④ 『主従の会話』
テーブルに広げた旅の必需品を確認しながら、うんうんと頷くのは金色の髪の絶世の美少女だった。
旅支度を始めてみると、これが存外楽しいことにマリアは驚く。
いつまでも返ってこない実家からの返事と、その結果、<パニヨン>に食事をしに行く以外は、ほとんど宿に軟禁状態であったので、それから開放されるというのは思った以上に開放感に溢れていた。
年頃の女の意地で、決して体型を崩さないように部屋でできるだけのトレーニングをしてはいたが、それにも限度がある。そういう意味でもマリアは今回のパメラの依頼に自分が参加することを好意的に考えていた。
それに……。
不意に、部屋のドアがノックされた。この叩き方は間違いなくセレクトだと理解し、マリアは「どうぞ」と声を掛ける。
「マリア様。夜分にすみません」
申し訳無さそうなセレクトに、マリアはにっこり微笑むと、
「いいえ、構いませんよ。ただ、パメラさんの依頼に参加するなという話ならお断りしますけれど」
そう口にして話のイニシアチブを取る。
「セレクト先生はこう仰りたいのでしょう? 『また私の嫌な予感がしております。ですので、パメラさんの依頼に参加するのはお止めください』って」
「ええ。まさにそのとおりです。分かっておられるのでしたら、明日にでも撤回を……」
「嫌です」
マリアはにべもなくそう言うと、鼻歌交じりで保温性のある容器を手に、セレクトと自分の分のお茶を淹れ始める。
「マリア様!」
セレクトの硬い声に、しかしマリアは首を横に振る。
「私は、自分から力を貸すと言ったのです。それなのに、今更その言葉を反故にするなど、レーナス家の誇りに泥を塗る行為ですわ」
マリアは自分の向いにお茶の入ったティーカップを置き、無言でセレクトに席につくように促す。すると、セレクトは重い溜息をついて席に着いた。
「まぁ、一口飲んでみてください」
「頂きます」
セレクトはそう言ってティーカップを手にとって口元に運ぶ。すると、彼の顔が渋い表情から驚きに変わる。
「ふふっ、美味しいでしょう?」
「えっ、ええ。驚きました」
セレクトは素直な感想を述べ、もう一度ティーカップの中身の香りを嗅いでから再びお茶を味わう。そして、口元を綻ばせた。
「バルネアさん特製のブレンドハーブティだそうです。ただ、販売はしていないとのことですので、貴重ですよ」
「まったく、あの方には驚かされてばかりですね。料理だけでなく、お茶にもここまで造詣が深いとは」
「そうですよね。本当に。うちの領地に<パニヨン>があればと本気で思ってしまいそうです」
「ええ。確かに……。って、そんな事でごまかされませんよ、マリア様」
セレクトは慌てて表情を引き締める。それを見て、「もう少しだったのに……」とマリアは残念そうに呟く。
「冗談ではなく、パメラさんの依頼は危険な気がします。私のこういった勘が外れないことは、マリア様もよくご存知ではないですか!」
言われるまでもなく、マリアは良く知っている。セレクトが忌み嫌う才能のことを。
「ええ。分かっています。ですがパメラさん達に、セレクト先生の勘は外れることがないといくら訴えても、彼女達が計画を変えるとは思えません」
「マリア様が危険に巻き込まれるのだけは避けられます!」
その言葉に、マリアの顔から笑みが消えた。
「セレクト先生。私のことを大切に思ってくださるのは嬉しいです。ですが、私は貴族。皆の模範となることが求められる存在です。決して、我が身可愛さに安全なところに一人で逃げることなど許されません」
「ですが、それも場合によりけりです! 貴方という才女を失うことで、今後多くの民が涙することになる。私にはその事の方が……」
前のめりになって発せられるセレクトの言葉に、しかしマリアは再び首を横に振る。
「セレクト先生。もしも、今回のパメラさんの依頼に、あのオッドアイ集団が関わっているとしたら……。メイの命を奪ったあの、サディファスという男が関わっているとしたら、セレクト先生は、私といっしょに依頼を受けてくますか?」
「それは……」
言い淀むセレクトに、マリアはジト目を向ける。
「やっぱり、私だけ除け者にして、自分だけ参加するつもりなんですね。まったく、なんて薄情な……」
マリアはそう言って口を尖らすと、小さく息をついてお茶を口にする。
「マリア様。貴方は指揮をする人間です。そういう立場なのです。自らが危険に身を置くのは本当に最後の手段にしてください」
「……そうですか。分かりました」
あまりにも折れないセレクトに、マリアは硬い声で言うと、
「それでは、予定どおりパメラさんの依頼を二人で受けることに決定しました。もう絶対に変更しません」
今後の方針を決定してしまう。
「どうしてそうなるんですか!」
「あら、セレクト先生がご自分で仰ったんじゃあありませんか。最後の手段なら自分を危険に置いてもいいって。領地から這々の体で逃げてきた私達に良くしてくださった皆様に、実家との連絡も取れない今の私にできることは、この体を動かしてその恩に報いることだけですもの」
ここまで良くしてもらって恩を返さないのは許されない。それに、マリアは友人としてもパメラ達を気に入っている。恩返しなどなくても、彼女達の力になりたい。それに、幼馴染であるジェノの力にも……。
「……分かりました。マリア様が『絶対に変更しない』と言ったらきかないですからね」
セレクトはそう言って重い溜息をつく。
「セレクト先生。今の私には貴族としての力はありません。ですから、先生と私は一蓮托生だと思ってください。メイ達の仇を討ちたいという気持ちは同じなのですから」
マリアのすべてを覚悟した言葉に、困った顔をしていたセレクトは居住まいを正し、「畏まりました」と臣下としての礼を取ったのだった。




