11.作戦
授業中であるこの時間に連れ立ってこちらに来るのは同じ学年のサボり組かしらと頭をよぎった時に背後から「シャノン・カスタラント」と誰かがシャノンの名を口にしているのが聞こえた。
シャノンが反射的に後ろを振り返ると少し離れた場所から三人の女子がこちらの方を見ながら何やらクスクス会話をしている。
見覚えのある彼女達は確か同じ学年の高位貴族令嬢達だと思った。
その真ん中にいる縦巻きブロンドの令嬢がシャノンと目が合うなりプッと吹き出した。
「いやだわ、全然たいしたことない」
「本当にあの方なの?」
「何かの間違いじゃなくて?」
他の二人も続け様に私に聞こえる音量で明らかシャノンを嘲笑している。
その事にフローラとジゼルも気が付いたみたいで、令嬢達を訝しげに見つめる。
「あの人達、喧嘩売りにきてるよね」
「そうだろうな」
「私に、みたいね」
シャノンは想定していた事態がやっぱりやってきたかと、ふうっとため息をついて立ち上がり「ちょっと行ってくるね」と二人に告げた。
「え?シャノン?」
心配そうなフローラに「大丈夫だから」とシャノンは笑顔で答えた。
あのアレック・マクリールを射止めた婚約者が私みたいな冴えない男爵令嬢だなんて、そりゃあ納得いかないだろうし文句の一つや二つ言いたくなる気持ちも分かる。
自分が望んだ婚約ならば、彼女達に負けるまいと毅然とした態度をとるべきところだけれど……今の自分にとって彼女達は敵ではないとシャノンは思った。
「私に何かご用ですか?」
三人に歩み寄り、話しかけると縦巻きブロンドはシャノンの姿を上から下に一瞥すると侮蔑の表情を浮かべた。
「貴女、恥ずかしくないの!?その程度でアレック様の隣に立てるとでも思っているの?」と、さも腹ただしいと言わんばかりに言い放つ。
清々しい程の嫌味を言う彼女は確か伯爵令嬢のフレアナでアレックの取り巻きと言ってもいいほど、アレックの近くにいるのをよく見かる令嬢だ。
「そうよ、貴女ごときの男爵令嬢がアレック様の婚約者だなんて不釣り合いにも程があるわ」
「身分不相応だって分からないのかしら」
他の二人もご立腹の様子でフレアナに続けとシャノンを非難する。
本来なら傷つく言葉なのかもしれないけれど、今のシャノンにそんな効果はない。
うんうん、ごもっともです。と心のなかで激しく同意する。
「そう言われましても、ダメ元でお願いしたらオッケー出ちゃって、私もびっくりしているんです」
そう答えると「ええっ!!?」とフレアナがかなり驚いた様子で目を見開く。
「何なのそれは……ダメ元でって、どういう事なの?」
「多分、タイミングが良かったのかもしれませんね」
「タイミング!?」
三人が同事に食い気味で前のめりになる。
「ええ。だってほら、あんなに奔放な方ですから誰でも良かったのだと思います。ただご自分が身を固めようと気が向いた時にたまたま話があったのが私だったのかな、と」
嘘だけれど、あながち嘘ではないと思われる理由をシャノンは適当に伝える。
「じゃなければ、私みたいな冴えない男爵令嬢がアレック様の婚約者になるなんて考えられないですもんね」
うふふ、と笑ってみせると三人の令嬢は驚きと困惑が混ざった表情を見せる。
「――た、確かに……でもそんな理由で…?」
「だって、他に考えられます? あ、もしかして、アレック様は私の事が好きだったのかしら」
そう言うと「そんな訳無いでしょう!!貴女程度の人がアレック様を射止めるなんてあり得ないわ。口を慎みなさい!」とフレアナ達に激高突っ込みされてしまった。
一応そのあり得ない理由で婚約を申し込まれたなんて口が裂けても言えない。
「……なら、タイミングが合えば私達でもアレック様と婚約出来ていたって事なの?」
フレアナの横の二人がおずおずと私に問いかける。
「きっと、そうだと思いますよ」
さも当然かのように答えると三人は興奮気味に顔を見合わせた。
ツッコミどころ満載の無理がある話だけれど、この人達なら都合よく信じてくれるだろう。
案の定、三人は目を輝かせながら「そういう事だったのね」「どうりで……」とお互い納得し合っている。
「なら話は早いわ。貴女、婚約者の座を降りなさい。冴えない男爵令嬢の貴女ではアレック様に相応しくないし、荷が重いだけでしょう」
「そうよ。アレック様の隣にいても笑い者になるだけよ」
「アレック様には私達のような高位貴族令嬢が相応しいのよ」
好き勝手言ってくれるわ、と呆れながらも内心ニヤリとしながらシャノンは悲しげな表情を作る。
「確かに…おっしゃられる通りかもしれませんね」
気弱になった感じを装うと、彼女達はもう一押しと言わんばかりに更に煽りだす。
「かもじゃなくて、誰がどう見てもそうなの。私達は善意で貴女のために言ってあげているのだから有り難く受け止めて、すぐさま行動に移しなさい!」
フレアナが鼻息も荒く言い切ると他の二人もうんうんと激しく同意している。
「……でも、男爵令嬢の私ごときから公爵様との婚約解消をお願いするなんて、恐れ多くてとてもじゃないですけど出来ません。私が言い出したとなれば身の程知らずだと貴族社会から批判が集まり、カスタラント男爵家が爪弾きに合いかねないと思うので す。きちんと教育を受けて来た貴族令嬢の皆様でしたら私が懸念している事がお分かりですよね?」
簡単に婚約者の座を降りろと迫る彼女達に、そうは出来ない現状を訴えかけると「そ、それは…確かにそうかもしれないけれど……」とさっきまでの勢いは何処へやら、三人は顔を見合わせて言い淀んだ。
彼女達も貴族令嬢なのだから貴族社会のルールは理解しているもよう。
「私からはどうすることもできませんが……でもアレック様の事だから、そのうち婚約解消を望まれるかもしれませんね」
「アレック様が?」
「ええ、私は気まぐれで選ばれただけですし…アレック様も私の様な者より、皆様方の様な洗練された高位貴族令嬢の方が婚約者に相応しいと気が付かれるんじゃないかと……そう思いません?」
そう問いかけると「確かに!アレック様は聡いお方ですもの!」「きっとそうなさるわ」「ええ!」と三人共が嬉しそうに話をすんなりと受け入れたのを見てシャノンはほくそ笑んだ。
「なので、皆様方は私に何だかんだ言うより、一刻も早くアレック様の目を覚ます為に、皆様方の魅力をアピールする方が効率的だと思いますよ」
ニッコリ笑ってそう言うと三人共がハッとしたように目を合わせお互いの顔色を窺いはじめた。
どうやら、彼女達はお互いがまだライバルなのだと気がついたのだろう。
シャノンに言われた事を一刻も早く行動に移さねばと焦り始めているようだった。
「あ、貴女の言い分は分かったわ。いずれ婚約解消される身なのだから出しゃばらず大人しくしておきなさいよ!」
「なさいよ!」
「なさいよ!」
そう言い捨てて三人はいそいそとカフェテラスを出て行った。
シャノンは恐ろしく単純な方達で愛おしさすら湧いてきたわと微笑ましく見送り、任せたわよ、思う存分に頑張って!と応援の念を送った。




