④ 『裏通りにて』
「へぇ~。<パニヨン>にイルリアさんを護衛に向かわせたんですか」
「ああ」
前をしっかり警戒しながらも、無愛想で聞かれたことしか口を利かないジェノから情報を聞き出したキールに、レイは関心半分呆れ半分で、私語を注意する気力も無くなる。
それに、あのイルリアという女が一人加わったことでどれほどの影響があるのかはしれないが、<パニヨン>の守りが少しでも強固に成るのを歓迎こそすれ嫌う理由はない。
<パニヨン>とは、レイ達がよく行く大衆食堂である。
そこの料理人には、彼を含めた自警団の若い連中はお世話になっている。特にこの通り魔騒動が始まってからは、夜食の提供も申し出てくれて、まだ肌寒い春先の巡回の唯一の楽しみになっている程だ。
それからしばらく巡回を続けたが、さしたる成果はなかった。
レイ達がしたことといえば、外出禁止令を破って外に出ている輩に帰宅するように注意をしたことくらいしかない。
そして、巡回区域の末端部分の裏通りでも夜間外出禁止を破っている人影がいくつも見えた。
その人影は、みんな女だった。
若い者もいれば、歳を重ねた女もいる。だが、彼女たちに共通しているのは、まだ肌寒い中だと言うのに、露出の多い服装をしていること。
「どうします、レイさん?」
「……ひとまず奥まで行く。そして、戻ってくるだけでいい」
キールの重い声に、レイはそう返して早足で歩く。
この区画は歓楽街。普段であれば夜は飲み屋に人が溢れ、賑わっているはずの場所だ。
そして、そういったところには、彼女たちのような一晩の恋を売る娼婦たちもいるのだが、件の化け物騒ぎのせいで、ここを歩く男の姿は殆どない。
「ねぇ、そこのお兄さん」
「安くしておくよ。それに、サービスも……」
努めて明るい声で話しかけてくる女達を無視して、レイ達は巡回を続ける。その代わり、彼女たちの商売を止めはしない。
それがよくない行為だということは分かっている。だが、それ以上に、彼女たちにも生活があるのだと知っているのだ。
外出禁止令が出されたのと同時に、各酒場や飲食店などに対する援助金が支給されることになった。
店を潰さないための措置で、一応はこの対象に娼婦も含まれてはいる。だが、それは大きな売春宿だけで、場末のそれは含まれていないのだろう。
娼婦という商売は、社会通念上、立派な職業とは考えられていないはずだ。しかし、だからといってそれの関係者全てを侮蔑するほど、レイ達は物を知らないわけではない。
この肌寒い中、誰が好き好んで、こんな薄着で死傷者が出ている街中に立っているというのだ。糊口をしのぐためにやむを得ずに行っているのだ。
幸い、レイは彼女達ほど生活に困窮したことはない。けれど、寄る辺ない気持ちは理解できるつもりだ。
「……くそっ……」
早足で歩くレイの口から、思わず声が漏れる。それは、やるせない気持ちの現れだった。
顔は見えないが、キールも自分と同じような顔をしているのは想像に難くない。
「……『正義の味方』っていませんかね? こんな困った状況を、あっという間に解決してくれる存在が……」
キールの口からそんな弱音とも取れる言葉が漏れたのを聞き、レイは拳を握りしめる。
「いねぇよ、そんな奴は。だから、俺達みたいなのが頑張らなければいけないんだ」
「……そうですね」
レイとキールはそう言葉を交わし、改めて事件の早期解決に努めようと気を引き締める。
しかし、ふと隣に視線をやると、自分達とは対照的に、この状況にも眉一つ動かさないジェノの仏頂面が目に入って来る。
(やっぱり、俺はこいつが嫌いだ)
レイは心のなかで、人間味のない男への文句を口にするのだった。