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六 光焔

 

 辺りはもうすっかり暗くなっていた。


 風の涼しい季節は終わり、肌寒さすら感じられる夜だった。


 ベイハルトの向かった先は、フォールズの町を見渡せる小高い丘だった。


 その丘の上から眺める町の灯火は、いつも以上に輝いていた。


 そこには年に一度の祭りに浮かれる町の人々の営みがあった。


「よかった……。間に合った……」


 ベイハルトは、息も絶え絶えにそう言うと、得体の知れない装置の底から伸びている突起を地面に突き立てた。


 装置の上の部分をギュッギュッと何度も念入りに押し、深く地面に刺さるように体重をかけた。


 そして、設置が完了すると、彼はその場に力なく崩れ落ちた。


 それを見たレオナは、慌てて彼に駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」


「あぁ、僕の研究が確かなら、この町はもう大丈夫」


「えっ? この町……ですか……?」


 どうにも噛み合わない会話に、レオナは今まで感じたことのない未知の不安が心に芽生えるのを感じた。


 このフォールズの町が「もう大丈夫」とはどういうことなのだろうか。


 眼下で繰り広げられている幸福な狂騒に、何か自分の想像もつかないような危機が迫っていたということか。


 いや、今もなお、現在進行形で危機が迫っているのかもしれない。


 レオナがベイハルトの体重を支えながらそんなことを考えていると、美しい星空に一際(ひときわ)輝く一つの彗星が現れた。


 その巨大な彗星は、殺意などまるで感じられない純粋な光を保ち、真っ直ぐフォールズの町へ向かっていた。


「来たか……。彗星……」


 ベイハルトが苦々しい顔で彗星を見上げ、そう呟いた瞬間――


 地面に突き刺さっていた装置から、目が(くら)む程の激しい光が放たれた。


 その鋭い光は、まるで意志を持っているかのように迷いなく彗星の方へと伸びていった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 蝋燭の火が、薄暗い寝室にいる夫婦の姿をぼんやりと照らしていた。感じるか感じないか、(ほの)かな(すす)の匂いがあった。


「ベイハルト様、あれでよかったんですか?」


「ああ。町の人達は何も知らなくていいんだ」


 フォールズの町一帯を灰燼(かいじん)に帰せしめんとする彗星は、ベイハルトの研究の成果物である魔法の装置によって破壊された。


 破壊に伴って発せられた轟音と烈々たる光焔(こうえん)は、何も知らない町の人々に、祭事の一環として歓喜を持って迎えられた。


 消え入る瞬間まで燦然(さんぜん)と輝いていた光の粒は、奇跡のような美しさだった。


「それで……」


 ベイハルトがレオナに何かを尋ねようとして、「いや、なんでもない……」と、言い(よど)んだ。


 彼は今、レオナに濡れた柔らかい布で身体を(ぬぐ)われている最中だった。


 レオナにとっては、それは日課に過ぎなかった。


 しかし、ベイハルトにとっては、彗星がフォールズの上空に飛来することを知った日から今日までの緊張と焦燥が清められていくように感じられた。


 ただ、その一方で、ベイハルトは名状しがたい窮屈さを抱えていた。


 研究に没頭していた頃の自分ではない、しっかりと意識を保った状態でのレオナの献身に、ベイハルトは冷静な心の中に羞恥の芽が(きざ)すのを感じた。


 彼は赤面を隠し切れなかったが、目を伏せ、大人しく肌を撫でられ続けた。それは諦めの境地だった。無垢ゆえに抵抗する術を知らなかったのである。


 そして、もちろん、レオナもそんな夫の異変に気が付いていた。


 気が付いていながら――


「さぁ、ベイハルト様。両手を少し上げてください。次は脇の下ですよ」


 レオナは優しく幼子に話し掛けるようにそう言った。


 彼女の心には、ベイハルトの裸身を好きなように愛でることができるという、母性とは異なる、甘く加虐的な愛情が色濃く閃いていた。


 清潔な布がベイハルトの細い上半身を滑っていく。


 夫婦のベッドの枕元には、お揃いの白いローブが畳んで並べられている。

(6/7話)

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