11話 来訪者
都内某所、とある施設の一室で2人の男女が仕事をしている。
部屋の中には、所狭しとモニターや様々な電子機器が並べられており、そのモニターには、数値やグラフが表示され、リアルタイムで変動している様子が見て取れる。
数値やグラフが何を表しているのかは分からないが、何かを観測している、そう言った場所のようだ。
この2人は前々からこの仕事に従事しているのだろう。黙々とそれらのデータを確認しながら、必要なデータを抜粋し流れるように淡々と作業を行っていた。
一つの機材から突然、アラートが鳴り響く。スマーフォンの地震速報で流れるような聞いただけで緊急事態を想像させる警告音。
先ほどまで、落ち着いた感じで日常業務を行っていたのであろう男女に、緊張が走る。一瞬の緊張の後、男の方が指示を出した。
「柊くん、振動発生源の座標確認と、同座標の過去データ照合を頼む。」
柊と呼ばれた女性は、言われるとすぐに作業に取り掛かかった。
「室長、こんな短時間に2回もなんて………ってこれって、、、そんな、、」
作業開始早々に柊の手が止まる。
「柊君?確かに連続での発生は珍しいが、、どうかしたのかい。」
室長と呼ばれた男性は、柊の手が止まった事を不審に思いそう声を掛ける。
「この座標……先ほどの座標とほぼ同座標です。」
どうやら、何かを感知したのは続けて2回目の様で、更にその場所が同じ事に驚いている様子だった。
「それは……間違いないのかい。」
「はい。間違いなく先ほどの座標と同じ場所です。」
「………その場所での過去の消失履歴は1件だけだったね。」
「データ上はそのはずです……室長、これってまさか、、」
「ああ、どちらかの反応が来訪者の可能性があるね。僕は局次長に報告するから、柊君は引き続きデータの解析をお願い。」
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先ほどまで梨沙と戦闘を行なっていた、謎のコート女は現在の状況を把握しようと頭を回転させていた。
先ほどの魔方陣は召喚系の物だった。ならばこいつは宮城梨沙と同じ、帰還者なのか。だが、監視警戒室の情報では、この座標で帰還の可能性があるのは、宮城梨沙だけだったはず。
やつらの一員か、、いや、やつらの中に召喚系の能力者がいると言う情報はない。
ならば、もっとも可能性の高いのは、、、来訪者、、か。
面倒な事だ。帰還者であれば有れば、ある程度話しは通じるし、目的もこの世界に帰って来る事その物、と言う場合が殆どだからすぐに脅威となる事は少ない。
しかし、来訪者となれば話しは変わる。異世界からわざわざ別の世界に来るのだから、何かしらの目的を伴ってやって来ているだろう。地球に住む通常の人間は、異世界の人間と比べれば遥かに脆弱な存在だ。それを知った異世界人が、この世界を支配しようと考えても不思議は無い。
すぐに排除対象とまではしないが、警戒度は宮城梨沙より遥かに高くなる。
コートの女は状況の把握をしながら、今しがた現れた男に声を掛ける。
「おまえは何者だ。」
声を掛けられた男の返事は無い。男の視線は床に倒れこむ宮城 梨沙に注がれていた。
「女、さん、ちゃんと、梨・・送って・くれたん・」
男は独り言を言っている様だが、距離があるせいか上手く聞き取れない。
「ヒ、インのピンチ、、惚れ、、フラグ、、」
男は、独り言を言い終わると、梨沙とコートの女の間に進み出てこちらを観察するように見てくる
「梨沙さんをこんな風にしたのはあなたですか。」
この男は宮城 梨沙を知っている。異世界での関係者が宮城 梨沙を追ってこちらにやって来たと言う事なのか。
「こちらの質問には答えずに質問だけしてくるか。まあいい。私がやったのだとしたらどうする?」
男は少し考えるようなそぶりを見せてから答える。
「あ、僕は破壊神。それより、あなたがやったのだとしたら、あなたと戦う事になるのかな。」
破壊神は、あっけらかんとした表情でそう言った。
「破壊神?……本当に神なのか、神を語る愚者なのか、どちらにせよ拘束して連行する。」
「僕は、この世界の人間基準では最強クラス。戦うのはお勧めしない っぶべら!!!」
破壊神が何か言っているがお構い無しに、コートの女は先制攻撃をしかけた。破壊神は、避けるでも防ぐでもなく突進からの峰打ちを食らい、吹き飛ぶ。
「反撃の素振りすらなかった、、、油断を誘う為の演技か何かか。」
コートの女はあまりにあっけなく攻撃が通った事に若干困惑してしまう。
破壊神は、峰打ちを食らった左顎の辺りをさすりながら立ち上がる。
「痛みって言うのはこういう感じなんだ。あんまり味わいたくはない感覚だなー。」
破壊神の擬似人体は、人間に近づけるため痛覚などの感覚も人間のそれと同レベルに設定されている。
「それにしても、下僕さんが、この世界では最強クラスって言ってたのにおかしいな。あの人の動き早すぎて反応出来なかったよ」
普通に立ち上がるか。
コートの女は考える。先ほどの一撃は一発で意識を刈り取る為に、顎を狙った。そして完全に入ったのも間違いない。現に相手は受身すら取れずに吹き飛んだのだ。しかし、何事も無かったかの様に立ち上がった。攻撃系の能力では無く、防御系の能力か。
「今の攻撃に反応出来ない程度では戦いにもならない。大人しく拘束された方が身の為だぞ。」
「うーん。確かに今のままじゃ太刀打ち出来そうにないしなぁ。もっといざって時にしたかったけど能力を使うかな。」
能力の使用か。先ほどは防御系かと思ったが他にも何かあるのか。コートの女は相手を見据え、どんな攻撃にも対応出来る様、意識を集中していく。
「『魔眼』発動。」
破壊神がそう言うと、男の右目の周りにタトゥーの様な模様が浮かび上がる。また、瞳の色が茶色から金色へと変化する。
因みに、これらの変化は下僕が設定した物だが、特別な意味は無くただカッコいいからという理由で備え付けられた物である。
男の浪漫である。
見た目の変化が現れた後、男の脳内に直接、機械的な音声が流れ込んできた。
[ 魔眼システム初回起動確認 ]
[ 視力強化実行 ]
[ 完了 ]
[ 視野角強化実行 ]
[ 完了 ]
[ 周辺環境データ更新及び魔眼への最適化実行 ]
[ 完了 ]
[ 魔眼基本機能の正常な起動を確認 ]
[ 続けて擬似AIの起動を実行します ]
[ 正常起動確認 以後、システムサポートは擬似AIに移行されます ]
機械的な音声が流れた後、聞いた事のある声が聞こえてきた。眠そうな、いや、むしろ殆ど寝ながら喋っていた女神メーティスの声だ。
[ 魔眼起動した。いつでも使える。]
「えっと、確か女神メーティスさんでしたっけ。」
[ 違う。私はメーティスなんかではない。 ]
「あ、メーティスさんのデータで作ったとは言え、擬似AIだから本人とは別物なのかな。]
[ 擬似AIでもない。私は魔眼の力に取り込まれた以前の持ち主、、、と言う設定。 ]
「以前の持ち主、なら以前の名前は何て名前なの?」
[ …名前は設定されていない。主が決める。 ]
「これは名前を決めるとパワーアップする的なやつなのかな。うーん、元がメーティスさんだから、メーテ、、ティス、、ティ、ティ、ティ、、、、、、ティセ。うん、呼びやすいしティセにしよう。」
[ ティセ、、、悪くない。それでいい。 ]
名前を決めても特に何か起こる事はなかった。下僕さん、そこは何か仕込んどかないと。
[ 主、魔眼使用対象者は正面の人間でいいか。 ]
「うん。今のままだとちょっと勝てそうにないからね。お願いするよ。」
そう言うと、魔眼が発動した瞳でコートの女を見つめる。コートの女は警戒しながらいつでも動けるように刀を構え様子を伺っていた。
[ 対象者確認、解析を開始。 ]
[ 対象者の外観データ登録。距離、大気濃度による誤差自動修正。 ]
[ 衣服の形状、素材の解析開始。完了。 ]
[ 露出部の体型から全身データシュミレート開始。衣服の誤差分補正完了。 ]
[ 顔の露出面積30%以下の為、適合率への反映は一部保留。 ]
[ 魔眼による対象分析完了。 ]
「色々分析してくれるんだね。これで弱点とかが分かったりするのかな。」
[ え? ]
「ん?」
[ ……分析結果報告。対象の細胞状態から年齢は10代後半と推定。 ]
「すごいね。そんな事わかるんだ。」
[ ………体型データ。身長は165㎝、体重は約51㌔と推定。スリーサイズはB85W58H83。」 )
[ 体脂肪率は低く、筋肉量が多い引き締まった肉体。 ]
「…………」
[ 以上のデータから破壊神ハーレム要員適合率75%。ただし、容姿データに一部欠如が有る為、暫定評価となります。 ]
「…………………」
[ ………………… ]
「相手の弱点とか、能力の分析とかは?」
[ ………設定に無い…… ]
「無いんだ…」
[ 無い ]
様子を伺っていたコートの女は、相手の能力と思われる瞳に注意を払っていた。
力を持った瞳。魔眼というやつだろう。異世界では瞳で能力を発動するケースは珍しくは無い。能力は相手を誘惑や洗脳すると言った干渉型の物が多い傾向だが、見ただけで相手を死に至らしめるような、物理的な物も無いとは言えない。
今の所、相手の瞳を見ても精神にも身体にも変化は見られない。ただ、何故だろう。まるで自身の全てを見透かされているような、見られてはいけない部分まで見られているような、そんな気持ちの悪い感覚が押し寄せてくる。
相手は能力を発動したが、攻撃を仕掛けて来る素振りは見せていない。時間経過で効果を発揮する能力の可能性もある。こちらから仕掛けるか。
コートの女が地面を蹴り一瞬で、攻撃が届く範囲に迫る。
「ティセっ!!」
[ 仕方ない。本来の使用目的ではないけど主の為。その場でかがんで ]
破壊神はその言葉に従い、その場でしゃがみ込む。しゃがんだ瞬間、頭すれすれの所をコートの女の刀が通り過ぎる。
避けただと!?
コートの女は内心驚いていた。だが、手を休めずに連続で攻撃を繰り出して行く。
[ 2歩後退、右側に飛ぶ、左正面に走る、その場でジャンプ、着地と同時に右側に前転、、、、、、
ティセの指示通りに動き続ける男。その指示は全てが的確で相手の連続攻撃を完全に回避している。しかし、避けているだけではどうにもならない。
「ティセ、反撃出来るタイミングはないかな。」
[ 左に半歩、1歩後退、かがんだ後、上方に打撃 ]
指示通り、かがんだ直後に上方向に掌打を放つ。相手は横凪の一撃を繰り出しかわされた直後で、顎がちょうど掌打の直線上に来ている。そのまま行けばカウンターで攻撃が通るかと思われたが、相手は横凪に振るった刀をそのまま後方まで振り抜き、この遠心力を利用して無理やり上体を仰け反らせ攻撃をかわし、バックステップで一旦距離を空けた。
「今のは惜しかったなぁ。」
攻撃は通らなかったが、コート女のフードを掠めていたらしい。フードが背中側にめくれてコート女の顔が露になっていた。
[ 容姿データ収集。欠如データの保管が完了した為、再評価を実行 ]
[ 破壊神ハーレム要員適合率93% 勧誘を推奨 ]
「確かにきれいな人だけど、今は無理そうかな。」
コートの女は再び距離を詰めて攻撃を開始した。破壊神は回避しつつ反撃をしているが、それらは全て回避されており、お互いに決めてを欠いた状態が続いている。
「んん。」
破壊神とコート女が戦闘している間、意識を失っていた梨沙が意識を取り戻した。先ほどまでの事を思い出し、どこかに連れて行かれたのかと思ったが、ここはまだ先ほどまで居た校舎のままのようだ。
コートの女の姿もある。刀を持ち戦闘を継続している様だが、戦う相手が自分ではなく別の誰かに変わっていた。戦っている相手は見た感じ15、6歳前後の男の人。異世界でも、元の世界でも知り合いにこのような人物に心当たりは無かった。
誰だろう。そう思いながらもその男の動きを見る。身体能力はそこまで高くは感じないが、まるで相手の攻撃を予知しているかの様に、攻撃を最小の動きで回避している。また、回避しながらも相手のほんの僅かな隙に反撃を行なっていた。
しかし、相手のコート女の反応速度も恐ろしい程早く、反撃は全て回避されている。現状はお互いに有効打の無い状態が続いているようだ。
でも、このままだとあの男の人は負ける。梨沙は自分とコート女の戦いを思い出し、そう結論を出した。岩の塊を自在に操る能力、これを使用されたら攻撃を回避し続ける事は無理だろう。
ここで自分が、男の加勢に入れば結果は変わるかも知れない。敵の敵は味方なんて言う言葉もある。だけど、今この場に居る人間は自分も含めて、普通の人間なはずが無い。
梨沙は、男に加勢すべきか静観するべきか決めかねていた。