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鼓草 紫雲英

ボーイズラブ要素は薄いです。メインではありません。

「__!____!!__、______」


 誰かが叫んでいる。


「____」

「__、____」


 すすり泣くような声がする。


「__」

「お__た____でくれ」


 静かに、無感情な言葉が紡がれた。


ーーーーー


 意識の覚醒と共に己が見たのは、薄い雲の向こうで光る太陽だった。


「……」


 鼓草(つづみくさ)紫雲英(げんげ)は、小さな島国に生まれたしがない一市民である。一言でその特徴を捉えるとすれば、「平凡」である。世の中高生が悩まされるニキビ、オイリー肌、乾燥などといった肌トラブルに縁がないのが自慢だろうか。ぶっちゃけ漢字だと名前が難しいし、初対面で字と読みを一致させる人は早々いない。顔は地味目でぱっとしない上、苦手は無いが得意もなく、華奢で筋肉も付きにくい。お蔭様で小中高とロクな思い出がない。


「……あの雲、神山先輩に似てるなぁ」


 などと、好きな小説のキャラを思い浮かべながら現実逃避を続ける紫雲英。もちろん気付いている。どうしてこうなったのか、記憶は定かではないが間違いなく言えることがある。


「……半島だったら嬉しいんだけどなぁ」


 山生まれ山育ち、都会なら見たこともあるし外国に行ったこともあるが海とは縁遠い存在であった。両親はカナズチだったのだ。だが、仰向けのままの耳に入る潮騒、サラサラとした砂の感触、横目に映るコバルトブルー。


「これが海か……現物って案外迫力あるんだなぁ」


 高校生にもなって生の海が初見とは。しかし初体験が見知らぬ土地なのはよろしくない。まずここが安全なのかどうか、島なのか半島なのかくらいは確認すべきだ。長々と歩くのは疲れるので、とりあえず高い位置にある太陽が沈む前にはここに戻ろう。目印は……まあ、この辺りの砂を削っておけばいいだろう。


「さて」


 紫雲英は足跡を残しながら歩き始めた。


ーーーーー


「お腹空いた……」


 途中波打ち際で遊びながらゆっくりと五時間程掛けて、最初の位置に戻ってきた。その頃にはすっかり空も茜色に染まり、くうぅと紫雲英の腹が音を立てる。充電が半分程残っているスマホによるともう夕飯時。

 だが、歩き回って棒のようになった足でこれ以上動きたくない。紫雲英は斜めに肩掛けていた鞄の留め具を外して、内ポケットから棒状の携帯食料を取り出した。若草色の大容量でポケットが多いそれは、紫雲英のお気に入りだ。筆記具もタブレットPCもモバイルバッテリーもイヤホンもノートもスケッチブックも、なんでも入る。図鑑も辞書も余裕の収納だ。

 砂浜に寝転がって、バーを咀嚼しながらタブレットPCを立ち上げる。そのデスクトップは、紫雲英が愛してやまない推しの少年たちのイラスト。


「あ〜今年の春雪オンリー神絵師の『アマモ』様が新刊出すのにぃいいい!ノベルティのアクリルスタンド欲しかったのにぃいいいい!!」


 ……鼓草紫雲英は、生粋の腐男子であった。

 タブレットPCやスマホ、ペンは超ハイスペックでアナログの漫画キットを持っているが、コミケに参加するわけではなく、製本も未経験。世の神絵師達のような綺麗なイラストも描けないし、小説だって褒められたものではないからコンテストに出場なんてしない。

 いわば完全に趣味である。趣味にここまで金を掛ける高校生は紫雲英くらいだろう。バイト禁止の高校なので一般家庭の家計は嵩む気がするが、紫雲英はリアルラックが高めで宝くじを外したことがない。よって何の問題もなかった。


「しばらくは自家発電かぁ」


 家の据え置きパソコンの方が性能はいいが仕方ない。第一、何故自分が部屋着の状態で無人島に放り出されたのかが謎だ。バッグを持っていくのは外出時なので部屋着のままというのは考えにくい。そこから導き出される答えはひとつ。


「家、ぶっ壊れたか」


 身体が無事なので炎魔法による火災かな、などと続けて、事故ならしょうがないと溜息をついた。都会とは物騒なものなのである。紫雲英は高校進学の際に、都会のそこそこいい進学校に進み一人暮らしを始めた。学校近くの高い部屋を借りたのに魔法災害に出くわすとは運がない。

 魔法災害とは、紫雲英の住む国、大和で時折起こる魔法関連の災害のことだ。一昔前に「帰還者」が魔法を使って暴走した様が災害のようだったことから名付けられた。何故か大和の人間に限って魔法の存在する異世界に受動的に転移することがあり、転移先から大和に戻ってきた者を「帰還者」と呼ぶ。彼らは魔法を扱うことができ、彼らが連れてきた「使役獣」と呼ばれる知能の高い生物が僅かながら大和に生息している。

 まあ言ってしまえば魔法によって生み出された炎の火力が耐熱性を上回った訳だ。強力な魔法の発現地周辺には歪みが生じやすいため、渡航事故にあったのだろう。渡航事故とは転移の一種で、飛ばされるのが異世界なのかちょっと遠いけど自分の世界なのかも分からないのが特徴である。異世界である確率は低い。


「ま、別にいっか」


 WiFiルーターはあってもインターネットがなければ調べ物は無理だが、オフラインでもダウンロードされた電子書籍は読める。紙媒体と両方買っててよかった。最悪奥の手もあるので、救助隊が来なくても生きていけるだろう。


「明日は何すっかなー」


 星空の下、砂浜で寝転がって紫雲英は就寝した。

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