怪しい運送会社
遠くで、サイレンの音が鳴っているのが微かに聞こえる。
また暴徒市民がどこかで問題を起こしているのだろう。
私はベットで寝転びながら、ぼんやりと天井を見つめていた。
あの日から私は兄の部屋で寝ていた。
ベットからは兄の匂いがしてなんとなく落ち着いたし、悪夢を見ずに済んだ。
まぁ………現実逃避でしかないけど。
いくらこの部屋に兄の気配があったとしても、それは錯覚でしかない。
本物は病院だ。
ここにいれば、私の能力で治してあげるのに………
病院のような人目のある場所では能力は使えない。
別に、病院がダメだと言いたいわけじゃない。
病院にだって、私のような治癒能力者はいるだろう。
でも………
『警察は信用できない』
兄の残した言葉が気に掛かる。
兄のいる病院は、警察の息がかかった病院だ。
もし、本当に信用できないのなら、自然死を装って兄を殺すことだって、あるかもしれない。
嫌な想像がばかりが頭をよぎって離れない。
不安はそれだけではなかった。
端的に言おう、金がない。
兄の入院費は大丈夫だ、保険が降りる。
でも、私の生きていく分はどこからも降りないわけで………
衣食住、だけならまだ貯金を切り崩せばいいだろう。
でも、私は来年から高校生なわけで………
教育費を踏まえるとどう考えても………お金が足りない。
「うぅ………」
呻き声が口から漏れる。
実をいうとこれらの不安を解消する解決策を私は既に見つけていた。
それが嫌だから、こんな現実逃避をしているのだ。
でも、動くなら早い方がいいだろう。
このままでは、一生動けなくなりそうだ。
「………よし!」
気合いを入れて、立ち上がる。
解決策………それは………働くのだ。
この際、アルバイトでも、就職でもどっちでもいい。
能力の使用が認められた職場、即ち能力免許の発行できる仕事に就くのだ!!
やってやる、やってやるぞぉ!
一週間後、私は再びベットに突っ伏していた。
能力者とはいえ、中卒の私を雇ってくれるまともな企業なんてあるはずもなく。
かと言ってアルバイトでは能力免許なんて発行してくれるわけもなかった。
私は様々な企業であしらわれ、鼻で笑われ、最後にはゴミを見るような目で見られて追い出された。……ぐすん。
「あぁ〜〜」
ベットの上をゴロゴロと転がる。
兄の容態が一向によくなっていないのも、ストレスの原因の一つだ。
兄はあれからずっと目を覚ましていない。
早くなんとかしなければいけないのに………私には何もできないという現状。
机の上に置かれた手帳が目に入る。
手帳に書かれた『SSS』の文字、そして電話番号らしき数字。
私はまだその正体を調べらきれずにいた。
ネットで検索しても手掛かりになる情報は見つからなかった。
なんなのか、この電話番号にかければわかるかもしれない。
今までは、怖くてかけれずにいた。
電話………してみるか。
何もできない現状を変えたかった。
恐る恐る、番号を入力していく。
静かな部屋に電子音が鳴り響く。
心臓がバクバクと鼓動を早める。
もしかしたら兄を襲った人物に繋がるかもしれない。
それとも、兄の秘密の協力者とか。
緊張が最高潮に達する瞬間、プツリと回線が繋がる音が鳴る。
繋がった!? ゴクリ、唾を飲み込む。
「どんな荷物も無傷で必着!アニマ運輸です!」
「はい?」
思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
電話に出たのは、運送業者だった。
えっと、番号は……間違えてないと思うのだけど。
なんでこんなところに繋がるの??
「ご用件はなんでしょうか?」
困惑する私に構わず、事務的な口調で話す女性の声。
どうしよう、もう切ってしまおうかな?
いや、でも……何かの手掛かりかもしれないし………
「もしもし………?」
黙ったままでいると沈黙に耐えかねたのか、催促される。
とりあえず何か言わなくては。
きっと私は混乱していたんだろう。
私の口から出た言葉はとても正気とはお思えなかった。
「あ、の………御社はアルバイトなどの求人は行っていますでしょうか……?」
な、何言ってんだ私はぁぁぁッッ!!?
どこかで、サイレンの音が鳴っている音が聞こえる。
また暴徒市民が近くで問題を起こしているのだろう。
私は地上を歩いていた。
装甲車にも乗らず、生身で外を歩くのは久しぶりだ。
最初は戦々恐々と歩いていれたけど、今のところ物騒なものとは出会っていない。
太陽の光がジリジリと肌に照りつける。
雲一つない快晴だった。
私は小さな雑居ビルの前で足を止める。
旧世代の化石みたいなボロいビル、その4階の窓にはデカデカと会社のロゴが印字されていた。
『アニマ運輸(株)』
私はこの会社のアルバイトに採用されてしまった。
本当にどうかしていると思う。
あの日、とち狂った私の発言を真に受けたこの会社はオンラインにて面接の場を設けてくれた。
面接では何を喋ったのかほとんど覚えていない。
自分の能力と、能力者免許が欲しいということは伝えたと思う。
我ながら本当にめちゃくちゃな応対だったと思う。
でもなぜか採用された。
しかも免許も発行してくれるらしい。
わけがわからない。
わけがわからないがこれはチャンスだ。
お金の問題、能力者免許、兄の残した言葉の謎、それら全てが解決できるかもしれない。
緊張しながら建物に足を踏み入れる。
目的の運送会社は4階だ。
エレベーターに乗るが……
「あれ?」
動かない。
よく見ると、ボタン上部に『故障中』と小さな張り紙が貼ってある。
この張り紙、黄ばんでるんだけど……どれだけ長い間故障中なんだろう。
こんなオンボロのビルを使っている会社、どんなブラックなんだと今から不安に駆られる。
でもいまさら四の五の言ってられない。
階段を駆け上がり、目的の場所にたどり着く。
「おはようございます!」
大きく挨拶をし、建て付けの悪い扉を開ける。
「やぁ、来たか」
部屋の奥のデスクに座った女の人がこちらを振り返る。
面接の時に画面越しに話した人だ。
もらった電子名刺の内容を思い出す。
『アニマ運輸(株)代表取締役 月宮ノロ」
この会社の社長だ。
とかしていないのかボサボサの黒髪、眠そうな目、よれた黒いロングワンピに首元にはゴテゴテとした首輪、そして何より猫背で覇気のない雰囲気がダメ人間感を醸し出している。
正直、あまり仕事ができる人には見えない。
彼女はパンパンと手を叩くと、呼び掛けた。
「はーい、労働者諸君、新人がきたぞー!顔出して挨拶しろ〜」
デスクに座っていた社員たちが一斉にこちらを向く。
なんと言うか、奇抜な格好の人たちだった。
「あの、今日から働かせていただきます花崎 リアです!よろしくお願いします!!」
「あ〜ちょっと待って、それいらない」
きっちり30度の角度でお辞儀をする私にノロさんが待ったをかける。
「ここではコードネームで呼び合うようにしてるから」
「こ、こーどねーむ、ですか?」
なんだそれは?
ここは秘密結社か何かか!?
あだ名ならまだわかるけど、コードネームで呼び合う会社など聞いたこともない。
「そ、あなたは今日からメディックよ!!!本名は忘れていいから」
「は、はぁ………」
ノロさんは有無は言わせんとばかりに強引に押し通してくる。
私は戸惑いながらも、とりあえずこの職場のルールに従うことにした。
これから働くのだから変に逆らわない方がいいだろう。
「よろしくなメディック!」
そう声を上げたのは私から一番近いデスクに座る男だった。
「俺はアクセル。アニマ運輸の狂犬とは俺様のことよぉ!!」
そう言いながら男は胸を張る。
いや、アニマ運輸の狂犬って………聞いたこともないし……大体それっていい意味なの?
室内だと言うのに頭には赤いフルフェイスのヘルメットを被っていて顔が見えない。
ヘルメットには、ご丁寧にも犬耳の飾りが付いていて、見た目からも狂犬を主張している。
赤いジャケットに包まれた身体はたくましく、筋骨隆々だ。
赤が好きなのだろうか……?
しかし変な格好だ、チャラいし、あまり関わりたくないタイプ人種だ。
私は引きつった笑みを浮かべた。
「私はアロマよ、よろしくね〜メディちゃん」
次に挨拶してくれたのは、おっとりとした感じの女性だった。
こちらは普通にスーツ姿だった。
ウェーブがかった艶やかな黒髪に、大きな瞳、スタイルもよく、モデルのような美人さんだ。
ただ一つ、妙なことがあるとすれば頭に装着したヘッドセットに猫耳が付いていることぐらいだ。
この会社、アニマ運輸じゃなくて、アニマル運輸の間違いでは………?
私は訝しんだ。
「・・・・・」
最後の1人、ノロさんの隣に立つ女性の挨拶を待つが、彼女は声を発する様子がない。
彼女も、異様な出立をしていた。
クラシックタイプのメイド服に身を包み、その頭には他の社員と同じようにウサ耳が装着されている。
「ああ、彼女はシスター。無口なやつだが、仕事はできる。仲良くしてやってくれ」
ノロさんが本人に変わって紹介してくれる。
「シスちゃんは社長に代わってほとんどの管理業務をやってくれてるのよ〜実質的な社長って感じね」
アロマさんが補足してくれる。
シスターさんが社長に代わって働いているなら、ノロさんは何をやっているのだろうか?
私はノロさんに疑問の眼差しを送る。
「私?私はここに座ってゲームするか寝てるだけだよ」
「………は?」
この人、本当にこの会社の社長なのか??
「社長はアニマ運輸の眠り姫って呼ばれてるからな!」
アクセルさんが自慢げに言う。
だからなんでお前は自慢げなんだ!?
その呼び名、絶対いい意味で使われていないだろ!
今、確信した。
この会社………ヤバイ。
いや、ヤバイなんて言葉で片付けられるレベルじゃない。
まともじゃない社員たちに、仕事をしない社長。
業務内容は………想像したくもない。
もしかしたら兄はこの会社の業務を摘発するためにメモっといただけなのでは?
そんな嫌な想像が頭をかすめる。
私は入社1日目にして早くも後悔しそうだった。
でも、もう後戻りはできない。
こうして私のアルバイト生活が始まった。