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お題『サキュバス 』

作者: 富士井


夢に出てきては僕の心を煩わせる彼女の事が好きという事実に偽りがないとして、僕が実体の彼女を手にした時に、夢の中で出てくる彼女は消えてしまうのだろうか。はたまた、現実の彼女が好きだから夢の中に出てくるのか、夢の中に出てくるから実体の彼女の事を気にかけてしまうのかが、今の僕には不透明なのである。


「サキュバス」


最高気温は19℃だった。春とも夏ともつかない気象条件の下で彼女を見た。彼女は教室の中にいた。正確には僕と同じ教室にいた。クラス替えがあったばかりで、誰が誰だかも分からなかったけど、彼女の周りだけが異界の空気で切り取られていて、それがとても魅力的だった。高い額縁に飾られた絵のようだった。

ただ整理整頓された無味乾燥な机椅子に座るだけでそんなに輝くことがあるのか、と思うぐらいに。

それは現在目の前に広がる景色と何ら変わってないけれど。


「なぁ春日井。お前、桜川のこと好きだろ?」

という会話の切り出し方だったために、僕はたじろぐしか無かったが、すぐさまそんなことは無いと返答する。こんな質問をしてきたのはクラス替え以前からの友達である佐々木だった。

僕の返答を聞くと、佐々木はわかりやすく安堵した。

「実はな、俺桜川さんのこと気になってんのや」

友達の恋に関する打ち明け話ほど、聞かされていてこっちまで恥ずかしくなるものはないが、ここは真剣に聞いてやらないといけない。

「それでさぁ、お前にひとつ聞きたいんやけど、桜川さんって今好きな人とかいる?」

「わからないなぁ。多分居ないんじゃない。クラスでもちょっと話しかけづらいというか、なんというか。」

僕は桜川の方をちらりと見る。いつも通りに、昼休み時間だと言うのに1人で本を読んでいる。その姿さえも絵になってしまうのだから恐ろしいものだ。

「俺、告白しようかな。」

と、佐々木が一大決心を呼吸と同じぐらいスムーズに口に出したところで

「おい、お前ら何話してんの?」

ともう1人が僕らの会話に割って入った。

彼は今年の春からクラスが一緒になった永谷という男で、フレンドリーの塊みたいなやつだ。誰とでもすぐに打ち解けるし、人付き合いもいい。そんな永谷が、話に割ってはいるのも珍しくはなく。教室の後ろで男子数人のグループの中でお喋りしているのをよく見る。


「え?お前も好きなの?本当かぁ、奇遇っていうか偶然っていうか。」

永谷の驚いた反応を見てこっちも驚いた。だが、一番驚いていたのは佐々木で。

「お前も好きなのか?桜川のこと。」

と素早く聞き返していた。

永谷はまるで困った顔をして、誰にも言うなよ、と言ったあと小さな声で話し始めた。さっきまであんなに大きい声で話していたのだから、今更小声になった所で意味もない気がした。


「まず最初に、佐々木、安心しろ。俺は桜川の事を可愛らしくて儚げで透き通ってて守ってやりたくなってしまう女の子だという事は知っているし、お前が好きな理由もわかる。だが、俺は桜川のことを好きではない。嫌いでもないし、普通だ。」

それを聞いて佐々木は本日2度目のわかりやすい安堵をみせた。

「だがな、佐々木。ここからが問題なんだよ。お前が愛してやまない桜川だがな、他にも好きだって言ってる奴がいる訳だ。しかも年上のやつに、そいつの名前を聞いて驚くと思うが、あのバスケ部のエースで有名な阿部なんだよ。いいか、悪いことは言わないから、桜川の事を好きなのはわかるが、告白はしない方がいいぞ。」


という話を聞かされ、桜川のことを好きな男が僕も含め3人いることに少しずつ違和感を抱いていたが、佐々木と言えば、俄然恋の道を進む事にやっきだって。

「ありがとな、永谷。忠告してくれて。けど俺はやるから。桜川と付き合ってみせる。」

と言って僕と永谷から離れていった。その忠告が僕にとっては抑止力になって、佐々木にとっては起爆剤になった訳だが。そこが佐々木と僕との違いだろう。


僕は胸の中の違和感を永谷に聞いてみた。

「おい、永谷。桜川って確かに儚げで透き通ってて、可愛いかもしれないが、上級生からも好意を持たれるほどに有名じゃないだろ。部活も文化部だし、それに2年生だ。」

永谷は、「そうだよなぁ、少し変だよなぁ」

となにか秘密を隠している様に言った。その顔は、まるで大事なことについてを僕に話してしまいたい様子にすら見えた。

「永谷、お前、わざとわかりやすく答えたな今。」

「まぁ、春日井なら教えてやってもいいかな。今日一緒に帰ろうや。その時話してやるよ。」


僕は約束通りに永谷と帰路を共にしていた。

「それで、永谷。桜川さんの事なんだが。」

「知りたがりだなぁ春日井。よし、話してやる。あまり驚かないで聞けよ。」

「あぁ、わかった。」

「実はな、桜川のことを好きなやつっていうのは、佐々木やバスケ部の阿部以外にも割と多くてだな。」

僕はここで一瞬たじろいだ、僕が桜川さんのことを好きだということが永谷に見透かされたのではないかと焦った。

「俺が今まで話を聞いた奴らの数を合わせると、ざっと50は超えるだろう。」

「50人もか?!」

「そうだよなぁ、驚くよな。テレビの中のアイドルだったらまだしも、ただのクラスメイトの事を好きな奴らがそんなにいるとは驚きだよな。」

永谷の話はこれだけでは終わらない。むしろここからが本題だった。

「なんともなぁ。春日井よ。お前や佐々木が心底愛してやまない桜川の事でひとつ聞きたいんだが?」

「あぁ、なんだよ。」

僕が心底愛してやまない、ということが永谷にどのようにして悟られたのかはこの際気にせず。僕は永谷の質問に答える。

「桜川が、夢に出てきたりしたか?やっぱり。」

「あぁ、出てくるには出てきたけど。」

永谷は突然笑いだした。

「そうかそうか。やっぱりお前もか。いやぁ、良かったわお前が健全な男の子だったって分かって。」

「おい、なんで笑うんだよ。」

永谷は笑い終わったあと。勿体ぶりながら話し始めた。

「笑うも何も、お前と同じように、桜川の事を好きな他の奴らも桜川の事を夢に見ているらしいんだわ。お前や佐々木ならまだ、同じクラスで桜川の事を毎日見ているから、夢に見てしまうって言うのもわかる気がするが、上級生下級生問わず、桜川の事を好きな奴は口を揃えて、彼女の事を夢にみたって言ってるらしいんだわ。なんとも不思議だよな。」

永谷は多分、桜川さんのことも桜川さんのことを好きな人がこんなに多いことも、なんで桜川さんのことを夢に見るのかも、全てその理由を知っているのだろう。それを知っていて、僕らをみて楽しんでいたに違いない。

まァ、なんというか。僕が桜川さんのことを好きな理由も、永谷の話を聞いたあとでは、普通の恋心とは違った理由が潜んでいそうだという事には勘づいた。

「じゃあ、一体、桜川さんは何者なんだ?」

「まぁ、気になるよな。答えを知りたい気持ちもわかるが、それぐらい自分で考えたらわかる事だと思うぞ。まぁ、ヒントとして。お前はどうかわからないが、他の桜川を好きな奴らが見る夢っていうのは、かなり"えちち"な夢らしいんだわ。桜川がナース姿で登場してあんな事やこんな事をしてくれた夢を見たりするらしい。それも、そんな夢を見るのは決まって桜川の事を学校で目撃した日の夜に見るらしい。」

「あ、まじか。なるほど。」

ここまでの話を聞いて、何となくわかった気がする。この会話を最後に、永谷は笑いながらどこかへ走り去って行った。僕は桜川さん、いや、桜川の事を本当に好きってわけではなかったらしい。どうやら、それはまた別の理由だったらしい。


僕が桜川の事を好きだったという事実には偽りが無いとしても。今の僕が彼女を好きな理由には若干揺らぎが存在する。もし仮に、桜川が催淫体質のサキュバス人間だったなら、僕や佐々木やその他大勢が彼女に好意を持っていても不思議はない。夢の中に出てきた彼女を気にかけてしまうのかも、これで理由が聡明になった。けれど、僕が夢に見る彼女の姿は、至っていつも通りの桜川さんであるし、他の奴らが見るらしい夢とは多分違った意味合いがある。なぜ違うのか、その理由が不透明のまま。今日も彼女の夢を見てしまうのであった。

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