第十節・戦闘想定(後編−2)
■第十節・戦闘想定(後編−2)
(コンバット・シミュレーション)
■終幕
日本軍によるハワイ攻略達成。
ここでもう一度日本政府は、勝者としてアメリカに講和を打診します。
タイムスケジュール的には、八〜九月にハワイ攻略を開始したので、占領はその一ヶ月後の九〜一〇月と言うことになります。
日本としては、アメリカ海軍を完全に撃滅し、アメリカ領でありアメリカ本土の喉元とすら言える場所を占領したのだから、もう十分「やっつけた」と思うことでしょう。
日本で言えば聯合艦隊を全て失い、沖縄か小笠原を失ったようなものです。
今度こそ講和を受け入れると考えるのが、勝者の側から見れば常識的判断と言えるでしょう。
さて、ここでアメリカ合衆国は停戦を受け入れるでしょうか。
降伏するでしょうか。
今度こそ、海軍は本当に壊滅してしまいました。
一からとは言いませんが、本気で三年待たなければ戦力倍増どころか、現状維持はおろか、日本軍に対する防衛すらままなりません。
来年初頭にでも、日本軍が上陸船団を伴って西海岸に襲来したら、これを止める手だては純軍事的には海軍は無意味な戦闘をしかけて玉砕する以外、全くと言っていいほどありません。
ただ、別の意見もあるかも知れません。
海軍はガタガタにされたましたが、全滅した訳ではありません。
戦力が大幅に低下したとは言え、太平洋艦隊も大西洋艦隊も健在です。
残存艦艇を全力で修理して、新しい戦力として認識されつつある航空機や潜水艦を本土近海で有機的に運用すれば、撃退も夢ではないかも知れません。
そう、ここまで来ればハワイ以上に日本艦隊の撃滅の必要はないのです。
彼らが何度西海岸に来ようとも、それを撃退し続ければ東海岸で数年後には、ダニエルズ・プランに倍する新造戦艦を中心とした大艦隊が出現し、その半年後には反対に日本本土を米戦艦の砲火で業火に覆い尽くす事が可能なのです。
そう、「星一号」作戦を発動させれば良いのです。
それに、その前に西海岸全域が火の海になるぐらいは、アメリカ合衆国という巨大な国家全体の大戦略的な見解からすれば許容可能な損害です。
この借りは、一〇〇倍にして日本に勝った後で取り立てればいいのです。
ではここで、少し違う視点から見てみましょう。
意外に忘れられがちなのですが、航空母艦を海軍主力と認識させる以前の時代(ついでに言えば核兵器という下品な武器が登場する以前)において、「戦艦」(もしくは戦列艦)と言う存在は国家が総力を挙げて建設する必要性があった極めて重要な「戦略兵器」です。
なぜなら、この時代の定義として戦艦は戦艦でしか撃沈はおろか阻止する事ができないからです。
なればこそ、日本が、アメリカが、イギリスが、ドイツが、ありとあらゆる列強が血相を変えて巨大戦艦の建造に邁進したのです。
戦艦が敗北した、黄海海戦、第三次ソロモン海戦こそが例外なのです。
そして、アメリカは最重要の「戦略兵器」を多数用いた戦いで日本に破れました。
連続した敗退により、実質戦力差は二倍以上に開いています。
つまり軍事的には、抵抗するだけ無意味な差です。
この差は、アメリカが形振り構わず艦隊再建に没頭したとしても、三年間は埋めることはできません。
つまり、アメリカ政府がそしてアメリカ市民が、本土を焦土にしても構わないと、この戦争にはそれだけの価値があると判断しない限り、戦争の継続は無意味と言う事です。
しかも、この世界のアメリカにとって日本との戦争は、20世紀に入っての初めての本格的戦争です。
敗北に対する市民の心理的衝撃は大きいでしょう。
しかも戦争は、戦略的価値の曖昧なチャイナを巡る勢力圏争いと市民の気分、そして政府の煽りで起きたようなものです。
国運の賭ける価値があるとは言い難いでしょう。
ですから、ここでアメリカという社会の良識が大きく首をもたげてくれば、厭戦機運と停戦を叫ぶ声が一気に広がります。
特に、明日にでも沖合に日本艦隊が現れるのではないかと怯える西海岸市民の運動によりアメリカ議会が動くのは、アメリカ合衆国という政治システムの上なら必然とすら言えるでしょう。
加えてフランクリン・デラノ・ルーズベルト大統領は、まだ一期目の途中です。
彼に大きな政治的影響力はなく、市民もステイツに今から予想される惨禍を受けさせてまで、戦争を継続する意味を持ち得ないでしょう。
一方、このアメリカ国内の世論を、恐らくそれ程詳しく掴んでいない日本政府、日本海軍は、降伏しない米政府に対しさらなる焦りを抱きます。
そして最後の停戦のチャンスを求めて、距離的には半ば無謀とすら言える西海岸攻撃を企てる事になります。
丸一年も大海軍を使った贅沢な戦争をしているので、そろそろ財布の中身も気になり出す頃ですから、日本政府も停戦を急ぎたいところでしょう。
日本側の目的は、西海岸攻撃をエサに米残存艦隊を吊りだして本当に残らず撃滅し、さらにアメリカ本土たるカリフォルニアに八八艦隊による艦砲射撃をあびせかけ、アメリカ国民に自分たちは負けたのだと勝利宣言を行いに行くためです。
政府や大統領に降伏を勧告してもムダなので、市民を巻き込むことをよしとしない日本軍としても致し方ないところです。
ですが手前勝手な日本軍といえど、米本土上陸はさすがに考慮されていません。
どこをどうひっくり返しても、そんな力が日本に存在しないからです。
そして、八八艦隊により制海権を獲得した日本艦隊を阻むものなど、もはや太平洋上には存在しません。
日本軍にすれば、これで降伏してくれればという希望的な作戦でありますが、日本の動きに西海岸市民が敏感に反応するでしょう。
なお、繰り返すようですが、この時代の航空機や潜水艦に多数の護衛艦に囲まれた巨大戦艦の群を阻止するだけの力はありません。
注意すべきは潜水艦による通商破壊ですが、史実のアメリカ軍の主に装備面でのお粗末さ(一九四二年中まで用いられた欠陥魚雷)と、この世界の日本が第一次大戦でドイツと対戦している事から難しくなります。
アメリカ軍が本気で通商破壊に取り組んでも、この段階で脅威になる可能性は極めて少ないでしょう。
反対に、ハワイを拠点として降伏を促すためにも、西海岸の交通線を締め上げる行動に日本が出る事も十二分にあります。
米本土沿岸やパナマ運河近在での船舶撃沈は、アメリカ市民に大きな心理的打撃となるでしょう。
我が世の春とばかりに中規模の艦隊を米本土近海で行動させるだけでも、十分効果はあるでしょう。
なお、日本軍の米本土攻撃は、一〇月ハワイ完全占領から準備なので、一九三四年一二月〜翌年一月が米本土攻撃になります。
そして占領したハワイに全聯合艦隊の稼働艦艇が集結し、勝利を賭けた最後の決戦へと赴きます。
なぜ、勝利を重ねている日本軍にとって最後かと言うのは、何度か言っているように、これで勝利を決定づけないと停戦のチャンスを逃してしまい、いかに西海岸を業火で焼き尽くそうとも、後はアメリカの巨大な生産力の前にズルズルと敗北が待っているからです。
聯合艦隊は、この最後の決戦に完全勝利して、彼らを講和テーブルの席に着かせなくてはならないのです。
気分的には、日露戦争の終末期に近いかもしれません。
まあ、一回の戦争で三度日本海海戦をしろと言われた海軍将兵にとっては、たまったもんじゃないでしょうけどね。
一方、日本軍の次の侵攻準備の間に、米議会は紛糾します。
日本艦隊の次の目標は、間違いなく北米大陸西海岸です。
順当な流れとしては、以上のようになるでしょうか。
無謀で正義のないな戦争を始めた大統領に議会が罷免を通達し、大統領が自らの権限で抵抗。
さらに、日本に対する抗戦を継続しなければ、アメリカに未来はないと説きます。
大統領の行動は、自分から起こした形の戦争を惨敗のまま幕引きできないから、アメリカの広大な大地と国民を犠牲にして勝ちを拾おうという行動です。
しかし常識的な意見が強いままなら、アメリカの良識と常識に否定されるでしょう。
そして、アメリカにとって今や恐怖の的となっている八八艦隊が、西海岸攻撃のためハワイでの集結を終えたという情報がもたらされます。
大統領はついに議会を抑えることができなくなり、自らの政治生命のため戦争継続しか唱えられない大統領は、市民の声に押された議会に否定されます。
かくして、議会から米大統領罷免が強く要求され、辞任せざるを得なくなります。
そして、副大統領から大統領に昇格した者(ジョン・N・ガーナー)により、日本政府にただちに停戦が打診さると言ったところでしょう。
終戦をかけて、いよいよ敵地の本当の懐である西海岸侵攻だと半ば悲壮な決意をしていた日本海軍にとっては、いささか拍子抜けした結末となりますが、かくして太平洋戦争はカーテンコールを迎えます。
いつの時代も戦争の幕切れなど、案外呆気ないものです。
第二次世界大戦が劇的するぎるだけでしょう。
かくして、八八艦隊はハワイにて勝利の凱歌をあげ、全太平洋の覇者が誰であるかを世界にしらしめ、アメリカ合衆国をその主砲の前にひれ伏させ、日本近代史上最高の栄光と掴むことになります。
もちろん、お約束として、八八艦隊には一隻の欠員もありません(笑)
この年の秋には、戦勝を記念しての特別大観艦式が行われ、八八艦隊の艦船たちが満艦飾で飾ってもらい、誇らしげに水平線のかなたまで並んだ艦艇群が堂々たる艦列を組んでいる光景が見られる事でしょう。
第一章 完
あとは、年表とザ・ディ・アフターになります。