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特別編⑦ 『その日は過ぎてしまったけれど』(前編)

 夜が更けるまで、ジェノは自室でベッドに腰を下ろして考え事をしていた。

 それは、長く研究していた試作料理を出した今日の昼のまかないが、メルエーナだけでなくバルネアにも好評だったことが起因している。

 もちろん好評であっただけであれば、慢心しないようにしながらも、自身のスキルアップを感じて次に進む糧にできるのだが、バルネアは更にこう続けた。


『惜しいわね。もう少しで店のメニューに載せてもいい出来なのに』

 と。


 その言葉はジェノに少なからず衝撃を与えた。

 肯定的に考えれば、バルネアほどの料理人の店のメニューに載せても遜色がない程の品を作れたこととなる。だが、否定的に捉えるのであれば、自分の料理には何かが欠けているということだ。決定的な何かが。


 そして、更にバルネアは続けた。


「メルちゃんはこのジェノちゃんが作った料理を参考にして、技術を磨く必要があるわね。そして、ジェノちゃんは、メルちゃんの料理をしっかり研究してみなさい。そうすれば、二人ともさらなるレベルアップができるわ」

「分かりました」

「はい!」

 ジェノとメルエーナは返事をし、今後の料理修行の指針を決めた。


 しかし、これがなかなか難しいことだった。

 だが、バルネアは『研究してみなさい』と言うだけで、細かくは指摘してくれなかった。メルエーナには『技術』と限定しているのにだ。

 つまりそれは、メルエーナに足りないものは技術だけだが、自分は彼女から一言では表せない多くのものを習得しなければいけないという意味ではないだろうかと推測される。


 ジェノはメルエーナの料理を評価している。自分の料理にはない発想を入れた料理はとても刺激になるとも考えている。だが、心の何処かで、まだ技術が伴わない彼女を下に見ていたのではないだろうかと、自らを戒める。


(思い上がるな。俺とメルエーナの技術の差などバルネアさんから見れば大差ない。それに、メルエーナにはあって俺の料理にはないものが多々あると言われているんだ)

 ジェノはそう心の中で自らに言い聞かせると、料理修行の事柄を記載しているノートにこの事を書いておこうと机に向かう。

 だがそこで、机の上においてあるハート型の箱が目に入ってきた。


「そういえば、まだ残っていたな」

 夕食を食べてから時間が経っていたこともあり、口が少し寂しくなっていたジェノは、その箱を開けて、中から、一口の大きさで紙に包まれたものを取り出す。


 だが、ジェノはそれをしばらくじっと見つめた後、

「……未熟の極みだ」

 何故かそう呟き、拳を握りしめたのだった。







 今日は天気も良く、ジェノの稽古も休みの日だ。

 店も午後早くに終わったので、メルエーナはジェノを買い物に誘おうと思っていた。


 俗に言う買い物デートと呼ばれるもので、以前のメルエーナなら恥ずかしい気持ちが先立ってなかなか誘えなかったが、今は交際しているという免罪符がある。


 一応は伝えておいたほうが良いと思い、母であるリアラ宛の手紙で、ジェノと交際することになった事を伝えたところ、ものすごく厚い手紙が送られてきた。

 まだ交際に発展していなかった事への文句も書かれていたが、母はジェノとの交際を好意的に受け止めてくれて、この街での滞在時間が少ない以上、積極的に行くようにとの指示が書かれていた。

 もっとも、相変わらず母からの指示は過激なものが多いので、メルエーナは見なかったことにしたが、それでもジェノとの関係は積極的に進めていこうと思う材料にはなった。


 だからこそ、こうして二人で客席のテーブル掃除をしている合間に、メルエーナはジェノに声を掛けようとした。だが、それよりも先にジェノが口を開く。


「メルエーナ。今日の夕食時だが、時間は空いているだろうか?」

「……えっ? あっ、はい。大丈夫ですが」

 思わぬことに戸惑いながらも、メルエーナは笑顔で返す。


「そうか。突然で申し訳ないが、よければ二人で夕食を食べないか?」

「夕食をですか? あっ、はい。喜んで!」

「そうか。バルネアさんには伝えてあるから、午後六時に<微笑みの妖精>に出かけようと思う」

「わっ、<微笑みの妖精>ですか! 分かりました。楽しみにしています」

 誘われた店は、ナイムの街でも人気の料理店だ。生憎と予約がなかなか取れずにメルエーナもまだ足を運んだことがないのだが、評判はとても良い。


「そうか。五分前に声をかけるから準備をしておいてくれ」

「はい」

 メルエーナは幸せそうに微笑む。


「俺は時間まで少し外に出てくる。では、また後でな」

 ジェノはそう言って掃除を終わらすと出かけてしまったが、メルエーナは信じられないほど幸福だった。


 だが、そこで……。


「いやぁ、これはまたすごい現場に出くわしましたね、パメラさん」

「ええ、リリィ。この甘々な空気だけで、お姉さん酔っ払ってしまいそうだよ」

 ジェノと入れ違いに、女友達であるリリィとパメラが店にやってきた。しかも口ぶりから察するに、今の話を盗み聞きしていたようだ。


「なっ! 二人とも、今の話を聴いていたんですか?」

「えっ? いやぁ、そんな。たまたまよ、たまたま」

「そうそう。遅めの昼食を食べに来たら、メルとジェノ君がいい雰囲気だったから、邪魔をしたら悪いと思って……」

 リリィとパメラはそう言うが、目が泳いでこちらと目を合わせようとしない。間違いなく盗み聞きをしていたようだ。


「しかし、<微笑みの妖精>か……。でも、あの店の近くって……」

「ふっ、そこに気がついてしまったかね、リリィ君。そう、あの辺りは雰囲気のいい宿屋が多いんだよねぇ。噂だと、<微笑みの妖精>と提携している宿屋もあるらしくて……」

「きゃあ~! やっぱりそうなんですか? ジェノさん、去年のホワイトデーには食事に誘っていたのに、今年はメルを誘わないのかなと心配していたんですが、これは間違いないですね!」

「うんうん。間違いない間違いない! <微笑みの妖精>で意中の相手に求婚する男性って多いらしいのよ。だから予約をとるのが難しいの。美味しい食事をして、そこで指輪を渡し……。もう、それ以上は神官である私の口からは直接言えないわよぉ~」


 勝手に盛り上がるリリィとパメラに、メルエーナは、ジェノさんに限ってはそんなことはないだろと思ってしまう。

 けれど、何度期待が裏切られても、もしかすると、と期待してしまう自分がいることに悲しくなる。


(いっ、一応、母の手紙にもこんな事柄を想定した記述があったはずなので、万が一のために読み返して置いたほうが……)

 ふとそんな邪な考えをしてしまったメルエーナは、自分の浅はかさに気が付き、顔を真っ赤にする。


「おおっ、メルもそのつもりなのかな?」

「なんだなんだ、なんだぁ、けしからんぞ、メル! いいぞ、もっとやりなさい!」

 そして、それをリリィとパメラに、更には奥から出てきたバルネアにも誂われたのだった。

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