外の世界
来週はお休みします。
「んーっ……。きもちぃー」
「雨、上がりましたね」
「畑は大丈夫だろうか」
ぐっと伸びをする紫雲英。その隣にはルピナスとチャイブがいる。
あの日から、早いもので1ヶ月が経った。順調に島暮らしは進み、三人の仲もすっかりよくなっている。度々魔物に遭遇するために、自然と自衛の手段も身に付けていった。
一方で、あの日使った魔法については誰も触れない。豹変した紫雲英のその過去も、チャイブやルピナスに何があったのかも、何も知らないまま三人はここで生きている。誰もが触れることを恐れ、触れられることに怯えている。きっとここにいる限り、その関係は崩れないだろう。過去のことを気にするよりも今の生活を安定させることに尽力していたということも理由の一つかもしれない。
「……色々、考えてみたんだけど」
「どうした?」
「いやさぁ。ルピナス氏もチャイブ氏も、どうするかは自由なんだけどさぁ。……一回、ここを離れようかと思って」
だが、紫雲英はその関係を終わらせることにした。紫雲英の性格は過去の事件から変化してしまったものだ。自堕落で娯楽を最優先するが、その本質は違う。
「おれ、知りたいんだよなぁ」
たしかに此処は居心地がいい。だが、紫雲英にはどこか物足りない。彼は何より、誰より優先したいものを持っている。
「知りたいんだよ。全部。どうしても、知りたい。それはきっとこの世界にとっては困ることだ。多分追っかけ回される。でも、おれは知らなきゃいけない。知って、それから、多分。……帰りたい」
「ゲンゲさん……」
帰らなければ。特にこれといって思い入れのない両親だが、学費を出してくれていた分は返さなければならないし、息子が行方不明となれば心配くらいはするだろう。もしかしたら精神やられて廃人になるやもしれない。
「おれさぁ。妹がいたんだよねぇ」
思えば男を腐らせたのも、異性のキャラを見て妹を思い出したくなかったからだった。今ではもうどうということもないのだが、昔は本当にダメだった。
「妹が殺された時に感じた理不尽も、『どうして』っていう感情も、答えが見つかるかもしれない。八つ当たりかもしんないし、犯人はもう死んでるけど、おれは知りたい」
何故魔法なんてものが生まれたのか。何故帰還者は暴れるのか。何故魔法災害が起こるのか。そもそも何故異世界に呼ばれてしまうのか。何故、何故、何故。
「おれ、今でも思うんだ。どうしてあの時、おれは妹を助けられなかったのか」
鮮明に覚えている。紫雲英の目の前で血を流して倒れた妹を、その腕に抱えられた小さな命を、救えなかった自分を、怒りを、肉を裂く感触を。
そして、命を操った代償を。
「もう、見ないふりは疲れたんだ」
ルピナスは救えた。でも、考えてしまう。何故この力を手にした時に妹は息絶えていたのか。何故自分はあの時、『創造』してしまったのか。
「だからおれは行く」
「そうか。武器の手入れをしなければ」
「食料とか、支度してきます!」
「……いやいや、二人はいいんだよ?」
「今更つれないことを言うな。友だろう」
「そうです!ゲンゲさんに迷惑はかけませんから!」
なんだか不思議な気分だ。何も打ち明けていないのに、二人は紫雲英を信じ、紫雲英も二人を信じている。きっと元の世界では考えもつかなかっただろう。
「しゃーないなぁ。行くか」
きっとそれは新しい一歩。向き合うための一歩であり、乗り越えるための一歩。
「……なぁ、紫苑。そっちに行く時には、土産話たっぷり持ってってやるからな。お前が見たがった海の話も、色んな景色も、美味いもんも」
果たしてこの空の彼方を超えた場所で、彼女は見ているのだろうか。