第2章:死者と繋がるラジオ
【執筆経緯】SPOONというラジオ配信アプリの配信者「こんぺいとう」さんの声とBGMにインスピレーションを受け執筆した作品です。
是非、SPOONで配信を聴いてみて下さい。
槍ヶ岳、肩の小屋にある指定幕営地にテントを張った。山行は予定通りだ。
とうに日は沈み、暗闇と風が山を支配している。
山では睡眠も重要だが寝付けないでいた。
ベンチレーション(排気穴)から外を覗き込むと満点の星空が見える。
明日の午前の天気は安定するだろう。
それでも天気が気になりラジオを操作し周波数を合わせる。
が、ラジオが聞こえない。
遮るものがない肩の小屋は携帯の電波すら僅かに通じるのにラジオが入らない。再び操作する。
ザーーザーーザザザ
>こんザザザ、GoodNightの...です。
眠れぬ夜をお過ごしの皆さん、いかがお過ごしでしょうか。
今夜も皆様からのお便りお待ちしています。
ゆったりとしたピアノの調べに小鳥のさえずりが心地良いBGMが流れていた。
どうせ眠れないのなら少し音楽を聴いて心を落ち着かせるのも悪くないと思った。
>貴方はいま、会いたい人がいますか?
落ち着く透き通った女性の声で、どことなく幼さも感じる。
それを聞いてボツりと呟いた。
「オヤジ。。。」
「。。。最後、どんな気分だったんだ?
残されたオフクロや俺は人並みには大変だっぞ。だけど、オフクロも俺もこれっぽっちも憎んでない。
ただ、山男が最後、山で死ぬのってどうなんだろうな、って考えるんだ。」
完全に独り言を言っていた。
>それではお越し頂きましょう。本日のゲストは貴方のお父様です。
…ザザ、ザザザ
…
…賢、お前か?
…俺を呼んだのは。
は?素っ頓狂な声を上げる。
オヤジの声だ。去年、厳冬期鹿島槍で滑落して搬送された病院で死亡が確認された。もちろん葬式も挙げたオヤジの声だった。
んな訳…と言うのに被せてオヤジが喋る
>賢、俺は死んだ。前の知ってる通りだ。天国ではうまくやってる。心配するな。
死んだ人間の心配なんて誰がするかよ。笑いそうになる。
>ただ、もちろん死のうと思ってた訳じゃない。お前もそうだと思うが、死のうと思って山に登ったことなんて1度もない。
山で死ぬのは、周りの人に迷惑かけるからお前はやめとけ
いつも通りの横柄な態度のままだ。
このラジオは誰かのイタズラなのか?テントから顔を出す。天の川まで見える満点の星空が広がってる。外には誰も居ない。
死んだ父親の声に込み上げるものを感じやっと出てきた一言は「オヤジ…」だけだった。
>そうだな、それよりお前は優柔不断なところがあるな。そんなんじゃ未来の嫁さんや倅(せがれ:自分の息子のこと)を幸せにしてやれんぞ。
お前にも決断しなければならない日が来るだろう。
「おいおい、死人になっても説教かよ」後半笑いながらそう言った。
>決断には、責任が伴われるものだ。
まぁいい。
頑張れや。
…
…ところで、酒持ってるか?
「ウイスキーなら。もう半分くらい飲んでるが」
>酒と言ったら日本酒だろう?
まぁいい、今度もってこい。
「なんだよ、そりゃ…何がいいんだよ?」と言うが返事はない。夢だったのか
ふと気がつくとラジオのMCが話していた。
>今晩のGoodNight、如何でしたでしょうか?
リスナー様に救いが訪れることをお祈りしてます。
頑張る貴方の姿、素敵やわぁ
それでは、いい夢みてね。
おやすみ。。。
おやすみ………
ぉゃすみ…
それから数日後、山を降りて墓参りに行った。もちろん手には日本酒をぶら下げて。
これこら先、何があるのかは正直よく分からないが、胸を張って生きていこう、そう墓前に誓ったのだった。