⑪ 『新たな誓い』
餡をジェノが作った皮で包んだその料理は、リニアいわく、ギョウザと言う。
聞いたこともない料理だが、彼女のお母さんが東方の国の出身らしく、そこの料理なのらしい。
「お湯を入れるの?」
火を使うのはまた今度ということで、リニアがフライパンを使ってギョウザを焼いてくれていたのだが、まさかお湯を入れるとは思わなかったジェノは、興味深そうに目を輝かせて尋ねる。
「そう。こうして蓋をして、『蒸し焼き』という焼き方で焼いていくのよ。ふふっ、面白いでしょう?」
「うん! ……あっ、その、でも、僕は剣術のほうが良かったけれど……」
なんだか面白いと認めるのが悔しくて、ジェノはそう取ってつけたように言って口を尖らせる真似をする。
そんな自分に、リニアが微笑ましげな視線を向けている事に気づくことなく。
「わっ! なんだか音がしてきたよ。パチパチって!」
「そこに気づくとは、偉いぞぉ、ジェノ。この音がしてきたら、水分が飛んだ合図。そして、皮が透明になっていることを確認するのよ」
「本当だ! 白かった皮が、透明になっている!」
ギョウザが完成に近づくと、悔しさもどこへやら、ジェノは興奮を隠しきれずに喜ぶ。
「こらこら、そんなに顔を近づけたら危ないから、少し離れて。これから最後の仕上げをするんだから」
「はい」
リニアに言われるがまま、ジェノは踏み台をずらして、少し離れた所からフライパンを見ることにする。
もう、ジェノの視線はギョウザから離れない。
「水分を飛ばしたら、油を少し入れる。ただ、ギョウザには掛からないようにフライパンのフチから回すように入れるの。こうして、ギョウザをカリッと焼いていくのだよ」
「……すごくいい匂いがする」
ジェノは思わずよだれが出てきそうになってしまう。
「もうすぐできるわよ。楽しみにしていてね」
「はい! ……あっ、でも、先生。ペントが仕事から戻ってきた時に、一緒に食べたいです」
いつも食事は皆で食べるもの。ペントだけ仲間はずれにするのは絶対に駄目だ。
「大丈夫よ。これは味見。つまり、きちんと出来ているかの確認のために食べる分だから。それと、この料理は熱い内に食べないと、とても味が悪くなってしまうの。
だから、ペントさんが戻ってきたら、それから皆で本格的に食べる分を焼くから安心して」
自分が初めて手伝った料理がどのような味か、気になって仕方がなかったジェノは、「そういうことなら……」とすぐに納得する。
「はい。先生と生徒の合作、焼きギョウザの完成よ」
「うわぁ~。これが、ギョウザっていう料理なんだ」
ジェノは皿に盛り付けられたギョウザに感嘆する。
「ちょっと行儀が悪いけれど、味見だから、このまま台所で食べてみましょう」
リニアはそう言いながら、一番小さな皿を二枚出してきて、そこに見慣れない瓶に入った赤とも黒とも言えない液体を注ぐ。
「先生、これって?」
「これは、醤油。ギョウザを食べるときには、これにつけて食べるの」
「ショウユ?」
「ほらほら、説明は後々。せっかくの焼き立てを食べないともったいないわ」
リニアは、「味見だからお祈りもなしね」と言って、二本の細い木の棒を手にしたかと思うと、それを器用に使い、ギョウザとギョウザを繋ぐパリパリとした部分を割っていく。
「さぁ、どうぞ。食べたら驚くわよ。でも、熱いから気をつけてね」
全部のギョウザを個別に分けて、リニアはジェノに食べるように促す。
ジェノは未知なる食べ物を口にする不安と期待を胸に、フォークでギョウザの一つを刺して、醤油という名の液体につけてから口に運ぶ。
「ふぁっ、あっ、あふっ……」
口に入れた瞬間、熱さが最初にジェノの口に広がった。でも、それから醤油の塩気に、肉と野菜の美味しさが、口いっぱいに広がってくる。
それに、皮のカリッとした食感も噛んでいて楽しい。
「すごい! すごく美味しい!」
ジェノは自分の正直な気持ちを口にし、満面の笑顔を浮かべるのだった。
◇
昼食時の少し前に、ペントが戻ってきた。
ペントはすぐに料理を作りますと言ってくれたが、リニアがペントに今日の昼食は任せて欲しいと言ってくれた。
ペントは驚いていたが、ジェノとリニアはお互いの顔を見合わせて、ニンマリと笑う。
そして、あっという間にリニアがギョウザを焼いてくれて、いつもよりも早い時間の昼食となった。
「はい、ペント。これは、ショウユって言うんだよ。これにつけて食べてね。それと、すごく熱いから、気をつけないと駄目だよ」
食事前のお祈りが終わると、先程教えてもらったばかりの知識を披露し、ジェノは自分の分を食べるよりも先に、ペントの前に醤油の入った小皿を給仕する。
そして、ペントがギョウザを口に運ぶのを、今か今かと期待に満ちた表情で見つめ続ける。
「こぉら、ジェノ。そんなに見つめられてしまったら、ペントさんが食べにくいでしょうが」
リニアにそう注意されたが、彼女もペントの感想が気になるようで、横目でペントを観察している。
ペントはそんなジェノ達に苦笑しながらも、ギョウザをフォークに刺して、息を吹きかけて冷ましてから口に運ぶ。
「……ああ、これは、とても美味しいですね。肉と野菜の味がすごく良く出ていますし、食感も素晴らしいです。それにこのお醤油がすごくあっていますね」
ペントは満面の笑みを浮かべて、ギョウザを絶賛した。
「このギョウザという料理は、私の母の生まれ故郷の料理なんです。オリジナルのレシピでは、香りの強い野菜をたくさん入れるのですが、午後からの仕事もありますので、匂いがしないようにアレンジしています」
リニアの説明を受け、ペントは「そうなのですね」と頷いて微笑む。
「そして、この料理は私だけが作ったものではありません。ジェノが協力してくれました」
「えっ? 坊っちゃんが?」
ペントは驚き、ジェノに視線を向けてくる。
「うん。火を使うのは危ないから先生がやってくれたけれど、この皮は僕がほとんど作ったんだよ」
ジェノは少し得意げに言う。
「ジェノ坊っちゃんが料理を……。そんな、料理はこのペントにお任せいただければ……」
「ううん。僕ね、皆を守れるようになりたいんだ。そして、その皆には、もちろんペントも入っているんだよ。
ペントが病気になってしまったときには、僕が料理を作れるようになる。だから、今度、料理を教えて。僕、頑張るから」
ジェノが満面の笑みで言うと、ペントは顔を抑えて泣き出してしまった。
「ぺっ、ペント! どうしたの? お腹が痛いの?」
ジェノは心配して席を立って、ペントに駆け寄る。
「いえ、いえ。大丈夫です……」
「本当?」
「ええ、ええ。こんなに美味しい料理は初めてで、ペントは感激してしまいました」
ペントは涙を拭うと、「ペントは大丈夫ですから、坊っちゃんもお食べ下さい」と言って、ジェノにも食事をするように促してくる。
まだ心配だったが、ペントが再びギョウザを口にしたので、ジェノも席に戻る。
「ジェノ、冷める前に食べなさい」
「はい、先生!」
リニアに言われて、ジェノも食事を開始する。
先程の味見でも思ったが、やっぱりすごく美味しい。
そして、それを作るのを自分が手伝ったという事実が、さらに料理を美味しくしてくれる。
それに、ペントと先生が美味しそうに食べているのを見ていると、もっと美味しく思えるから不思議だ。
「料理か……。うん。これも頑張ろう!」
ジェノは新たな誓いを胸に、楽しい食事を続けるのだった。




