③ 『赤髪の女』
女二人に馴れ馴れしく話しかけようとする二十歳前後位の男が三人見える。
気弱そうな少女は怯えているようだが、燃えるような赤髪を短く纏めた気の強そうな女が男連中に文句を言っている。
そして、レイはその赤髪の女に見覚えがあった。
「お前ら、夜間は外出が禁止されているのは知っているだろう? すぐに家に帰るんだ」
助ける必要がない気もするが、これも仕事だと自分に言い聞かせて、レイは口論している五人の前に歩みより注意する。
自警団の団服を身につけた人間の登場に男たちはぎょっとしたようだが、それも一瞬。相手が自分達より年若いと見るや、男たちはニヤニヤと小馬鹿にした笑みをレイ達に向け、口を開く。
「ああ、これは自警団の方々。お努めご苦労さまです。ただ、なーんにも俺達は悪いことなんてしていませんよぉ」
「そうですよ。もう日が落ちきりそうなのに、こんな所を歩いている女の子がいたので、親切心で家まで送ってあげようとしていたんです」
「そのとおり、そのとおり」
自分達は馬鹿ですと遠巻きに紹介しているような物言いに、レイは呆れ、彼らを無視して、地味な色のジャケットにズボンという色気の無い格好の赤髪の女に視線を向ける。
「イルリア、なにがあったんだ?」
「見れば分かるでしょう? この馬鹿三人が、家に帰ろうとしていたこの娘に声をかけて困らせていたのよ。それで、偶然通りかかった私が、これからお灸を据えてやろうと思っていたのよ」
「……そうか。まぁ、予想通りだな」
レイは嘆息し、男たちの方に視線を戻す。この忙しいときに、余計な仕事を増やされたくないと思いながら。
「お前たち、時間が時間だから今回だけは見逃してやる。だから、とっとと家に帰れ」
ぶっきらぼうな物言いだが、レイは男たちに譲歩してやったつもりだ。だが、その物言いが癇に障ったのか、男たちの表情が剣呑なものに変わる。
「キール、ジェノ。お前たちは下がっていろ」
男たちの雰囲気から、キールとジェノが前に出ようとしたのをレイは制する。しかし、そのことが一層男たちを怒らせてしまう。
「このガキ! 自警団だからって下手に出てやっていれば調子に乗りやがって!」
男は三人とも異口同音に、聞き飽きた文句を口走る。
どうしてこう語彙が貧困なのだろうと、職業柄この手の輩を相手にすることが多いレイはほとほと呆れながらも応戦するために構える。
男達は素手で殴りかかって来たので、レイも腰に帯びた剣を抜きはしない。
最初の男の拳を軽く躱すと同時に中段突きをみぞおちに叩き込む。
レイの一撃を受けた男は、それだけで臓腑からせり上がってくるような苦悶の声なき声を上げる。
更にはそのことで、位置取りもわかっていない他の二人の攻撃は、悶絶する男の体が邪魔でレイに届かなくなる。
その隙きに、レイの右の上段蹴りが残った男の一人の顔面を捉えた。蹴りを顔面に受けた男は鼻血を流しながら、尻を天に突き出すような体制で顔から地面に崩れ落ちる。
「あっ、ああ……」
あっという間に仲間二人が戦闘不能にされたことで、最後に残った男にはもう抵抗する意思は残っていなかった。
「おっ、俺達が悪かった! 謝る! 謝るから許してくれ!」
「だったら、とっとと家に戻れ。何度も同じことを言わせるな」
そう言って目でキールに合図をすると、彼は手慣れた様子で、気絶した男の目を覚まさせるべく活を入れる。
みぞおちを突かれた男も、レイが手加減をしていたため、すぐに呼吸も落ち着いた。
「一応、お礼を言っておいたほうが良いかしら?」
赤髪の女――イルリアが尋ねてきたが、レイは首を横に振る。
「いらねぇよ。これが俺達の仕事だからな」
レイはそこまで言うと、しっぽを巻いて逃げていく男達を横目で見て、キール達に巡回を続けるぞと声をかける。
だが、距離がある程度離れたところで、男達はレイに文句の言葉を投げかけてきた。
「畜生! 俺達を痛めつけて偉そうな事を行っている暇があるんだったら、とっとと通り魔事件の犯人を捕まえろよ、無能!」
「そうだ、そうだ! お前たちが無能なせいで、俺達は夜あそびの一つもできねぇんだからな!」
「後で絶対に訴えてやるぞ、へぼ自警団!」
それは負け惜しみ。子供じみた文句。だが、レイの怒りの琴線に触れる言葉だった。
レイは無言で男達を睨む。それには、殺気さえ込められていて、それを感じ取ったのか、男達は大急ぎで逃げ出していった。
「やれやれ。もう少し手加減しなくても良かったんじゃあないですか、レイさん?」
あれだけ痛めつけられてもまったく懲りていない男達に、キールは呆れて両手を方まで上げて首を横に振る。
戯けたようなジェスチャーだが、彼の目はまったく笑っていなかった。
「イルリア、その娘の事を頼んでもいいか?」
それまで無言だったジェノが口を開き、イルリアに尋ねる。
「ええ」
「そうか。頼む」
イルリアとジェノの会話はそれだけだった。
これでこの二人は同じチームだというのだから、冒険者というものは良く分からないとレイは思う。
「僕も同行しましょうか?」
「いらないわ。この娘の家も、すぐ近くらしいから」
キールの申し出を断り、イルリアは踵を返す。そっけない態度だが、未だに震えている少女に掛ける言葉はとても優しいものだったので、レイはこの場は彼女に任せることにした。
自警団は万年人数不足なのに加えて、女の隊員がほとんどいないということが問題でもある。
被害者などが女性の場合には、やはり同性の頼れる存在がいたほうが良いだろうことは皆分かっているのだが、こんなつらい仕事を自ら進んで選ぶもの好きはいないのが現状だ。
(問題ばかりだな……。本当に、報われない仕事だぜ)
レイはそう心のなかで愚痴を漏らし、見回りを再開することにしたのだった。