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はじまり

 薄暗い室内、微かに響くコンピュータの駆動音と換気扇の回る音、コンピュターに繋がれた機器がチカチカと瞬いた。

 頬杖を付いてぼんやりとモニターを眺める。

 モニターの中では中年の教師がホワイトボードに向かって忙しなく文字を書き殴り、解説している。

 今は歴史の授業だったか、音声はミュートにしてあるので教師の声は聞こえてこない。

 無音の中必死で何かを解説する教師の口が開閉する、その様子は昔のサイレント映画のようでどこか滑稽だ。

 欠伸が私の口から漏れ出た。

 退屈だ。

 これが私の中学生活最後の授業なのだから、やってられない。

 もう少し真面目に受けるべきなのだろうが、どうにも興味が湧かない。

 私は机の下でゲームデバイスを起動する。

 軽快な音と共にポップなキャラクターたちが画面に現れる。


『Hi! 今日はなにする?』


 キャラクターが問いかけてくる。

 目線はモニター向けたまま私はデバイスを操作し、音ゲーを起動した。

 いつものルーティーン(サボリ)だ。

 音ゲーを遊ぶ私は、一度も机の下を見ていない。

 生徒を監視するモニターには真面目な顔をした私が写っていることだろう。

 その実、私は爆音で音ゲーをブラインドプレイしているのだが。

 そんな私の様子など気づきもせず、教師は解説を続けている。

 ホワイトボードには、歴史の主要な事件が書き連ねられていく。

 私は画面に意識を向けたまま、指先を動かす。

 音楽に合わせてボタンをリズムよく押していく。


『Wonderful! フルコンボだ!』


 ゲームのキャラクターが私を褒め称える。

 退屈だ。

 私の望んだ学園生活は、こんなものじゃなかったのに。

 中学生活の3年間、私は数えるほどしか学校に足を運べていない。

 同級生の顔を私は見たこともない。

 2022年現在、世界は終わっていた。






 世界の終わり、その発端は1999年に始まった人類の変異だった。

 突如として人類に人外の異能に目覚める者が現れたのだ。

 何もない空間から火や光線を出すもの、なんの動力もなしに空を飛ぶもの、能力は人によって千差万別だったが、それらは皆既存の物理法則を全く無視した現象だった。

 突然の超人の出現に世界は沸いた。

 当たり前だ、フィクションの中でしかあり得なかった超能力がいきなり現実のものになったのだから。

 人々はその夢のような展開に浮かれていて、現実を直視できていなかった。


 大陸が一つ、消し飛んだ。


 人類はチート級の能力が無責任な個人の手に渡るとどうなるか想像できていなかったのだ。

 運良く能力に目覚めた人間は私利私欲のために能力を使い始めた。

 それからは世界の情勢は混沌を極めた。

 能力を使った犯罪、それを止めるために振るわれる能力、動く軍隊、核の行使、能力の暴走、三大厄災、シンギュラリティ……etc…etc…

 地球上のほとんどの国が機能不全に陥り、文明は崩壊した。

 それから23年、人類は一応の落ち着きを見せていた。

 能力者は厳しく管理され、免許なしでの能力行使は犯罪となった。

 だが、無免許能力者は後を立たず、街ではいまだにギャングや暴徒市民が暴れていた。

 結果として、やっぱり世界は終わっていた。

 市民は、暴れる暴徒を恐れて地下にこもったまま、世紀末もいいところだ。


 私は花崎 リア、こんな終わった世界に生まれた不幸な市民の1人だ。

 中学は学校に登校できると噂の進学校に行ったのだが、白狼団とかいうふざけたギャングが街で暴れたせいで、結局一度も学校には行くことはできなかった。

 そうして今日、私の中学生活が終わってしまった。

 あとは興味のない退屈な卒業式があるだけだ。

 椅子に身体を沈め、深くため息を吐く。

 このままでは私の青春はこの暗い地下の一室で完結してしまうだろう。

 私が絶望にズブズブ浸かっていると、玄関の方から物音がした。

 どうやらこの家の家主が帰ってきたようだ。


「ただいまー」


 扉が開き兄が顔を出す。


「帰ってきたな無能兄貴」


「ひどい!疲れて帰って来たお兄ちゃんに対する第一声がそれ!?」


 私は兄の文句を無視して、奴のケツに跳び蹴りを喰らわせてやる。

 彼の背は私の頭ひとつ分以上高く、尻がちょうどいい高さにあるのだ。

 まぁ、兄は私の蹴りなんぞではびくともしないのだが。

 そもそも体格が違うのだ、わかっているとはいえ少し虚しくなる。


「お前が無能だから、私は学校に行けないんじゃい」


 私は兄の腹にゴスゴスとパンチを繰り出す。

 兄はそんな私の攻撃に頓着せず、妹が反抗期だよ〜と嘆いている。

 兄、花崎 カイは警察官だ。

 兄はこの終わった世界を少しでも平和にしようと日夜働いていた。

 そんな兄の頑張りを私は知っている。

 本当に兄を無能だと思っているわけじゃない。

 兄は、能力者の事故に巻き込まれた両親に代わり、家を、私を守ってくれた。

 そんな人間を無能と思えるほど私は捻くれてはいない。

 これは私の兄の間でのお決まりのギャグみたいなものだ。

 確かに、兄がもうちょっと頑張ってギャングの問題を解決してくれれば私も学校に行けるのに、と思わないでもない。

 まぁ、そこは兄の愛情に免じて許してやることにしている。


「む、腕怪我してるじゃん」


 私は兄の腕に包帯が巻かれているのを目敏く見つける。

 兄は、あちゃーと声を上げて、頭を掻いた。

 そして言い訳を始める。

 曰く、ちょっと擦っただけで大した怪我ではない、放っておけば治る。

 はぁ………全くわかっていない。

 私が気にしているのは怪我の大小なんかじゃない。

 危険な職場に身を置いていることを心配しているのに………

 兄は街の治安を守るその仕事の関係上よく怪我をこさえて帰ってくる。

 その度に私の心労は溜まる一方なのだ。

 少しは家で帰りを待つ健気な妹の身にもなって欲しいものだ。


「ほら!腕出して」


「あの〜、やっぱりよろしくないと思うんだが……」


 グチグチと何か言い訳をしている兄の腕をひったくり能力を発動する。


「アンプル 治癒」


 空中に緑色の液体で満たされたアンプルが生成される。

 私は能力者だった。

 望む効果の薬品を作り出すことができる、そういう能力。


「無免許の能力行使は犯罪ですよリアさん………」


「ばれなきゃ犯罪じゃないの!」


 兄の腕にアンプルを突き立てる。

 今回生成したのは治癒能力を高める薬品だ。

 効果は大体24時間、この程度の傷ならじきに塞がるだろう。


「警官の前で堂々と違法行為を働くとは……はぁ。まぁ許す俺も俺だけど………」


 兄がまたグチグチとうるさい。

 こんなの今に始まったことじゃないでしょうに。

 昔から、兄が怪我をするたびに私は能力を使って治してきた。

 私が能力を使いこなせるようになったのは兄で実験したからだと言っても過言ではない。


「どんな怪我をしたって私が治してあげるから安心しなって」


 それは、私の口癖であり、決意表明だった。

 たった1人の私の家族、兄は絶対に守ると。

 私にはその力があるのだと思っていた………そう勘違いしていた………




 次の日、兄が瀕死の重傷を負って病院に担ぎ込まれた時、私の幻想は崩れ去った。




 その日は、いつもより外が騒がしかった。

 爆発音と共に微かな振動が私のいる地下の一室まで届いた。

 私は狭い自室で何が起こったか探ろうと、ネットの海に手を伸ばした。

 しかし情報規制でもされているのか、いくら検索しても何も出てこなかった。

 その時点で、何か嫌な予感はしていた。

 騒がしい地上、兄が警官として事態の収拾に向かっている姿が容易に想像できた。

 兄はまた怪我を負ってはいないだろうか、心配になる。

 いつもの時間になっても、兄が家に帰って来なかった。

 予感は悪寒へと変わった。

 兄の携帯へと電話を掛ける。

 私が設定した軽快な呼び出し音がなる。

 そのポップな音楽が私の感情と噛み合わなくて変な気分だった。

 呼び出し音が鳴るばかりで……一向に兄が出る気配はない。


「お願い………出てよ……」


 祈るように呟く。

 嫌な想像ばかりが頭をよぎる。

 その時、私の願いを聞き届けるように音楽が途切れた。


「お兄ちゃん!」


 焦りから、自分でもびっくりするほどの声量が出た。

 でも、兄からの返事はなかった。

 代わりに聞こえてきたのは知らない大人の声。


「花崎君のご兄弟かね?」


 誰?

 どうして兄の携帯から知らない人の声が聞こえるのだろう。


「私は君のお兄さんの上司に当たるものだ」


 兄の上司………

 ということは警部か何かだろうか。

 それが、なんで兄の携帯を?


「落ち着いて聞いて欲しい。君のお兄さんは業務中に負傷し、現在意識不明の状態だ」


「は………?」


 兄が、意識不明……

 状況が理解できない。

 これは、新手の詐欺か何かだろうか。


「今すぐ、車を手配する。病院まで、来てはくれないかい?」


 混乱する私の口から、肯定とも否定ともとれぬ唸り声が漏れ出る。

 それを肯定ととらえたのかはわからなかったが、電話はそこで切れた。

 現実味が全くなかった、悪夢でも見ているみたいだ。

 兄は、よく怪我をしていた。

 でもそれはどれも軽症で、本人も大したことないと笑っていた。

 私はどこか兄の強さを過信していのかもしれない。

 だって、お兄ちゃんがボロボロになっている姿なんて見たことがなかったから。


 しばらくして、家の前に来た迎えの車は警官の護送車で………先ほどの電話が夢ではないという現実を私に突きつけた。

 私の思考を置き去りにして、事態は進んでいく。

 護送車は、兄がいるという病院へと私を運ぶ。

 道中の記憶はあまりない。

 ただ、私の中で何かが壊れていくような感覚だけがあった。


 病室に横たわる兄を見ても私はそれが兄だとわからなかった。

 顔には包帯が巻かれ、いつもの元気な表情は見ることさえできなかった。

 管と医療器具に繋がれ、呼吸をしているだけの肉塊。

 それはまるで趣味の悪い現代アートのようで、そこから兄を感じ取ることはできなかった。


「命を落としてもおかしくないほどの重傷でした。頑丈な人なのでしょう、なんとか一命は取り留めました」


 医者の言葉がぼんやり頭の中で反芻される。

 違う………私がアンプルを刺したからだ………

 私の能力が、兄の命をつなぎとめたんだ。

 そう、思いたかった。

 そう思って、自分を慰めるしかなかった………






「捜査について、何か花崎君から聞いていないかね」


「………はぁ、捜査……ですか?」


 病院の控え室で、私は兄の上司だという警官に話を伺っていた。

 ネクタイをきっちり締めた、仕事のできそうな人だった。


「いえ、何も………そもそも兄は何を捜査していたんですか?」


 私は、兄から仕事の話を聞いたことがなかった。

 ただぼんやりと街で悪さするギャングと戦っているのかなーと考えていた。


「わからない。君の兄は業務の傍ら、我々に隠して何か独自に調査していたようだ、それが原因で今回の事態が引き起こされたのではと我々は睨んでいる」


 兄が上司に隠しながら何かを調査していた。

 あの隠し事の下手そうな兄が?

 私の知っている兄と彼の語る兄がなかなか結びつかない。

 兄のことならなんでも知っていると思っていのに、その実私は警官としての兄のことは何も知らなかったのかもしれない。


「兄は、その、何かの禁忌に触れてしまったと……?」


 兄は知ってはいけない何かの情報を掴んで、命を狙われた………そういうことだろうか。


「恐らくね、君のお兄さんが一命は取り留めたのは運が良かったとしか言いようがない」


 警官は、そう言って肩をすくめる。

 そうしてから、私を安心させるように微笑んだ。


「ここは警察の息がかかった病院だ、君の兄の安全は保障しよう。君も何かあったら遠慮なく連絡し欲しい」


「………ありがとうございます」


 私に名刺を渡すと、警官は部屋を出て行った。


「…………」


 なんだか疲れた。

 もう家に帰りたい。

 家に帰れば、いつものように兄がいて、おかえりって言ってくれて、それで…… そんなあり得ない妄想を膨らませる。

 そうでもしないとやってられない。

 兄が病院に運ばれたと聞いて、兄の死を覚悟した。

 幸い一命を取り留めた、でもそのことを喜べばいいのか、悲しめばいいのかわからなかった。

 私を1人にしないで欲しかった。


 兄のいない自宅は冷たく、まるで他人の家みたいだった。

 着替えもせずに自室のベットに突っ伏す。

 死ぬほど疲れているのに、眠れそうもない。

 今眠ったら悪夢を見そうで………


「お兄ちゃん………」


 兄は一体何を調査していたのだろうか?

 どうして、こんなことになったのだろうか?

 私に何かできたのだろうか?

 考えても答えは出ない。

 いつも側にいたはずの兄が、一夜にして知らない人になったみたいだ。

 起き上がる、どうせ眠れないのだ。

 このモヤモヤをなんとかして解消したかった。

 兄の部屋に入る。

 昔はこの部屋でよく一緒にゲームをした。

 大きくなるにつれ、その頻度も減っていったっけ。

 部屋は、記憶にあるよりもずっと物が少なくなっていた。

 本棚の漫画は、いつの間にか警察の資料や難しそうな参考書に変わっており、ゲームやオモチャは姿形も残っていない。

 机の上に、手帳が置かれている。


「?」


 なぜ手帳がこんなところに置いてあるのだろう。

 パラパラとめくる。

 そこには仕事のスケジュールやメモ書きがぎっしりと書かれていた。

 変だ、仕事で使っている手帳がなぜ家に置きっぱなしになっている?

 机のど真ん中に置いてあったし、忘れたとは思えない。

 手帳をめくる。

 今日の日付に、小さな字で何か書いてある。


『見つかった、警察は信用できない』


 ヒュッ、喉からかすれた悲鳴が漏れ出た。

 警察が、信用できない……?

 警官の言っていた言葉を思い出す。

 兄は上官に、同僚に隠れて何か調査していた。

 自分が所属している組織すら、信用できなかったんだ、敵だったんだ。

 兄は一体何を知った?

 手帳をくまなく調べる。

 最後のページに何か書いてある。

 それは丁寧に書かれた他のページの字とは比べものにならないほど乱暴に書かれた走り書きだった。

 何かの電話番号、それにアルファベット3文字。

 手帳の最後の見開き2ページを使ってデカデカと書いてあった。



『SSS』



 SSSって……何?………

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