⑭ 『話し合い』
これから数日泊まることになる宿は、窓から巨大なレセリア湖が見渡せる素晴らしい立地条件だ。だが、それだけでなく、建物の内装もシンプルながらも整然として気持ちがいいし、従業員の対応もハキハキとしている。そして何より、料理だ。
レストランの個室の指定席に案内されると、程なくして湖で取れた魚料理、猪の肉料理、山菜の和え物など、素晴らしい料理の数々が出てくる。イルリアも他の皆と同様に、その美味を堪能する。恐らくだが、きっと今日の料理は普段以上に料理人が力を入れたのだろうとイルリアは思う。
なんせ、あのバルネアさんがお客なのだ。この国の国王様から、『我が国の誉れである』とまで讃えられた人物に自らの料理を出す料理人のプレッシャーは途轍もないものだろう。
「う~ん、どの料理も美味しいわぁ。やっぱり<湖水の輝き>ね」
しかし、そんな事はつゆ知らずと言った感じで、バルネアはこの宿屋の名前を口にし、メルエーナと料理とお酒をじっくり味わっている。
初見では絶対に、この人がそんなすごい人に見えないところがバルネアさんの恐ろしいところだ。
「どう、レイルン君? ここの料理は口に合うかしら?」
個室であることから、メルエーナはレイルンという幼子のように見える妖精を実体化させているので、バルネアは彼に料理の感想を尋ねると、
「うん。それに、懐かしい感じがする」
妖精はそう言って頷いた。
伝承上の存在だとしか思っていなかった妖精が目の前に入るだけでも驚きなのに、それを魔法とは無縁であったはずのメルエーナが使役しているというのは、いくら話を聞いても未だにイルリアは信じられない。
けれど、以前自分もリットに魔法の才能があると言われたことを思い出し、意外と自らの才能に気づかずにいる人間も多いのかもしれないと考える。
もっとも、それに気づくことと気づかないことのどちらが幸せなのかは分からないが。
(ふぅ~。私もお酒も少し頂いて、汗を流してベッドに飛び込みたいわ)
長時間の馬車の移動で疲れたことに加えて、お腹もくちくなると、そんな気持ちになってしまう。だが、バルネアとメルエーナ以外は、誰も酒精の入ったものは口にしていない。これから明日以降の打ち合わせがあるのだ。
「イルリア、リット」
食事を食べ終わる頃を見計らい、ジェノが声を掛けてくる。
イルリアは静かに頷いて、リットは「へいへい」と気の抜けた返事をして立ち上がる。それに気づいたマリアとセレクトも同様に立ち上がる。楽しい食事の時間は終わり、これからは仕事の話なのだ。
「すみません、バルネアさん。俺達はそろそろ……」
「あっ、もうそんな時間なのね。ええ、分かったわ。大部屋を一晩貸してくださるそうだから、そこでお話し合いをしてね」
バルネアは少し寂しそうな顔をしながらも、笑顔で鍵をジェノに手渡してくれる。
「ありがとうございます」
ジェノは頭を下げ、「セレクトさん、マリア」と二人にも声をかける。
「ええ。こちらも準備はできています」
「もちろん私も大丈夫よ。バルネアさん、メルエーナさん。すみませんが、先に失礼致します」
マリアはにっこり微笑み、バルネア達にお礼の言葉を口にする。この女性は、いい意味で貴族らしくないとイルリアは思う。
「ええ。マリアちゃん、セレクト先生。ジェノちゃん達をよろしくお願いします」
「はい、分かりました」
セレクトも微笑み、優雅に一礼して踵を返す。
やはりこの二人は悪人には見えない。けれど、これから始まる話し合いは、情報の引き出し合いだ。外見だけで判断するのは危険だろう。ついつい警戒心を解いてしまいそうになることを戒め、イルリアもジェノの後を追い、バルネアが借りてくれた大部屋に向かうのだった。
◇
円卓に皆が座り、話が続く。早いものでもう二時間が経過していた。だが、ジェノはそれが長いものだとは思わなかった。
「なるほど。つまり、君達は以前に左右の瞳の色が異なる人間、つまりはオッドアイの人物に出会っているということだね」
「正確に言えば、イルリアが一人のところに話しかけてきた人物の特徴がそうだったということだけで、俺とリットは直接会っていない」
一時とはいえ、同じ冒険者チームになるのだからとマリアが言い、砕けた口調での会話になったことで、話し合いは順調に進んだ。だが、互いの情報を全て出しているわけではないとジェノは推測する。
ジェノ自身も<霧>と関係しているらしい、自分の体に憑依している<獣>の存在を話していない。そして、おそらく向こうもまだ隠している事柄があるはずだ。
「そうかい。でも、君たちの話に出てきた『聖女の村』は、<霧>と呼ばれるエネルギーにより人体に害を及ぼしている所だった。そして、そこに私達の住んでいた屋敷を襲撃した連中と同じ身体的特徴を有していたとなると、少し引っかかるね」
セレクトは至極落ち着いた様子で話しているが、その目が、話を聞く前とは明らかに異なる光を宿しているように思える。
「イルリア。そのオッドアイの人物の名前は分かるかな? 分からなければ、左右の瞳の色だけでも教えて貰いたいのだけれども」
セレクトの問いかけに、イルリアがこちらを向く。ジェノは静かに頷いた。
「その人物は、ゼイルと名乗っていました。左目は普通の茶色でしたけれど、右目が引き込まれそうな程の青い瞳で……」
イルリアの説明を聞き、セレクトは「なるほど」と頷く。
「しかし、どうにも腑に落ちない事柄があるんだけれど、少し質問してもいいかな、ジェノちゃん」
「ああ」
ジェノの短い肯定の言葉に、リットがセレクトに尋ねる。
「なぁ、先生さん。俺達があんたから聞いた話は、ある日突然、オッドアイの数人が、あんたとマリアちゃんが住んで居た屋敷を襲ってきたという話だったが、いまいち納得が行かないんだよ。何の目的もなく貴族の屋敷を襲うのなんて、どう考えてもおかしな話だ。
俺がそいつらの立場だったら、いくら溜め込んでいるかわからない貴族なんかより、裕福そうな商人の家を襲うぜ。その方が何かと後が楽だからな」
リットは笑みを浮かべたまま尋ねる。
たしかに、リットの指摘はもっともだとジェノは思う。セレクトの話では、マリアの屋敷を襲った連中は、金銭が目的だったのではと推測されると言っていた。けれど、確かに体面を気にするものが多い貴族に喧嘩を売るなど、後々のトラブルにしかならないだろう。
「……それと、先生さん。あんたは随分と変わった魔法使いなんだな。魔法の力は十分なのに、その流れがあまりにもただ一点に特化されている。だから、マリアちゃんに掛けている魔法も少々雑だ」
リットのその言葉にも、セレクトは表情を変えない。それは、彼の主人であるマリアも同じだ。
少しの間、部屋に沈黙が訪れる。けれど、やがてその沈黙を破ったのは、マリアだった。
「セレクト先生。残念ながら、私達の負けのようですね」
マリアは苦笑し、静かに椅子から立ち上がる。
「ええ。すみません。私の力不足です」
彼女の隣の席に座っていたセレクトも立ち上がると、言葉を言わずともマリアの意向を汲んで、彼女の左目の前に手のひらをやり、短く何かを唱えた。
「……」
言葉こそ出さなかったが、ジェノは驚いた。マリアの青い瞳が、左目だけ赤い色に変わっていた。いや、それだけではなく、少しの間を置いて、左目は更に緑に変わり、また別な色にゆっくりと変わっていく。
「隠し事をして申し訳ありませんでした。ですが、決して皆さんを謀ろうとしていたわけではありません。皆様の身を案じての行動です」
マリアは深々と頭を下げた。
「ですが、セレクト先生の魔法を見抜くほどの力を持った魔法使いがおられるのであれば、余計な気遣いは不要と思います。そして、大変身勝手な話ですが、私達にそのお力をお貸し頂けませんでしょうか?」
頭を下げたまま、マリアはリットに頼み込む。
「いやぁ、こんな美人に頭を下げられたら、何にも言わずに協力したくなるけれど、生憎とうちのチームリーダーは俺じゃあないんでね。それはジェノちゃんに頼んでよ」
リットは意味ありげな笑みをジェノに向けてくる。
おちょくるようなその言葉に、しかしいつものことだとジェノは自分に言い聞かせ、冷静に考えて口を開く。
「俺達の身を案じる必要はない。真実を話してくれ。どちらにしろ、お前たちに協力せざるを得ない状況だ。それなら、せめて本当のことを知っておきたい」
ジェノがそう言うと、マリアは頷き、すべてを話してくれた。
耳をふさぎたくなるような残虐な蛮行の果てに、マリアとセレクトが失ったかけがえのない人達のことを含めて。




