⑭ 『あの晩 side イルリア』
薄暗くなり始めた街道を、赤髪の少女が早足で歩く。
彼女の名はイルリアという。
冒険者仲間であるジェノの依頼を受けて、彼女は一人<パニヨン>に向かっていた。
今回の冒険者の動員願いから外されてしまったことが不服だった彼女は、ジェノが自分に頼み事をしてきたことで少し溜飲が下がる思いで、上機嫌だった。
なのに、目的地である料理店<パニヨン>に向かうまでに、厄介なトラブルに巻き込まれてしまうことになる。
それは……。
「ちょっと、いい加減にしなさいよ! この娘、怖がっているじゃあないの!」
夜間外出禁止令が出されているため、早く家路に就きたいであろう気弱そうな少女に、二十歳くらいの男達が三人言い寄っているのを発見したイルリアは、腹が立ってその揉め事に首を突っ込んだ。
イルリアに文句を言われてこちらを凄んできた男達だったが、イルリアが若い女だと気がつくと、途端に嫌らしい目でこちらを見てくる。
だから男という奴らは嫌いなのだ、とイルリアは思う。
対策のために、体の線が出にくい格好をしているのだが、それでも顔から始まり、胸や腰や足に舐めるような不快な視線を向けられることにただただうんざりする。
(こいつら、この場でぶっ飛ばしてやろうかしら?)
イルリアはそんな物騒なことを考え、もし男達が自分かこの気弱そうな少女に手を触れたら、それを実行しようと思っていた。
しかし、そこで思わぬ声が響き渡った。
「お前ら、夜間は外出が禁止されているのは知っているだろう? すぐに家に帰るんだ」
聞いたことのある男の声。それが、自分と同い年の自警団の男の声だと気がつくのに、さして時間はかからなかった。
この街の治安を守る自警団の姿に、男達は驚いたようだが、自警団の男――レイが年若いと分かると、小馬鹿にした笑みを浮かべて、彼らは言い訳にもならない戯言を口にする。
「ああ、これは自警団の方々。お努めご苦労さまです。ただ、なーんにも俺達は悪いことなんてしていませんよぉ」
「そうですよ。もう日が落ちきりそうなのに、こんな所を歩いている女の子がいたので、親切心で家まで送ってあげようとしていたんです」
「そのとおり、そのとおり」
聞いているだけで、男達の頭が悪いことが分かり、イルリアは相手にしているのが馬鹿らしくなってきた。
「イルリア、なにがあったんだ?」
レイも同じ気持ちなのか、男達を無視してイルリアに話しかけてくる。
別段、レイと仲がいいわけではないが、イルリアは、早くこの頭の悪い男連中が目の前からいなくなって欲しいので、正直に話すことにした。
「見れば分かるでしょう? この馬鹿三人が、家に帰ろうとしていたこの娘に声をかけて困らせていたのよ。それで、偶然通りかかった私が、これからお灸を据えてやろうと思っていたのよ」
「……そうか。まぁ、予想通りだな」
レイはため息をつくと、
「お前たち、時間が時間だから今回だけは見逃してやる。だから、とっとと家に帰れ」
と喧嘩を売っているのか、譲歩しようとしているのかわからない事を口走る。
そして、それからは予想通りの事が起こった。
レイの物言いに腹を立てた三人の男達が、彼に殴りかかったものの、ものの見事に返り討ちにあい、ボコボコにされたのだ。
「一応、お礼を言っておいたほうが良いかしら?」
イルリアはそう尋ねたが、レイは首を横に振り、それを断ってくる。
それから、這々の体で逃げ出した男連中が、負け惜しみを言っているのを聞いていると、レイと一緒に巡回をしていただろうジェノが声をかけてきた。
「イルリア、その娘の事を頼んでもいいか?」
ジェノはイルリアの心配をするでもなく、端的に要件だけを言う。
腹が全く立たないといえば嘘になるが、目の前の男がこういう性格だと知っているイルリアは、慣れた様子で応える。
「ええ」
「そうか。頼む」
短いやり取りだが、イルリアはそこで違和感を覚える。
それは、微かな違いだが、ジェノの声に疲労を感じたのだ。
だが、それを指摘しても恍けるに決まっているので、イルリアはそれ以上何も言わない。
そして、イルリアは、未だに震えている少女を安心させるために話しかけ、同行を申し出てくれたキールの誘いを断り、少女を家まで送っていくことにしたのだった。




