09話 逆異世界召喚
女神の神殿には一仕事を終え、その場で思い思いにへたり込む5人の女神の姿があった。
「まじでやばかったなー、こんなに疲れたのは久々だよ。」
その場に胡坐をかいて座るヘレネが言った。他の女神もうんうんと同意しながら息を整えている。
少しの休憩の後、女神ミネルヴァが神核を手に取り、次の作業に取り掛かった。
「次は、この神核を、器に入れて定着させます。」
そう言うと、手に持っていた神核を器である擬似人体に近づける。すると、神核は人間で言う所の脳がある部分。頭の中に吸い込まれるように入って行く。
「おおー、成功っすか?」
「大丈夫そうですね。しばらくは、神核が脳と同等の役割を行えるよう、擬似人体の情報伝達系の組織が最適化を行っているので、動けるようになるまで様子見ですね。」
擬似人体への神核定着は、それほど難しい事ではないので安心していたミネルヴァであった。
ガクンッ
突如、擬似人体が強力な電気ショックを受けでもしたかのように跳ね上がる。それも一度で終わりでは無く、続けて何回も続けて跳ね上がる。
どう見ても異常な光景。突然の事に女神達にも緊張が走った。
「拒絶反応かよ。これやばいんじゃないのか。」
「ヒヒイロカネはどんな性質にも適合出来る物質なんですのよ。拒絶反応なんて起こるはずがありませんわ。」
「そんな事言ってもよー、どう見ても大丈夫そうじゃねーけど。」
ヘレネと、ユピテルが言い合っている間にも、反応は次第に強くなっていく。それどころか、擬似人体を構成しているヒヒイロカネが、構造を維持出来なくなってきているのか、身体のところどころが膨れ上がり今にも破裂しそうな状態となっている。
「これは、破壊神様の神の特性による破壊、、まさか、封印で完全に抑えているはずなのに、」
「ミネルヴァ先輩、どうするっすか?」
「上手く行くか分かりませんが、擬似人体に加護を与えましょう。」
「女神の加護っすか、そんの物でなんとかなるっすかね。」
本来の神核封印は、神の特性だけでなくその物の意識、感情や感覚も含めた、存在全て封印する物だが、今回は少し違った。
破壊神が自分の意志で、器となる擬似人体を操作出来る様、意識の部分は封じずにおいたのだ。多分、意識、感情と言った目に見えない部分にまで破壊の特性は存在しているのであろう。
それでも、封印前と比べればこの影響はかなり弱くなっている、これなら擬似人体に加護を与えればなんとかなるかもしれない。
「1人分では難しいかもしれません。全員分の加護を与えましょう。」
ミネルヴァそう言うと、他の女神も破壊神に加護を与える為、手を伸ばし祈りを始める。
「ちょっと、メーティス先輩寝てないで起きて下さいっす。早くしないとやばそうなんすよ。」
「zzz ん、加護、与える。zzz」
5人の女神の加護を受けた擬似人体は、動きを弱め膨張していた箇所も元に戻って行った。
すると、先ほどまでガラス玉の様だった目に光がともり、肌も血色の良い状態となる。マネキン人形のような状態だった擬似人体が一気に人間味をおび、人と同じように身体を動かし始めた。
その様子から、加護を与えた事により破壊を防げた事が分かり女神達は安堵する。
「なんとか定着も済んだようですね。破壊神様、新しい身体はどうですか。」
破壊神は、自身の手を顔の前に持っていき、指を動かす。自身の意志で動いている身体の感触を確かめるように。
「うん。女神さん、特に問題はなさそうだよ。」
「中身、間違ってないっすかこれ?」
アリアがそう思うのも無理は無い。喋り方が先ほどまでの破壊神とはまったく違っていたからだ。
「ふふふ。そこに関しては私が説明致しましょう。」
やたらとドヤ顔の下僕が、皆の前に躍り出て話始める。
「まずは、見た目についてなのですが、これはすでに見てもらっているので皆さん理解しているとは思いますが、どのジャンルのギャップをチョイスしようか非常に悩みました。」
「悩んだ末に、どこか中性的で、カッコいいというより可愛い寄り。しかしいざというときに見せる漢の表情はイケメンと言う、ヤンキー系漫画などではよくあるギャップを採用しました。さて、見た目がこれとなると少々問題が発生します。」
下僕の語りに熱が入り始める。
「破壊神様の普段の喋り方が、見た目と合わないと言う問題です。まあそれはそれで需要がありそうにも思えましたが、それはさて置き、ヒヒイロカネでの身体機能の再現は、非常に自由度が高く様々な調整が可能だったことが幸いしました。これを利用し、破壊神様が話す際の言語に自動調整を行い、破壊神様が喋ろうとする内容を自動的に、見た目のイメージに沿う喋り方で発音するように調整してあります。」
「お、おう。」
ヘレネは、反応に困りながら相槌を打つ。
「流石は下僕さんですね。今の僕なら、異世界でも違和感なく馴染めるという事なんですね。」
この見た目に、この喋り方。元が破壊神だとは思いもしないであろう。
「勿論です、破壊神様。それに身体機能の面でも基本的にはヒヒイロカネの力に制限を掛けているので、特殊部隊のエリート並の戦闘能力に、トップアスリート並の身体能力と、常識の範囲内で最高のポテンシャルとなっています。」
「また、食欲、性欲、睡眠欲、所謂人間の持つ3大欲求も再現されていますので、意識せずとも人間と同じ生活が出来るでしょう。ただ、実際には食事や睡眠を取らないと死ぬなんて事はないので、あくまで疑似再現ではありますが。」
説明が一通り終わった所で、下僕が不敵な笑みを浮かべながら破壊神の傍に寄って行く。
「破壊神様、実はここからが本題なのです。破壊神様の身体に付与した能力について説明致しましょう。」
「まずは、『継承されし魔眼』。」
「『継承されし魔眼』 うん。いい響きだね。」
当たり前の様に語られる厨二能力、、実際にそう言った能力があるわけでは無い。だがヒヒイロカネの特性を利用すれば、身体能力や、性質を変化させ人知を超えた力を発揮出来るのも事実で、下僕はそれらの能力を任意に使用出来る様に調整し、それっぽいネーミングを付けていた。
「……継承されしって、何から継承されたっすか?」
アリアの軽い突っ込みが入るが、2人は聞こえているはずなのにスルーしている。そう言う設定なんだからそういうものなの、そこを突っ込むのはナンセンス。
「『継承されし魔眼』は、視力の超強化、強化した視界で得られる情報の処理速度アップが主な能力です。更に使用者の負担を軽減する為、これらの情報処理は本人ではなく、魔眼に取り込まれてしまった魔眼の以前の持ち主(と言う設定の)擬似人格が自動処理し、破壊神様に必要な情報だけを脳内で直接確認出来る使用となっています。」
魔眼に脳内システムアナウンス。ライトノベルでは割とありがちな厨二設定である。
「今回、擬似人格となるAIを一から作成している時間がなかったので、女神メーティスの協力の元、彼女の人格をスキャンし調整流用しました。なので擬似人格のCVは女神メーティスとなっています。」
「zzz協力zzzがんばったzzzzzz」
「続いては、『左腕に封じられし双頭蛇』。」
破壊神はその響きを楽しむかのように範唱する。
「アンフィスバエナ。か、これはあれかい、たまに僕にも制御出来なくなって暴れてしまう系のやつなのかな。」
こちらもよくある、う、腕が勝手に、、もう抑え切れないっ、皆オレから離れろぉ!的なあれのようだ。
「いえ、勝手に暴れる調整もやろうと思えば出来たのですが流石にそれは怒られそうだったので、すでに双頭蛇には打ち勝ち完全に力を制御出来ていると言う設定となっています。能力の内容ですが、ヒヒイロカネの性質変換を利用し、左腕に正電荷と負電荷を発生させ、任意の方向に雷を放つ事が出ます。」
「核分裂を連鎖させて核爆発を再現する事も出来そうですが、流石に現実世界での使用はまずいので断念しました。」
「そして、最後にご紹介するのは『神気解放』 こちらは、全身に使用しているヒヒイロカネのリミッターを解除し、人間基準だった身体能力を大幅に上昇させる能力となっています。三段階の解放が可能で、一段階目では、異世界召喚で身体能力の上がった人間をかくる凌駕出来る程度となっています。二段階目と三段階目は、、あえて説明はしないでおきましょう。実際に使う時のお楽しみという事で。」
厨二病。実際には妄想だけの物であり、誰しもが年齢を重ねる内に現実を見て忘れさってしまう過去の遺物、しかし、異世界と言う現実を知ってしまった上に、それを再現出来る術を見つけてしまったとしたら、、誰しもが下僕と同じ行動を取るであろう。 シランケド
「破壊神様、最後にこれをお渡ししておきます。」
そういうと下僕は、日本で使用されている紙幣、お金を破壊神に手渡した。金額は凡そ30万円前後。
下僕が『サーチボックス』を使い、過去に自身が所持した分のお金を取り出したのだ。
ただ、悲しいことに、幼少の頃以外引き籠りだった下僕は、自身で所持した事のあるお金は、お年玉で貰った分程度しかなく、引き籠り以降は、大抵は親のクレジットカードを登録したネット通販で買い物をしてい為、合計してもこの程度の金額にしかならなかった。
紙幣に関するおおよその価値観を説明し渡す。
「下僕さん、ありがとう。そうだ、僕からも下僕さんにプレゼントを上げるよ。って言っても、向こうに行ってから用意するんだけどね。」
「向こうに行ってからとは、どう言う事でしょう。」
「下僕さんの『サーチボックス』は自身が過去に所持した事の有る物を、取り出せるんだよね。」
破壊神は下僕に能力の説明を求める。
「そうです。私自身が所持した事のある物限定ではありますが、たとえ異世界の物であっても取り出す事が出来ますよ。」
「それなら多分いけるかな。女神さん、何でも良いから女神さんの持ち物を一つ貸してくれませんか。」
破壊神にそう言われたミネルヴァは、見に付けていた腕輪を外し破壊神に手渡す。
「ただの装飾品ですので、大した価値の無いものですがこちらをどうぞ。」
破壊神は腕輪を手に取り、何をするでも無くそのまま、女神に返却した。
「ありがとう。もう用は済んだから返すね。」
「いえ、そのままお持ち頂いても結構ですよ。」
「あ、別に貰おうと思って借りた訳じゃないから大丈夫だよ。」
破壊神は笑顔でそう答えると、今度は下僕に話しかける。
「じゃあ、下僕さん、『サーチボックス』で今僕が借りていた女神さんの腕輪を出してみて。」
「え、、破壊神様先ほどの説明を聞いてなかったんですか。私自身が持たないと駄目なんですが、、」
「いいから、いいから。やってみてよ。」
下僕は、破壊神の行動の意図を掴めずにいたが、とりあえず言われた通り『サーチボックス』を発動する。
下僕の目の前には、ゲームのウィンドウの様な物が現れた。ここで、『サーチボックス』に登録されているアイテムを検索する事が出来るのだ。
「えーと、腕輪だから装飾品の項目ですかね、、、ん?あれ?」
ウィンドウを指でスクロールしながら品目を確認していた下僕の指が、驚きと共に止まる。
下僕の視線の先、ウィンドウに表示される登録アイテムの一蘭の中に、【女神の腕輪(装飾用)】と言うアイテムが表示されているのだ。
ここまでの流れからすると、先ほど破壊神が女神から借りた腕輪の可能性が高い。下僕は疑問に思いながらも表示されているそれをタップする。
瞬間、女神が腕に付けているのと全く同じ腕輪が下僕の手の中に現れてた。
「破壊神様、これは一体、、」
理解しがたい状況に戸惑う下僕に、破壊神は満足げな表情で説明する。
「思ったとおり出来て良かった。簡単に説明すると、下僕さんは僕の眷属になったよね。眷属って言うのは、立場を表す呼称だけではなく、存在そのものが主人の一部となっている状態なんだよ。」
「つまり、今の下僕さんは下僕さんでありながら、僕の一部でもあるんだ。だから、僕が所持した物が、下僕さんも所持したと判断されたんだと思うよ。」
成る程。眷属という状態が、主の一部として捉えられるなら、確かに今起きた現象に納得出来るな。と下僕は考える。
「『サーチボックス』の判定に破壊神様の所持した物も含まれるのは理解しましたが、これがプレゼントと言う事なのでしょうか。」
「違うよ。さっき向こうに行ってからだって言ったでしょ。向こうの世界で僕の所持した物を、下僕さんは『サーチボックス』で入手出来る。つまり、下僕さんが異世界に来た後に元の世界で作られた、アニメ、漫画、ゲームの新作や新刊、、」
破壊神が全部を説明しきる前に、下僕は破壊神の言わんとしている事を理解する。そしてプレゼントと言うのが何を指しているのかも。
瞬間
下僕は破壊神の前に跪き、頭を垂れる。その目から流れる涙は留まる事を知らない。
「破壊神様、感謝を、最大級の感謝をあなた様に捧げます。願わくば真っ先に、虎ブルーの新作をっ!」
虎ブルー。人気漫画家の作品で、主人公と大勢のヒロインがちょっとHなトラブルを起こしながら物語が進む、一部男子に熱烈なファンを持った人気作品である。
「大丈夫。下僕さんの好きなジャンルは分かっているからね。」
その後は、地球という世界についての簡単な説明がなされる。
数ある世界の中では、珍しく、魔法やスキルといった能力が存在しない反面、機械を始めとする科学力が非常に高度な世界となっている。
また、高度な知能を持った生物も人間しかいないので、種族間での争いは存在しないが、人間内での国家間の争いや、宗教、思想の違いによる争いは存在している。
争いには、兵器と呼ばれる科学により作られた武器が使用され、強力な物であれば異世界に存在する、広域殲滅魔法に匹敵する威力をもつものも有る。
そんな世界だが、日本と呼ばれる国は基本的に戦争等は行わない国で、治安も世界でトップレベルに良い。あったとしても個人の犯罪、個人間でのいざこざや、少数存在する反社会勢力同士の抗争程度である。
「後は、日本での生活をして行く為の説明なのですが、、」
下僕が、更に細かい説明をしようとしたが、それは破壊神により遮られてしまった。
「下僕さん、説明はそこまでで。折角の異世界召喚なのに全部分かってていくんじゃ、つまらないでしょ。」
「は、そうですね。申し訳ありません。」
「うん。それじゃそろそろ行こうかな。女神さん逆召喚をお願いします。あ、出来れば送り先は3人娘の誰かが居る所にして下さい。」
5人の女神は、破壊神の前に集まり、逆召喚を行う為の魔方陣を組み上げていく。
本来は1人でも召喚は可能だが、神核に封じられた破壊神が、歪を抜ける際に万が一封印が破壊される恐れもある為、5人掛かりで行う事にしたのだ。
再生、再構築の力を極限まで高め破壊のスピードを上回れば神核が破壊されること無く通り抜けられるであろう。
「それでは破壊神様、召喚術を起動します。送り先は、以前3人の人間の娘を召喚した際の座標を参照して行いますが、時間軸のズレは修正出来ないのでご了承下さい。」
ミネルヴァがそう言うと、魔方陣の光が強くなり破壊神の姿がだんだんと溶けるように消えていく。
破壊神の姿が完全に消え去ると、魔方陣も静かに光を弱め掻き消えていく。
「どうやら、成功したみたいですね。私は、破壊神様の眷属としてバランス調整の役割がありますので、これで失礼しますね。」
役割を果たすなどと言いつつも、特に何かをする必要のないはずの下僕が、そそくさと初めに入って来た王の間と繋がる扉から自分の居場所に戻って行った。「新刊が届く前に全て読み直しておかないと」扉が閉まる直前に向こう側からかすかに下僕の独り言が聞こえてくる。
王の間と、女神の神殿は繋がったままな事に気付くのはしばらく経ってからの事となる。
逆召喚が無事に終わり、役割を終えた女神5人。
「とんでもない一日でしたけど、なんとか無事に終わってほっとしましたわ。流石に疲れたのでこれで帰らさせて頂きますわ。」
「zzz眠い。お家帰って寝るzzzzzz」
ユピテルと、メーティスはそう言うと、女神の神殿にある移転の間に移動しそこから自分たちの管理する世界へと帰還して行った。
残るはミネルヴァ、ヘレネ、アリアの3人となる。
「アリア、あたいらも帰るとするか。」
「そうっすね。でも、大丈夫なんすかね?」
「はぁ?何の事言ってんだ?アリア。」
「いや、破壊神なんてのをいきなり送り込まれたら、その地球ってのがある世界を管理している女神が激おこになるんじゃないっすかね」
アリアは自身も、その送り込んだ張本人の一人な事を棚に上げて疑問を投げかける。
「ん?あぁ、アリアはまだ新人管理神だから知らないか、それなら心配ねーよ。あそこには、、
話しているヘレネを遮るように突然にミネルヴァが叫んだ。
「ヘレネっ!!」
「んお!?そ、そうかこの話は禁忌だったっけ。危うく喋るとこだったよ。すまんすまん。」
「えー-なんすかそれ。気になるっすよー-せんぱーい。」
追いすがるアリアをなだめるようにミネルヴァが説明する。
「アリア。この話は創造神様のご意思により禁忌指定されているのです。聞こうとせがむだけでも罰が与えられるかもしれないのですから、そこまでにしておきなさい。」
そう言われしぶしぶとあきらめるアリアと、悪いなっと軽い感じでアリアを小突くヘレネも、移転の間から自分たちの世界へと帰還して行った。
独り神殿に残された、ミネルヴァ。
創造神様、あなたは世界の全てを見通す眼力の持ち主。今日ここで起きた出来事も当然知っているのでしょう。そして、知った上で止めなかった。
つまりこうなる事を創造神様が望んだという事に他ならない。。。ならば、私がこれ以上何かをする必要も、心配する必要もないはず。。
「創造神様と、、、そして、、、、、破壊神様に祝福のあらんことを」