消えた蝉時雨
目の前に広がる、赤。
全身の痛みよりも早く、視界が真っ赤になるのを感じる。
……痛い。
視界には赤い光景にはもう一つ、職場の先輩の姿もあった。
ただし先輩の目には生気など無い、有るのは赤い肉塊だった。
少しずつ意識が遠のいてゆく、痛みも既に感じていない。
……
…
「もー! 遅いですよ、何で毎回遅刻するんですか」
待ち合わせの時間から三十分程 遅れて職場の先輩の積之さんが到着した。
積之さんはヘラヘラ笑って車を発進させた。
今日は日曜日、先輩に「二人で旅行に行こう」と言われ朝早くに待ち合わせをしていた。
「――優志、お前日焼け止めは持ってきたか?」
多少混んでいる朝の国道を荒い運転をしながら先輩が話しかけてきた。
「持ってきてないですよ、あと今日どこいくんですか?」
今日は先輩の機嫌が良いのかずっとヘラヘラしている。質問をしても適当な返事が返ってくるだけだ。
しかし質問にはちゃんと答えて欲しい。朝早くから何処へ向かっているのだろうか。
俺は無言でエアコンの風を強くした。
午後には目的地には着いていた。そこは俺が知っている場所だった。と言うよりも、
その場所は数年前、俺が会社に入社したばかりの時に、
先輩の積之さんが連れてきてくれた場所だった。あの時も積之さんから誘ってくれたのだ。
「――懐かしいですね、でも何でまた此処に?」
前来た時の光景を思い出しながら周りを見渡す。
「前にここで食べたアイスが美味かったからな。いくぞ」
積之さんは顎をクイッと動かし、ガニ股でどかどかと歩いていく。
……覚えている、二人で道路沿いのベンチに座ってアイスを食べて二人で話していた数年前。
会社に知り合いも居なく、ずっと一人で居た自分に最初に声を掛けてきてくれたのは積之さんだった。
それから何故か何時も傍に居てくれた積之さん、何だかんだ言って優しい人だ。
数年前と同じ店で同じアイスを購入し、同じ道路沿いのベンチに座って話をしていた。
していた筈だったんだ。
目の前に広がる、赤――
気づいたら目の前には積之さんが居た。
必死に俺の名前を何度も呼び、寝ている俺を抱えるように、其処に居た。
夢だろうか、何処も怪我をしていないし、積之さんも何時も通りだ。
上半身を起こしてみる。脳がまだ覚醒していないのか、ろくに思考もできず、ただ周りを見渡す。
視界には身に覚えの無い森が広がっていた。
「……優志、大丈夫か?」
俺が目を醒まし安堵の息を漏らす。しかしすぐに別の不安が二人を襲う。
知らない土地に、荷物も無くただ二人だけ。そして、つい先ほどの光景――。
「積之さん! 俺達、さっき車に……、轢かれましたよね」
ユウシは少し前の光景を思い出し、咄嗟に勢い良く発声したが、その声は徐々に小さくなっていた。
確かに二人はベンチに座って、いつもの何でも無い会話をしていた。蝉が五月蠅く鳴いていた筈だ。なのに、
轟音を立てて近づく鉄の塊が、蝉時雨を掻き消しながら二人を一緒に捲き込んでいく。
俺の言葉を聞いて、積之さんが黙った。反応を見ればあの悲惨な光景は夢では無いことが分かってしまった。
「……とりあえず人の居る場所に行こう。夜になったら真っ暗で動けなくなるだろ」
そのまま黙り込んでどれくらいの時が経っただろうか、積之さんは喉から無理矢理言葉を引っ張ってきたかのように、
小さく、そして若干声を震わした。
歩いて数分も経たないうちに、俺は違和感に気づいた。事故の前まで五月蠅く鳴いていた蝉がいないのだ。
「積之さん、この森なんか変じゃないです?」
声を掛け、積之さんも異変に気付く。いいや、そもそも異変しか起こっていないんだ。
なぜ俺達は生きている? なぜ俺達は知らない土地に居る? なぜ――
俺達は何者かに狙われているのだ?
確信は無い、しかし誰かの気配を感じる。誰かに常に見られている気がする。
慎重に目だけを動かし周りを確認するも動くものは見えない、だが何故か近くに人の気配を感じる。
顔は前を向け、小さい声で隣を歩く積之さんに呼びかける。
「積之さ――」
言いかけた時だった。ソレは一瞬で俺と積之さんの間に堕ちてきた。
人間だった、しかし俺の知っている人間は、頭上から音も無く目の前に現れたりなどしない。
『お前等、堕とし仔か?』
低い声で、そいつが言葉を放つ。……堕とし仔? 咄嗟の事で頭が働くまでに一瞬、時間ができる。
その間は、ソイツを次の行動に移させるには十分な時間だった。
二人が一歩後ろに下がる頃には、男の両手に持たれたナイフは簡単に二人に届いた。
「――っ痛!」
ツモユキの右腕、ユウシの左腕からは血液が滴り落ちる。本能から、二人は此奴を敵だと察する。
……血だ。さっきと同じ血が今、〈右腕〉から流れている。今日は最悪な日だ。
せっかくの休日なのに何で。せっかく天気が良いのに何で。せっかくこいつと旅行しに来たのに――。
「意味わかんね」
怒りで腕の痛みなんて無くなった。右腕に力を思い切り入れ、そのまま目の前の男を殴り飛ばした。
言葉通り、殴り〈飛ばした〉。ナイフ男は顔面を殴られ、3メートル以上離れた樹木に吹き飛び、叩きつけられた。
「積之さん……? そ、その腕どうしたんですか!?」
自分の攻撃で思った以上に吹き飛んだ男に呆気に取られていたが、優志に言われ右腕を見る。
「なんだこれ……」
先程まで右腕を滴っていた筈の血は、拳を纏うように赤黒く変色し、硬くなっていた。
初めまして。
読み辛く拙い文章ですが、自分のやりたいように、自分の書きたいように
自由にこれから活動できたらな。と思っています。
隅の方でこそこそと更新していきます。よろしくお願いします。