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五 魔術師の背中

 

 それから少し経った実りの季節。


 その日は一年に一度の祭りの日だった。


 フォールズの町だけではなく、このメテオライト一帯の祭りらしく、他の町からの行商人も多く出入りして、外は大層な盛況ぶりであった。


 レオナは依然として屋敷の中で寂しい新婚生活を続けていた。


 研究が大詰めを迎えつつあるのか、口数の少ない夫ベイハルトは、いつも以上に黙然として、研究室から全く出て来なくなった。


 レオナは孤独を感じずにはいられなかった。


 彼女の孤独は、今日届いた郵便物の中に故郷からの手紙があったことによって、より一層深まった。


 そこには時候の挨拶と妹のサーシャとロイドとの婚礼の日取りが記されていた。


 地方貴族といえども格式のある家であることには間違いなく、礼を失することのないよう(うやうや)しく(したた)められた手紙は、当然ながらレオナに対しては他人行儀な文面となっていた。


 レオナは、広い部屋の隅で、サーシャの幸福であろう現在を想像し、彼女のために身を引いたことについて後悔はないと自分に言い聞かせた。


 自分の持っていた家族への愛はまだ冷めていないと信じたかった。


 換気のために大きく開かれていた窓からは、知らない土地の香辛料の匂いがしていた。


 レオナは町の喧騒に、ふと思い出したかのように我に返った。


 いつも通り夕食の準備をしようと台所に向かうため薄暗い廊下に出たとき、尋常ならざる爆音が研究室の方から轟いた。


「ベイハルト様!! 大丈夫ですか!?」


 レオナはノックも忘れて研究室に飛び込んだ。


 実験の失敗など瑣末(さまつ)なことだった。


 そんなことよりも自分の夫の無事が心配だった。


 すると、そこには複雑な構造をもった装置の前でぼんやりと(たたず)んでいるベイハルトの姿があった。


 いつか見た失敗とは異なり装置からは煙などは上がっておらず、それは不気味な薄紫の光を放っていた。


「間に合った……。完成だ……」


 ベイハルトは震えた声でそう言うと、レオナに力のない笑みを向けた。


 彼は蓄積された疲労と連日の睡眠不足で満身創痍だったが、その目にはしっかりと光が宿っていた。


「完成……したのですか……?」


 レオナは何が何やら分からなかった。


 が、嬉しそうな夫の姿を見て、少しだけ胸が熱くなった。


「こうしてはいられない……」


 ベイハルトが細い腕を振るうと、魔法によって装置がふわりと宙に浮かび上がった。


「少し出掛けてくる」


「今からですか!?」


「あぁ、急がないと」


「待って下さい、ベイハルト様!!」


 半袖の部屋着のまま(あわ)ててどこかに装置を持ち出そうとするベイハルトに、レオナは外出用の本格的な魔術師のローブを着せてやった。


 そして、出不精の余り足がもつれ、玄関を出た一歩目でよろけた彼が心配になり、レオナは夕陽に照らされる彼の背中を追うことにした。

(5/7話)

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