第八節・艦隊編成補補足
前ページで列挙したのが、日米双方の一九三四年、太平洋戦争開戦時の艦隊編成になります。
ご覧になって分かると思いますが、日本側は最初に想定されていた八八艦隊の編成とは大きく変化しています。
それに引き替え米太平洋艦隊の編成は、史実から大きく逸脱していません。
この辺りの事情を艦隊編成を見ながら少し見ていきます。
ただしここでは、日米双方の艦隊編成を紹介しますが、「艦隊」としてのシステム面のみを重点的に紹介します。
ご注意ください。
◆聯合艦隊
一応おさらいしておきます。
アメリカ軍を迎撃するにあたり日本海軍側が八八艦隊の為に書いた脚本は、歴史的完全勝利に終わった日本海海戦をたたき台とした伝統的な漸減戦術です。
簡単に言えば、敵地よりはるばる日本近海に襲来する敵艦隊を、様々な戦術、兵器でもって段階的にすり減らし、決戦海域で可能な限り優勢な状態をもって主力艦隊を用いて撃滅すると言うものです。
この戦術は、日本海軍が真の外洋海軍とならない限り決して変わることのない、かなり手前勝手な必勝戦術となります。
まあ、他に手段がないので、仕方ないでしょう。
そして、ここでも大前提は変わっていません。
ただし、史実より少し広く内南洋が自らの勢力圏となっている事もあり、史実と似た流れで、日付変更線の辺りで防衛する事が目的になってしまいます。
おかげで、初期の想定より遠方のマーシャル諸島沖が決戦海域として想定されます。
この点は、史実とさほど変化はありません。
しかし、この世界の日本は、史実より金持ちです。
海軍にも無駄なぐらいお金をかけています。
そしてある意味世界一贅沢となった日本帝国海軍は、自らの戦略をより柔軟に実現するため、高速給油艦など支援艦艇も出来うる限り整備しています。
この点が、マーシャル諸島沖海域で日本側本意の機動決戦を可能とする重要な要素となります。
支援艦艇が多数存在するのは、艦隊根拠地の存在しない環礁などに一夜にして拠点を作り上げる、いわゆるサービス部隊を保有しているためです。
(※マーシャル諸島を決戦海域とした後の史実の海軍も、本来は整備したかったはずです。)
決戦海域は、マーシャル諸島沖。
では、そこでの戦術はどうなるでしょう。
迎撃に際して聯合艦隊の基本戦術は、日本海海戦のような、第一段:主力艦隊による昼間砲撃戦、第二段:水雷戦隊よる夜襲、第三段:主力艦隊による昼間砲撃戦・・・と、カイザー・ラインハルトも真っ青の、まるでパイの皮のような重厚な機動縦深防御陣(日露戦争での聯合艦隊の戦術の場合、この名称こそ相応しいと思います。)によって、敵艦隊を文字通り消滅させてしまうものです。
同作戦は、日本海海戦において完全なまでに機能しました。
ロシア艦隊が長期遠征ですでに大きく疲弊していた事、日本側の戦術が優れていた事、第一段、第二段が日本側の戦術ミスが総合的に最小限に留められた事などから、(特に第一段が)異常なほどうまくいったからです。
しかも、迎撃作戦の半分のところで敵艦隊が実質的に消滅してしまうという程うまく機能しました。
歴史上、これほど海上戦闘が一方の事前の思惑通り進展した事は稀ではないでしょうか。
特に近代においてはもはや異常と言えます。
ただし、近代日本が建設した『六六艦隊』と聯合艦隊が、近海迎撃システムとして完成されていたとも言えるかもしれません。
では、一九三〇年代における漸減作戦はどうなっているでしょうか? 仮想敵はロシア海軍からアメリカ太平洋艦隊に変わりましたが、兵器の進歩と秀才参謀たちにより、戦術はさらに磨きがかかります。
演習なら、まず間違いなく敵艦隊が消滅するよう練り上げられているでしょう。
何度も何度も行われた演劇舞台のように演習では演じられている事と思います。
史実では、九段階にもわたる緻密な漸減戦術と言う形で完成する事になります。
史実においてですらそうでした。
二十四隻もの鋼鉄の海魔を擁する聯合艦隊なら、演習の上なら全く問題なく敵艦隊を殲滅できる事でしょう。
まさに、日本側から見た場合完璧なシナリオであり、水戸黄門より分かりやすいストーリーになる事でしょう。
しかし明治と昭和では、技術の進歩がいささか兵器にも変化を強要します。
する筈です。
ただし一九四〇年頃と違い、航空機は偵察と艦隊上空の制空任務以外では、まだまだ大して役に立たないとされています。
つまりここでの変化は、魚雷を主戦兵器とする水雷戦隊と潜水艦と言う事になります。
もちろん、富岡参謀が練り上げたとされる、九段階にもわたる迎撃陣とその中核たる超大型戦艦と航空母艦による迎撃陣はまだ存在しません。
在るのは、相手とほぼ互角の正面戦力を持った八八艦隊を中核とした、実に漢らしい砲雷撃戦を中心に据えた迎撃陣です。
つまり、基本的には高度な機動性を維持しつつ砲雷撃戦で敵を撃滅するという点で、根本的な変化は見られないことになります。
さらに技術的な変化を見ると、日本海軍では水雷戦術が史実同様八割の比率を克服するために、六十一センチ魚雷の採用と高性能駆逐艦の大量建造による異常なほどの強化が見られます。
これは、日本海海戦における水雷戦隊の活躍も影響しているので、八八艦隊において魚雷が補助戦力として最も重視すべき戦術となります。
ただし、酸素魚雷はこの時代にはありません(九三式なので、開発されたばかりと言うべきでしょうか。
量産配備は戦時に入ってもギリギリ新兵器ぐらいでしょう)。
日本海軍の水雷戦重視は、日本側が相手より戦艦数が少ない事と、軍縮条約により今以上の戦艦が建造できない事で確実となります。
そうです、史実同様の流れに沿って水雷戦隊は増強されるのです。
そして、就役した膨大な数の水雷戦用巡洋艦と大型艦隊駆逐艦たちを、明治の艦隊編成のまま縛り付け、そのまま主力艦隊と共に運用してはもったいないので一つにまとめあげるでしょう。
史実においてそうだったように、水雷戦を初戦における強力な打撃戦力とするのは、八八艦隊の存在する世界でも似たような経路を辿る事となります(経路は多少違うが)。
もっとも戦艦の数が多いので、史実と違い第二艦隊は水雷艦隊にはなりません。
第一、第二艦隊は、従来通りの主力艦隊となります。
大規模夜間水雷襲撃戦を行うための専門の艦隊は、第三艦隊として再編成されます。
ただし、本来偵察艦隊である第三艦隊まで決戦艦隊にしてしまうと、当初兵力としてフィリピンを封鎖・攻略する戦力がなくなります。
しかし、敵主力艦隊の動員と侵攻が始まるまでに、第一か第二艦隊の一部が派遣されて補完されるでしょう。
また第三艦隊自身が分派される事もあるでしょう。
艦艇数が多いのですから、新たに艦隊を設立しても良いぐらいです。
そして植民地警備艦隊程度なら、主力艦隊の消耗なしに敵艦隊撃滅は容易い事でしょう。
また、フィリピン攻略船団の護衛は第一次世界大戦で誕生している海上護衛艦隊が引き受ける事になります。
フィリピンのアメリカ軍が弱い理由は、米政府の政策により軍の予算そのものが少なく、アメリカ軍の兵力が平時においては基本的に太平洋と大西洋に広く分散しているからです。
彼らが太平洋に兵力を集中して太平洋を押し渡ってくるまで、十分な時間があると考えるのが自然でしょう。
なお、第四、第五艦隊は従来の通り、第四艦隊は内南洋警備、第五艦隊は北太平洋警備の為の哨戒艦隊となります。
また潜水艦については、基本的には偵察と漸減のための補助戦力です。
それぞれの艦隊に従属しており、通商破壊などの目的で統一運用される事はありません。
特に戦闘初期における役割は偵察能力と、敵に見えない圧力を加える事で相手を心理的に疲弊させる事にあります。
この点は、日本が第一次世界大戦に積極的に参戦していても変化する可能性は低くなります。
実際の役割分担は、大型潜水艦が艦隊を離れて長躯ハワイなどの哨戒を行い、呂型の小型潜水艦が漸減戦力として艦隊の近在に布陣し残敵掃討に従事する事になります。
そして最後に、第二次世界大戦で大活躍した空母です。
各艦隊に従属している空母には、艦隊上空の制空権奪取と偵察のためにのみ存在しています。
敵艦攻撃はほとんど考慮されていません。
なぜなら、一九三四年では航空機はまだまだ非力な存在だからです。
まともな攻撃力を持った攻撃機の完成は望むべくもありません。
基地航空隊と連携して、長距離偵察と艦隊防空を任務として艦隊戦力の補助を担います。
そして基地運用する航空機を持てる日本海軍の方が、偵察面で優位となり、機動力に優れた戦力を「これ」という目標に投入しやすくなります。
こうして聯合艦隊は、第一陣は夜間襲撃を担当する第三艦隊、その後敵主力艦隊に決戦を挑む第一、第二艦隊と言う布陣になります。
第三艦隊の一番の獲物は、米艦隊前衛で巨大な偵察艦隊を構成しているであろう、レキシントン級を中核とする艦隊です。
軽防御しか施されていない薄着の彼女たちを、無数の魚雷で突き崩すのが主な任務です。
その後、第一、第二艦隊を以て、低速であるが重防御を持つ敵戦艦群を、機動力でもって有利な位置を占め撃滅を図ります。
第二段階がうまくいけば、第一〜第三の攻撃力を残している全艦艇を以て追撃戦を行い、太平洋上からアメリカ太平洋艦隊を殲滅します。
また、この段階で潜水艦は落ち武者を狩るように、損傷してわずかな護衛か場合によっては独力で帰還を目指す艦艇の殲滅を開始します。
なお、戦況によっては第四艦隊も追撃時の予備戦力として、哨戒任務から予備戦力とされ、戦隊単位で追撃戦に参加を行うことになります。
◆アメリカ太平洋艦隊
アメリカ軍の作戦計画は、有名な「レインボー・プラン」。
その中の対日戦略を表す「レインボー・プラン・オレンジ」です。
同作戦計画は、4つの段階からなっています。
第一段階は日本軍によるグァム島、フィリピンの制圧です。
ここでアメリカ軍は、防衛的行動にのみ専念します。
続く第二段階でハワイへの兵力集中を行った後、全艦隊を以てフィリピンを救援する部隊を護衛しつつ太平洋を横断し、同時に迎撃に現れるであろう日本艦隊を撃破する事が目的となります。
そして第三段階でグァム島、フィリピンを奪回し、沖縄に橋頭堡を築きます。
最後の第四段階は、日本を海上封鎖して海上交通の面から締め付けるという、単に艦隊撃滅だけを目標とした日本の艦隊決戦プランよりも進んだ戦略的視野も入った計画です。
また、日本が内南洋を領土に編入したため、内南洋も中継点として使用できる事から、中部太平洋を押し渡るルートが主要な戦術になります。
なお米国にとって、大英帝国も敵です。
レインボーの一番目、レッドを当てるほどの仮想敵国です。
そこで英国も敵とした場合、南太平洋からの進撃も可能になります。
しかし、大西洋を我が物顔に行き来する英国を完全な敵とすると、いくら戦力があっても足りません。
形振り構わない全面戦争でもしない限り、オプションとしては危険なため選択される可能性は低いでしょう。
その上、英国とは直接戦争をしなくても、最低限北米東海岸を守備する必要があるので、全艦隊を太平洋に回すことも出来ません。
さらに、侵攻してくる敵艦隊を撃滅すればいいだけの日本艦隊と違い、できるならフィリピン救援のための陸軍を乗せた輸送船団にもある程度有力艦を割かねばなりません。
艦隊の前衛となる偵察部隊も手抜きできません。
戦力の集中と言う点でどうしても日本に劣ります。
ならば、輸送船団など日本艦隊を撃滅した後に連れてくればいいだろう、と言う意見が出ると思います。
しかしそれでは、単に相手艦隊を撃滅するだけしかできません。
本来重要な目的の一つであるフィリピン救援が遅れる可能性もあります。
アメリカ軍の目的に合致しません。
そしてフィリピン救援の遅延は、アメリカの領域を敵に委ね、見た目には見捨てたと映り、アメリカ国内に政府批判や厭戦気分が醸成される可能性があるため無視できません。
また、支那に圧力を加える日本艦隊を牽制するためと、日本の下腹部を牽制するためにも、フィリピンに少数でいいから戦艦を派遣すれば、日本に対して大きなイニシアチブを取れる可能性も高くなります。
この場合のフィリピン艦隊は軍港にこもりきりの艦隊保全で構わないので、それ程大きな戦力はいりません。
第二次世界大戦のドイツのテルピッツよろしく、相手を睨んでいれば良いのです。
ただし、フィリピンにはあまりに有力な艦隊を派遣すると、日本を刺激しすぎることになります。
艦隊を派遣した時点で日本の過剰反応を呼び起こし戦争となります。
ヘタをすれば派遣途中に戦争が勃発し、単なる各個撃破のチャンスを日本に与える事になります。
このため最初のフィリピン派遣は、最低限の旧式戦艦数隻程度となります。
アジア艦隊の艦隊決戦での目的は、相手政府への圧力と敵の牽制以上は求められません。
もちろん、いきなり大部隊を護衛しつつ、全艦隊をあげて太平洋を進撃するというオプションもあります。
しかしこれでは、誰が見てもアメリカ側から戦争をふっかけている様に見えてしまいます。
戦争の正義を欲しがるアメリカ市民、アメリカ政府としては、選択する可能性は低いと言えるでしょう。
では、実際進撃を行う米艦隊の編成ですが、恐らく低速の戦艦群を全て一つにまとめた巨大な打撃艦隊を中核として、前衛にレキシントン級からなる重偵察艦隊、後方に輸送船団を伴う護衛艦隊という構成になります。
戦術状況、戦略状況によっては、輸送船団はないかも知れませんが、ここではアメリカ軍が短期決戦を目指す戦術を採り、ゆえにマーシャル攻略の船団を伴っていると仮定します。
ただし、日本が巡洋戦艦を主力艦隊と共に行動させている対抗上、レキシントン級を含む艦隊も主力艦隊と共に行動する可能性もあります。
しかし、本来レキシントン級は本格的な戦艦との砲撃戦を前提としていません。
そしてアメリカ軍は、輸送船団の安全のためにも敵を早期に発見して決戦に及ばないといけない点から、有力な偵察艦隊を前衛に配するしかありません。
レキシントン級が、最初から主力艦隊として運用をされる可能性は低いと考えられます。
また、計画当時のアメリカ海軍のドクトリンにも、巡洋戦艦を戦艦と真っ正面から殴り合う戦力としての運用はあまり考えられていません。
そう言う意味でレキシントン級は、日本の第三艦隊は格好の標的と映るでしょう。
アメリカの巡洋戦艦は基本的に巡洋艦を狩るためのものであり、加えて敵主力を誘い出す為のものだからです。
それに格下の金剛級もいます。
なおアメリカ軍の偵察も、潜水艦の役目と思われるかも知れません。
しかし敵地のど真ん中で十六〜十八ノットの高速で動き回る日本艦隊を捕捉し、近距離から敵の概要を詳しく偵察するには、潜水艦ではいかに濃密な偵察を行っても、前線偵察において役者不足です。
これは、日本海軍が史実と違い第一次世界大戦から対潜戦術も重視している事も影響します。
次に、アメリカ軍の全体の戦術はどうでしょうか。
これについては、今まであまり論じられているのを見たことありません。
見受けられるのも、大東亜戦争での史実のように、単にアメリカ軍お得意の力押しで、全艦隊を日本艦隊にぶつけて敵を撃砕してしまおうと言うものばかりです。
確かにアメリカ軍が旨とするのは、物量戦を旨とする横綱相撲です。
最も正しい戦争の仕方です。
しかし「侵攻海軍」を旨としている以上、偵察と後方支援についても重視する傾向があります(と言うかそれが当然だが)。
この世界では、レキシントン級を中核とする偵察艦隊、過半の戦艦が集められた主力艦隊、輸送船団を伴う本隊が、それぞれそれなりの距離を開けて進撃しているのではないでしょうか。
各艦隊がある程度離れている理由は、偵察艦隊はその俊足を活かし前線で広範な偵察活動を行うためです。
輸送船団は、万が一敵艦隊に捕捉される可能性をより低くしておくためです。
ですが、偵察艦隊は大きな砲力を持ったレキシントン級六隻を含む以上、敵主力艦隊発見後は本隊に合流し、決戦においては遊撃戦力として活躍する事がやはり想定されているでしょう。
簡単に言ってしまえば、アメリカ海軍が目指しているのは、輸送船団の事を考えなければ、英独が繰り広げたジュットランド沖海戦の焼き直しです。
海軍の戦術傾向として、最新の戦闘の例から戦術を構築するという向きがあるので、これはかなり確実なのではと考えます。
第二次世界大戦の史実の地中海で、英伊との間で発生した大規模海戦でも似たような状況があった事から、欧米での一般的な戦術と言えると思います。
日本海軍のように日本海海戦を第一の教訓として、巡洋戦艦と戦艦を組み合わせた機動(決戦)戦術の方が、いかに有効であったとしてもむしろ異端と言えるでしょう。
かくして、実戦経験豊富な異端の海軍と、戦争経験のない正統派海軍が中部太平洋で激突します。