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1本目

瓦屋根の古風な日本家屋の前で私は息を飲む。薄汚れた白い壁は店主の性格が垣間見える。壁に貼り付けられた木の看板にはアカツキ、と店名だけが彫られていた。本当にこのお店なのだろうか、不安な気持ちを取り払うように深呼吸してから木枠の引き戸を引いた。

からから、乾いた音と共に来客を知らせる鈴がしゃりしゃりと鳴った。店内は薄暗く営業中なのか、そもそも本当にお店なのかも怪しい。

「あの、すみません」

思わず声をかけると、奥から人影がぐらりと現れた。

「おや、気付かなかった。ようこそいらっしゃいませ」

ぼんやりとした火のような明かりの下、その店構えに相応しくない燕尾服を身にまとった丸メガネの似合う男がそういった。

「今日はなんの御用で?鍵開け?合鍵の作成?それとも鍵のお取替えとか?」

そう問う彼に私は慌てて首を振った。

「あの、その……」

「はい」

私は迷った。単なる噂である曖昧なことを口にしていいのか。ただただ困らせるだけではないだろうか。そんなことを思案し、言葉に詰まって上手く話せない私の事を彼は急かすことなく、にっこりと笑って見つめている。

「ここの、鍵屋は……相手の心を開くことが出来るって……」

聞いて、と自信のなさに言葉尻は消えて思わず目線を逸らす。

「はて?なんのお話かさっぱりです」

彼は記号のような営業スマイルを貼り付けたままそういった。まあ所詮、ただのうわさ話だ。分かりきっていた返答に私は急に恥ずかしくなって体を小さく丸める。

「はは、ですよね!すみませんでした! 」

私は羞恥のあまり愛想笑いを浮かべてそう言うと慌てて踵を返した。その瞬間、ポケットから1枚の紙がひらりとこぼれた。

「あ!」

落としたカードは男の足元へ舞い落ちて、私は急いで駆け寄り拾おうと手を伸ばす。しかしその前に大きな手がそのカードを拾った。

【その心、開きます】

そんな怪しい文言が書かれたカードには、アカツキというお店では相手の心を開く鍵を使うことで嘘偽りのない本音が聞ける。地図と店名と共に綴られていた。男は不思議そうな顔でじっとそのカードを見つめてから心情の読み取れない笑顔に戻った。

「なあんだ、もってるじゃありませんか」

「え?」

「ささ、奥へどうぞ」

急な対応に私は気持ちが追いつかない私を、彼は店の奥へと誘う。私は頭の中の整理を付けられないまま、奥へ消えていく彼の後を追った。



店内の奥はちゃぶ台に畳、和柄の座布団と障子というレトロな一室で洋装の彼はとても浮いていた。洋装や外国の文化が取り入れ始められた時代、きっとこんな違和感を人々は感じていたに違いないとぼんやり思う。彼は私に座布団に座るように促し、私が座ったのを確認するとお茶を入れますねと部屋を出ていった。しばらくすると紅茶の良い香りを纏わせた男がお盆にティーカップを二客乗せて現れた。私の前にすっと座ってティーカップを静かに差し出した。

「ご紹介が遅れました。私、店主のアカツキと申します。以後お見知り置きを 」

「は、はあ」

店主である彼は自己紹介と共に礼をして言う。

「白井菊さん、でしたっけ?」

先程とは打って変わった態度の店主に疑念を抱いていると教えていないはずの自身の名を呼ばれ、驚きのあまり立ち上がった。

「なんで、私の名前っ!?」

そう叫ぶと彼はにっこりと笑って校章の入った革製の生徒手帳を私に差し出した。

「先程のご案内カードと一緒に落としていましたので」

渡された手帳を慌てて受け取ってもう一度座り直す。なんの考えもなしに、彼の後を着いてきてしまったがかなり信用ならない人間なのではないかと疑ってしまう。私の疑うような目に気づいたのか彼は目をぱちくりさせたあと、緩く口元に弧を描く。

「いやあ、すみませんね。うちではあのカードを持っている事を確認できた人しかご案内できないんですよ」

先程の素知らぬ振りから一転したのはそのせいだったのか、と紅茶を啜りながら納得する。

「それで、鍵を使いたい御相手は? 」

「私の友人……天竺ぼたんに、」

私がそう口にするとアカツキさんは興味深そうに目を細めて「ほお」と息のような相槌を打つ。

「ぼたんとは小学生からの幼なじみなんです。孤立気味だった私に声をかけてくれて 」

私の話に彼は頷きながら静かに耳を傾けている。

「今通っている高校も頭のいいぼたんと同じ学校にはいるために、頑張って勉強したんです」

私はあの時の喜びを思い出していた。ぼたんを抱きしめて喜びを分かちあったのを覚えている。

「でも、最近は……」

そこまで言って私は思わず目を伏せた。私がここに来ようと思った発端となる出来事を話すのに言葉が詰まる。ちらり、と目の前に座る彼を見るとただ静かに笑んでいて、その優しさが余計に心苦しくさせた。私は深呼吸すると、覚悟を決めてゆっくり口を開いた。

「ひと月前から彼女に避けられているような気がするんです……」

ぽつりぽつり、と私はその出来事を話し始めた。




ある日の朝、いつものように自分の教室に入ると天竺ぼたんを囲むようにして二人のクラスメイトと談笑を楽しんでいた。

「おはよう〜!」

私がその席に近寄って挨拶すると楽しそうな会話がぴた、と止まる。ぼたんは一瞬目を見開くと、気まずそうな愛想笑いで「あぁ……おはよう」とだけ言って私の事など気にも止めず、クラスメイトと先程の話題で盛り上がる。その不自然な対応に一瞬戸惑うが気にせず話しかけた。

「ていうかなんで今日待っててくれなかったの!寂しいじゃん!」

「ごめんね、朝早くから美化委員の仕事があって」

にこりと笑って彼女がそう言ったけど目の奥は冷たく暗い。

「ぼたん……?なんか、」

普段と違うその表情に違和感を覚えその事について問いただそうとした瞬間、始業のチャイムが鳴った。間の悪さを悔やみながら、自分の席に戻って渋々着席した。一限目が終わってすぐに次の時間の用意をしていると、ぼたんが教卓に積められたノートを持って教室を出て行こうとしていたのが視界の端に映って私は慌てて駆け寄る。

「重いでしょ?手伝うよ」

そう声をかけるとぼたんは「平気」と首を横に振る。私はそんなはずはないと彼女の腕からノートを半分取り上げようとしたがするりとかわして教室を出て行ってしまった。私はぼたんが無理していないか心配になって廊下へ出ると、彼女の隣で他のクラスメイトがノートを半分運んでいた。私は他の子が手伝っているなら安心だと胸を撫で下ろすと同時に、初めから私を頼ってくれてもいいのにとちょっとした嫉妬をしながら席に戻った。時間割を確認すると次の授業は移動教室で私はまだ時間に余裕があったが教科書や筆記用具を抱えて理科室へと向かった。ぼたんが理科室にきたのは始業チャイムが鳴るギリギリで、彼女と話す時間もなく授業が始まった。授業終わり私は彼女に話しかけようとしたがぼたんは自ら先生の手伝いを買って出ていて、私が声を掛ける前に教室を出て行ってしまっていた。次の時間は体育だったので更衣室で会うからそこで話せたら、と思っていた。しかし前の時間と同様、ぎりぎりに体育館に来たため声をかけられなかった。今日は運が悪いな、なんて思いながら私は準備体操を始めるのだった。



聞き慣れたチャイムが教室に響いて、私はうーんと伸びをする。午前最後の授業がようやく終わって、私はお弁当を鞄から取り出しぼたんに声をかけた。

「ごめん、今日は隣のクラスの子と食べるから」

ぼたんは控えめな声でそういって弁当箱を持って教室を出て行ってしまった。私は騒がしい教室に一人ぽつんと取り残されてしまって、呆然とする。私も交えてその子と食べるのじゃダメだったのだろうか、と自己中なことを考えて首を振る。彼女だって私以外の子と交友を深めるために私抜きで食べたい時だってある。仕方ないことなんだと自身を無理やり納得させて、その日はいつもとは違う子たちに混ざってお弁当を食べた。

放課後、部室へ向かうとぼたんが顧問の先生と何か話していた。ちょうど話が終わったようで顧問が部室から出ていったので私はぼたんの側に寄る。

「今日なんかぼたんとぜんぜん話せてない気がするよ」

へらっと笑いながらそういうとぼたんは「そうだね」と短く相槌を打った。ぼたんの様子がいつもと違って私は思わず「なんだか変だよ」とそう指摘しようと口を開く。

「ごめん、今日はもう帰んなきゃ」

ぼたんは私が言葉を口にする前にそう言って忙しそうに部室を出て行った。私はその背中に手を振ったがぼたんは手を振り返すことも、挨拶をすることもなく帰っていった。ここまで来てようやく私はもしかしたら避けられているのかも、という考えが頭をよぎった。偶然にしては先ほどの態度はあからさまだった。






「それから、私はぼたんとほとんど会話することがなくなってしまって……」

ちゃぶ台に乗った冷えた紅茶に俯いた私の暗い顔が反射していた。

「もちろん、どうして避けられているのか一度聞きました。でも、」




「ぼたん!待って!」

足早に前を歩くぼたんの後を追いかけ、ねえと言う三度目の声かけでようやく足が止まった。

「何?」

冷たく私に聞く彼女に屈せず私はどうして避けているのかと問うた。そうするとぼたんはやれやれという風にため息を吐く。

「避けてない。話はそれだけ?」

呆れたような目で急いでいるからとその場を立ち去ろうとするぼたんの腕をその言い分に納得できない私はグイッと掴む。

「いたっ!」

その瞬間ぼたんは私の手を払い除け掴まれた腕を、反対の手で苦痛に満ちた顔で抑えていた。私は痛がっている彼女の反応に強く掴みすぎたと反省し謝る。

「強く掴みすぎた!怪我してない?」

心配になってその腕を今度は優しく引いて、ぼたんのカーディガンの袖を捲り上げる。そこには白い肌にあおいあざがいくつも浮かんでいて私は目を見開く。そのことについて聞こうと顔を上げた瞬間、ぼたんはぱちんと私の手を振り解いて「何でもないから」と慌てて走り去っていた。私は遠のいていく彼女の背中を呆然と見つめていた。脳裏にはいじめと言う言葉がうかびあがっていた。





そこまで振り返ってふと、あることを思い出し口にした。

「そういえば、彼女が私を避け始めた時期と躑躅さんと言い争ってた時期と同じかも……」

ぼそりと言ったその言葉にアカツキさんは直ぐに反応する。

「その躑躅さんというのは?」

「最近転入してきた子です。少し冷たい印象があって……」

躑躅エリカの第一印象は、美人の一言に尽きた。きっとみんなそう思っていただろう。ぼたんも顔立ちが整った学年1の美人であったが、彼女もまたかなりの美人だった。色素の薄い瞳とまつ毛、白い肌に艶やかなのブロンドの髪が映えていた。どうやらハーフらしいなんて噂を筆頭に教室では彼女の話題で持ち切りだった。転入生というだけでも目立っているのに、黒髪に浮くブロンドの髪にその整った日本離れした顔立ちは一等目立つ。そんな彼女に好奇心で話しかけるものも初めは多かったが人を寄せつけず、冷たい態度の彼女は数日で徐々に孤立して行った。そんな躑躅さんをぼたんだけはずっと気にかけていた。けれど、

「あんたしつこいのよ!」

その日、廊下を歩いていると躑躅さんのヒステリックな声が響いて私は目を疑った。躑躅さんが睨んでいる先には、ぼたんが立っている。

「ごめんなさい、私、そんなにつもりなくて……」

そう弱々しく謝り、相手の手を取るぼたんとは裏腹に躑躅さんは怖い顔をしたままで表情を変えない。

「白々しいのよ、もう私にかかわらないで」

そう言ってぼたんの手を強い力で振り払う。ぼたんは悲しみに顔を歪めて何も言わずそのまま走り去ってしまった。私は親友に酷い態度取る躑躅さんをきっ、と睨みつけてから彼女の後を追いかけた。

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