか!探しましたよ!」
薄茶色の髪が乱れ、息も荒々しく苦しそうにしている彼は確か伯爵家三男のトルネオ・オーギュストで、アレックと行動を共にしているのをよく見かける。
彼の疲弊具合から見て、ずいぶんアレックを探し回っていたのだと想像できた。
「学校長がお呼びです!至急、アレック様とお会いしたいそうです。おそらく、婚約の件だとは思いますが……」
「断っておいてくれ」
アレックは少し眉間にシワを寄せながらも即座に断る。
「そ、それは困ります!絶対に連れて来いとの強い要望でしたので!学校長のお嬢様もいらっしゃってて、二人共かなり興奮されているご様子でしたので行かないと面倒な事になるかと……」
その言葉にアレックが実に忌々しげに深い溜息をつく。
「あのタヌキジジイは自分の娘を僕にどうかとしつこかったからな……何度も断ってるのに人間の言葉が理解出来ないみたいだから、行っても仕方ないだろう」
学校長がアレックに娘をあてがおうとしていたとは驚きだけれど、学校長の娘ともなれば公爵家のアレックと釣り合いも取れる由緒正しい高位貴族の家柄のお嬢様で悪い話ではないのに……と、何故か私がもったいなく感じる。
「お言葉ですが、アレック様が出向いて直々にお二人を諌めないと矛先が婚約者であるシャノン様に向かう事になりますよ?いいのですか?アレック様の婚約者になられたとはいえ、男爵令嬢であるシャノン様に対し周囲は容赦ないですよ」
トルネオの言葉に、考えを巡らせるかのようにアレックがシャノンの方を見る。
急に自分の話になり驚いたけれど、私を排除してしまえば婚約者の座は空くのだから、まあ単純な話ではあるなとシャノンは思った。
けれど、さっきのような御令嬢達だけでなく、学校長のような権力者からも敵視される羽目になるかと思うと些か不安になる。
そんなシャノンの心の内を感じ取ったのか、アレックは「大丈夫だから」と優しく笑う。
十年間、視線も合わなかったこの美しい男の笑顔は未だに見慣れない。
本当に私を見ているのかとシャノンは疑わしい気持ちになってしまう。
「始末してくるよ」
アレックは目の奥が笑っていない笑顔で殺し屋のようなセリフを吐き、トルネオに目配せをする。
今から学校長達に会いに行く事にしたようだ。
そういや昔のアレックは冷酷で容赦ない性格だったなと思い出す。
遊び人になって性格が丸くなった気がしたけれど、根底は変わってなさそうだなとシャノンは思った。
「シャノン、次の授業には出るの?」
「え?ああ、そうですね。次の授業からは出席するつもりです」
さすがにもう一時限サボるのは気が引けるし、これ以上フローラ達を付き合わせるのも申し訳ない。
「そう、じゃあもうすぐ授業が終わるし教室まで送って行くよ。校長室と同じ方向だし」
「えっ!それは遠慮します」
アレックと一緒に並んで校舎内を歩いたりして、これ以上いらぬ敵を増やしたくないので即座にお断りする。
「秒で断るなぁ」
アレックが笑う後ろでトルネオが驚いたような表情をしている。
「ふーん、じゃあ、学校長との話が終わったら教室に君に会いに行くよ」
「えっっ!?それもちょっと……」
わざわざ私に会いに教室に来られたりなんてしたら、それこそクラスメイト全員を敵に回してしまうとシャノンはあわてる。
どちらの提案もお断りしたいシャノンにアレックは「どっちがいい?」と有無を言わさぬ笑顔を向けた。
あ、これはどちらか選ばないと許してくれないパターンだなと察知したシャノンは、苦渋の決断で前者を選んだ。




