1 婚約の申込
毎週金曜日の20時に投稿します
卒業まであと三ヶ月となったある日、シャノン・カスタラントは自分に婚約の申し込みがあったと兄のクリスから伝えられた。
心当たりのある親しい男性なんていなかったので、一体誰が?と驚いたけれど、クリスから相手の名前を聞かされ、思わず喉の奥からヒュッと変な音が出た。
シャノンに婚約を申し込んだのはアレック・マクリール。
シャノンと同じ十八歳でマクリール公爵家の一人息子だ。
「……お兄様、何かの間違いでは?」
「いや、間違いではない。本人たっての希望でお前に婚約を申し込んできた」
「はあ?」
「シャノン。貴族令嬢がそんな声を出してはいけない」
クリスが嗜めるけれど、小言なんてシャノンの耳に入らない。そんな事より全く意味の分からない事が自分の身に起こっているのだから。
「……ありえないわ。本人たっての希望?そんなのありえない。だって、アレックは……」
動揺が隠せないシャノンは無意識に独り言を呟く。
「アレック様本人が直々にやって来たよ」
「嘘!」
「嘘じゃないさ。そんなに驚く事かい?アレック様とは幼い頃交流があり仲が良かったじゃないか」
「はあ?仲が良かった事なんて一度もありませんど!?」
シャノンは食い気味に否定する。
「そんな事はない。母が生きていた頃、幼馴染のお前達は毎日のように会って遊んでいたじゃないか。それは仲睦まじく、微笑ましかった――」
「――お兄様!」
二人の幼少期を語るクリスをそれ以上は聞きたくないと言わんばかりにシャノンは制止する。
「そんな大昔の話覚えてないし、思い出したくありません。その申し出は断って下さい」
シャノンの拒否反応はクリスにとっては予想外だったのか、驚き戸惑った表情をみせた。
「――何故だ?アレック様と何かあったのか?」
「いいえ、何も」
「喧嘩をしているのか?」
「喧嘩なんてしていません」
「他に好きな人がいるのか?」
「いません」
ことごとく否定する割には正解を言おうとせず、分かりやすく不機嫌になった妹にどうしたものかとクリスは考え込む。
アレック・マクリールは一言で言うなら“ハイスペックイケメン”だ。
透明感のある端正な顔立ちに美しい銀髪で女性からの人気が抜群に高いと聞く。
スラリとした細身の体格ながら剣の腕はかなりのものらしく、凄腕の選ばれたエリートだけが入隊できるという第一騎士団から熱心な勧誘を受け卒業後は入隊が決まっているらしい
次期公爵家当主てある彼がシャノンに婚約を申し込んできた時は正直驚いた。
母親譲りのライムグリーンの髪と父親譲りの薄いグレーの大きな瞳を持つシャノンは色白で素材は悪くないと思うが、着飾る事にあまり興味がないようで贔屓目に見ても彼と釣り合う美女だとは言いにくいからだ。
「……まあ、理由を言いたくないなら仕方ないが、こんなに良い縁談がお前に来るなんて奇跡としか言いようがないと思うんだ」
「ぐっ……」
確かに貧乏男爵家でとびきりの美人でもない自分にくるような縁談ではないのは分かっている。
けれども、アレック・マクリールだけは嫌なのだ。
「なので即座に快諾して婚約を結んでおいたから」
ニコリと満面の笑みで発した兄の言葉にシャノンは耳を疑った。
「――え?今なんて?」
「ん?」
「快諾?婚約を結んでおいた……?」
「ああ。相手の気が変わらない内にと思ってな」
ニコニコと嬉しそうに話すクリスにシャノンは目を疑った。
「―――っ!ない!ないない!ないわ!!」
シャノンは激しく首を振りながら猛抗議する。
「普通本人の意志確認しますよね!?こういう人から婚約申し込みあったんだけど、どうする?的なワンクッション入りますよね!?そこから家族で話し合ったり、相手の素行を調べたり私の熟考があってからの結果発表でしょ!?私の意見も聞かず勝手に婚約を結ぶなんてあり得ないんですけど!!馬鹿なの!?」
「シャノン、兄に向かって馬鹿は駄目だぞ」
「黙れポンコツ!」
「ポンコツは言い過ぎだぞ」
怒るシャノンにクリスはまあまあとなだめるように肩を叩く。
「だがシャノン意志確認をした所で結局、上位貴族からの婚約の申込みをしがない男爵家が断れるはずがないだろう?」
確かに、特別な理由が無ければ下位貴族が上位貴族からの婚姻の申込みを断るのはあり得ない話だ。
「――そっ、そうかもしれませんが、だからって一言の相談も無しに勝手に決めてしまうなんて酷いです!」
シャノンの訴えを他所にクリスはゆっくりと立ち上がり紅茶を淹れ始めた。
侍女が不足しているカスタラント男爵家では出来る事は自分でするのがモットーである。
「シャノンも飲むかい?」
シャノンを落ち着かせようと紅茶を勧めるも膨れっ面で睨みながら横に首を振る。
「まあまあ、そう言わず。シャノンの好きなマカロンも買っておいたんだ」
そう言ってクリスは手際よく淹れた紅茶と、ソーサーにマカロンを添えてシャノンの前に置いた。
スイーツに目がない妹はこれで少しは機嫌が直るだろうと思ったが、まるで猫のようにこちらを威嚇しながら睨んでいる。
大好物に釣られないとはどうやら、本気で嫌がっているようだ。
「………お兄様、私お願いしましたよね?若くして男爵家を引き継いでくださったお兄様の為、カスタラント男爵家の利益になる婚姻なら前向きに考えます。でも、一つだけ相手に条件をつけさせて下さいって。覚えていますか?」
「はて?何だっただろう?」
わざとらしくとぼけるクリスにシャノンは苛つく。
「私はお父様のように顔がいい遊び人だけは絶対に嫌だと言ったんです!」
――そう。アレック・マクリールはまさにシャノンが絶対にご遠慮したい条件にドンピシャな人物なのだ。




