第一節・艦隊建造予算(2)
さて、ようやく艦隊建造に必要な予算が出てきましたが、軍艦が大過なく生涯を終えた場合、建造予算の三倍の経費が必要とされます(注:大規模近代改装費用含めず)。
一概には言えませんが、近代軍艦の寿命は三十年程度ですので、今回の想定の八八艦隊全てが一生を全うするに必要な維持費用は九十億円以上、一年当たりで約三億円が必要です。
先ほどの数字は、維持費用の事をあまり考えていなかったので、ここからは建造以外に必要な経費も盛り込んでみましょう。
さて、結局最後になってしまいましたが、ある意味建造費よりも重要なのが艦隊維持費です。
史実で列強以外の戦艦を持つ海軍があまりパッとしないのは、維持予算をまともに計上できないからです。
当時、万年赤字財政だった南米主要各国が良い例でしょう。
維持費だけを考えれば、高価な兵器や軍隊など戦時以外には必要ないとすら言えます。
第二次世界大戦までのアメリカ軍が良い例でしょう。
史実の「八八艦隊計画」そのものは八年で建造を目的としていましたが、ここでは三年遅らせて一九三一年に完成としたので、結局十一年近くかけます。
つまり、艦隊完成時の一九三一年に三億円の維持費が必要となるわけです。
おそらく艦艇が揃い出し、各鎮守府に膨大な艦艇と海軍軍人があふれ出す一九二五年頃より経費関連の予算は鰻登りになります。
ちなみに海軍士官の数ですが、史実の計画が実働している数年間は、それまでの約三倍の数が毎年増えていました。
この「八八艦隊計画」とはそれぐらい巨大な計画であり、莫大な経費が人件費の面でも非常に大きな負担になります。
史実のままの日本であったのなら、軍人、技術者などの高度技術者の人材面では、海軍と八八艦隊を維持運営するための国家になっていたかもしれません。
軍が国家の保有者などとは、まるでプロイセン・ドイツですね。
しかも、経費には艦艇の改装費用は含まれていません。
史実の「長門級」に代表されるように新たに戦艦を作るような徹底したお色直しをしていたら、戦艦十六隻全部で建造費用の約三分の一から半分と丼勘定して、五〜八億円もかかってしまうことになります。
彼女持ちの男性諸氏よりも、日本政府は彼女たちのドレスに気をかけるでしょうから、近代改装予算も考えなくてはいけません。
でなければ、改装よりずっとお金のかかる次の姉妹を生み出さなくていけません。
つまり、「八八艦隊計画」中の海軍予算は、一九二一年ぐらいから最低で五億円(艦艇が建造中でまだ揃っていない状態)、最大六億円(十三号艦建造頃)の予算編成をする必要に迫られます。
これに加えて、純粋な艦艇維持費です。
つまり海軍予算は、最大年間九億円です。
史実のままだと、この頃(一九三一年)の国家予算が十七億円程度ですから実に半分以上です。
しかも一九三一年以後戦艦の建造を控えるようになっても、代艦建造は継続し近代改装するのが当然ですので、七億円程度の予算編成は必要です。
もちろん、予算内に陸軍予算は含まれていません。
陸軍予算はおおむね海軍の半分としても三〜五億円の予算編成が必要です。
日露以後史実より軍縮されたと仮定しても、政治バランスを考えれば最低ラインの三億円は必要でしょう。
つまり最大で国費の七割、GDPの10%以上が軍事費に消える事になります。
往年のソ連も真っ青です。
しかも、これに八八艦隊の全艦艇を円滑に建造、運用するために、既存の軍港の拡張はもちろん、巨大な造修施設を持った軍港がもう一つ欲しい所です。
民間造船所などについても言うまでもありません。
これらの例として、一九三七年以後の補充計画が挙げられます。
補充計画では、横須賀の新ドック建造、当時東洋最大だった佐世保に匹敵する高雄鎮守府建設など、大規模な施設拡充が図られていました。
しかも大神新海軍工廠の建設計画まであります。
一説には、大分県に建設計画のあった大神海軍工廠の建設予算見積は二十四億円です。
工廠の規模は、大和級が建造可能な大型戦艦ドック1、重巡建造ドック1、空母用船台1、加えて潜水艦を同時に4隻建造可能という大きな能力を持ちます。
この大神海軍工廠を、八八艦隊の頃に建設しても物価指数下落を考えて二十億円程度、つまり史実の国家予算一年分が丸々必要です。
さらに、史実の戦争直前および戦中に作られた膨大な数の民間造船所(戦後の造船日本を作り上げた原動力となるものです。)の建設予算は、他の海軍工廠の拡張を含めれば六億円程度となりました。
そして以上の施設があれば大艦隊の建造、維持ははるかに容易となるでしょう。
つまり、八八艦隊を養うために最低で二〇億の別予算が必要です。
これも円滑な艦隊運用と戦時の事を考えると、できれば五年から十年程度で全部揃える必要があります。
年割りで二億円の出費です。
もちろん、軍港以外の巨大造船所は、民間で日本の国富拡大に大きく貢献するでしょうし、一種の大規模公共事業にもなりますから、効果は言うまでもありません。
しかし、大艦隊を作るという目的の元では、あまりにも大きな出費と言えるでしょう。
しかも八八艦隊を作るだけで、延々と総力戦をしているようなものです。
計画を完遂した場合、史実の日本の国力が干上がってしまうのは当たり前です。
海軍上層部はいったい何を考えていたのか、何を見ていたのか問いただしたくなります。
ちなみに、一説に日支事変に投下された軍事予算が一〇〇億円に達すると言います。
年割りにすると十二億円程度になり、数字の上では「八八艦隊」がまかなえてしまう計算になります。
市販の架空戦記小説の中には、この表面的な数字だけをすくい上げて、日本の国力を整えたり大艦隊を揃えてアメリカと戦っているものが見受けられます。
ですが日支事変での予算は、裏付けのない膨大な国債(かの高橋是清が匙を投げたとすら言われる)と国民に増税と窮乏を強いた上で捻出された国費(本来平均七%程度でなければいけない税率が平均十二%)によりまかなわれたものです。
つまり、戦時予算編成によって組み上げられた国家予算と軍事支出の結果です。
平時に組み上げて良い予算規模ではありません。
一九四〇年頃まで上昇していたGDPや各種統計数値も、軍需主導の巨大な赤字予算によって達成されたものです。
健全さからほど遠いものです。
さらに余談ですが、日支事変での日本の軍事支出は、国家予算の六〇%以上となり、以後この数字が敗戦まで低下する事はありませんでした。
(大東亜戦争最盛時の一九四四年にはパーセンテージだけ見ても八〇%を突破。
実際の戦費はGDP全体を上回る数字。)
つまり日支事変の軍事費は、平時の予算編成にはまったく参考になりません。
そして、史実のレールの上での「八八艦隊計画」を完遂させてしまうと、ごく常識的に考えれば予算的破錠を迎えるのは間違いありません。
歴史改変を行ってもう少しまともな軍事支出で考えても、健全な国家運営で史実の二倍の国家予算が編成できなければ、夢は実現出来なくなってしまうのです。
さて、そろそろ歴史改竄を始めを始めなければいけないので、強引に結論に持ってきたいと思います。
目的は、「八八艦隊」建造までに日本の国力を史実の二倍にする事です。
これが達成出来れば、健全な平時予算内で艦隊建造が何とか可能です。
そう、浦賀沖に満艦飾に着飾った十六隻の鋼鉄の戦乙女たちを、穏やかな目で見ることが出来るのです。
今までの説明は、これを言いたかったのです。
また本作は、あくまで「八八艦隊計画」を達成するのが第一の目的です。
原則として、歴史改変や日本のアメリカに対する一方的勝利を目的としているのではありません。
この点をまずご承知ください。
他の事が達成されたとしても、全て付帯事項、刺身のツマです。
一方で、まともに考えれば、近代日本の発展に八八艦隊は必ずしも必要ありません。
文字通り「高嶺の花」です。
この事も忘れないで下さい。
なお、国家予算二倍と言う数値は、健全な状態での計画達成のためのほぼ最低の条件です。
もっと少なく見れば、一・五倍程度でもなんとかなりますが、その世界に住む国民の事を思えば豊かな国であればあるほど良いのです。
そして二倍の国家予算があれば、軍事予算はピーク時で国家予算の三割、以後は二割程度でなんとか彼女たちを賄う事ができます。
この数字なら、史実のワシントン条約後の軍事支出と大きく違わない数値になります。
まだ少し足りない気がしますが、陸軍の予算を削れば何とかなるでしょう(笑)
では、前置きが長くなりましたが、彼女たちのために歴史改変を始めましょう。