第四話「食客 (ニート)ってワンダフル! ワンダフル!!」
登場人物紹介
マコ・ロビンソン→メルヴィン家に仕えるメイド。バカがつくほど生真面目な性格。ちなみに弟の名前はチコ
「おお、サッちゃん! なぜ鳥たちは美しい声でさえずっているのかしら?」
「それはね、ナッちゃん! 私たちの愛を祝福してくれているからだよ」
「おお、鳥も一緒ね。私と一緒で大好きなサッちゃんの側にいたいのね!」
「ああ、ナッちゃん! 大好きだよ、ナッちゃん! 今日も世界で一番愛してる」
「私は宇宙で一番大好きよ! サッちゃぁぁぁぁぁぁんっ!!」
「朝からうるせぇんだよ、お前らぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
この手の作品でよく見る、中世ヨーロッパの貴族の豪邸たるメルヴィン邸の一室。広々とした室内にベッドが二台置かれている来客用の寝室。カーリー女王の命令により、メルヴィン家の食客になったサチとナツミのバカ二人は早朝から愛を叫んでいた。ここは世界の中心ではないのに。
「ていうか、お前ら、夜も遅くまで叫んでたよな。いったいいつ寝てんだよ。それとも何か? お前らは寝なくても平気な人種だとでもいうのか?」
そんなバカ二人に文句を言いに来たのはもちろんこの屋敷の主人のオリヴィアである。
「ああ、ナッちゃん! 愛を知らない野蛮人は可哀想だね! 愛に眠気を忘れる私たちの気持ちを理解することができないのだからね!!」
「おお、サッちゃん! 誰かを愛し、愛されたことのない非モテ人間って本当に可哀想! 哀れ!! 燐憫!! 梅田雲浜!!!」
「そうだね、ナッちゃん! オリヴィアも安政の大獄で死んでしまえばいいんだよ!! 私はずっとその人のことを『うめだうんびん』だと思っていたよ。まさか『うめだうんぴん』だったなんて……日本人で名前にぴがつく人なんて、梅田雲浜と泉〇ン子と〇ーコしか知らないよ、私は!!」
「サンデーお○ぎ!!」
「な、何言ってるのかはさっぱりわかんねえが、めっちゃバカにされてるってことだけはわかる……」
オリヴィアは左手をかたく握りしめながら、プルプル震えていた。
「そんなことより、ハッセー! 私たちに何か用か!?」
「8世って誰だよ!? うちはたしかに世襲制だが、当主は代々別の名前を名乗っているぞ! 私はオリヴィア8世ではない!!」
「ナッちゃん、君は薔薇より美しい!」
「サッちゃん、あなたは真綿色したシクラメンよりも綺麗よ!! あなた以上にすがしい人を私は知らないわ!!」
サチの謎のボケに、ちゃんとツッコんであげる、優しいオリヴィアだが、バカ二人は聞いちゃいなかった。
「そんなことより、ニュートンジョン! 私たちはお腹が空いたのよ、早く食事を用意しなさい!!」
「だからニュートンジョンって誰だよ!? 私はオリヴィア・メルヴィンだ!! それにお前ら、食客っていうけど、ようは居候だろう!? なんでそんなに上から目線で食事を要求してくるんだよ! 少しは申し訳なさそうにしろよ!!」
「フィジカル! ナッちゃん、今晩も熱いボディートークをしようね!!」
「おお、サッちゃん! 今夜も二人、アニマルになりましょう! アニマルに!!」
ナツミの謎のボケにも、オリヴィアはきちんとツッコんであげたが、やはりバカ二人は聞いていなかった。
「お前ら、人の話聞けやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ちっ、うるさい将軍様だな……なんでもいいから、早く飯を食わせろ! 私たちを雑に扱うと女王陛下にチクってやるぞ!! ねぇ、ナッちゃん!」
「そうね、サッちゃん! 私たちが女王陛下にあることないこと吹き込めば、メルヴィン家は一族郎党、皆殺し……」
しびれを切らしたオリヴィアが絶叫したが、バカ二人は生意気にもオリヴィアのことを脅した。さしものオリヴィアも女王陛下のことを言われると顔色が変わった。カーリー女王、なかなかの専制君主のようである。
「わかった、わかった! 飯食わせてやるから黙れ、黙れ!!」
「最初から素直にそう言えばいいのにね、ナッちゃん」
「本当に、貴族ってプライドだけ高くて、なんの役にも立たないクズよね、サッちゃん」
「そうだね、ナッちゃん! 無能な貴族はラ○ンハルト様に滅ぼしてもらおう!!」
「これがホントのキル(KILL)○アイスってね!!」
「ぐぬぬぬぬ……」
オリヴィアは怒りを押し殺して、プルプル震えていた。
そんなこんなで食堂に案内されたバカ二人は、ものすごいスピードで、貴族らしい豪華な朝食を散々に食い荒らした。なんたって、この世界で初めてまともな食事にありついたのだ。超高速でパンにかぶりつき、ガツガツと肉を食らい、フルーツを皮ごと食べ、牛乳は頭から浴びた。
「ああ、牛乳って気持ちいいね、ナッちゃん!」
「そうね、サッちゃん! 白くても素敵よ、サッちゃん!」
牛乳のせいで顔や髪が白くなり、体から悪臭を放っていても、バカ二人の愛は冷めることはなかった。
「お、お前ら、マナーってものを知らないのかよ……汚いことこの上ないな!!」
そんなバカ二人をオリヴィアがドン引きした表情で批判したが、そんなことで行動を改めるようなら、ハナから「バカ二人」にはならないのであった。例によってオリヴィアの発言を完全に無視し、二人の世界にひたって「アハハ、オホホ」と笑い合っていた、牛乳まみれの白い顔で。
「ああ、ナッちゃん! これから毎日、こんな豪勢な食事ができるなんて私たちは幸せ者だね! 前世でよっぽど良い行いをしたんだろうね! 殺されそうになっている人たちにビザを発給してあげたとかね!」
「おお、サッちゃん! これが夢の三食昼寝つきの豪邸生活なのね! 誰もが憧れる、ただ楽しいだけの毎日を過ごすことが確定しただなんて、ホント、食客 (ニート)ってワンダフル! ワンダフル!! だわ!!!」
「死ぬまで遊んで暮らそうね、ナッちゃん!」
「やっぱり異世界はこうでなくっちゃね、サッちゃん!」
「いつか、こいつらの食事に毒盛って殺してやろう……ゴキブリみたいに、団子で殺してやる……」
食事を終えて、椅子に座ったまま抱き合い、愛を叫び続けるバカ二人に、オリヴィアは小声で殺意を明確に表明したが、もちろんバカ二人には聞こえていなかった。
「オリヴィア様、女王陛下から書簡が届いております」
そんな殺伐とした食堂に入ってきて、オリヴィアにカーリー女王からの書簡を手渡したのは、メルヴィン家に仕えるメイドの一人、マコ・ロビンソンだった。マコは黒髪ロングのストレート、容姿からしていかにも真面目一辺倒そうな女性だった。
「書簡だと? いったい何が?」
マコから書簡を受け取ったオリヴィアはすぐに封を開けて中身を確認し、一瞬にして青ざめた表情になった。そこにはこう書いてあった。
「余はサチとナツミと申す二人のことを大変に気に入っておる。ゆえにオリヴィアはこの二人のことを丁重に保護いたせ。もしこの二人が急死したり、突然行方不明になったなどと、ふぬけた報告をしてきた場合は、すべてオリヴィアの監督不行き届きが原因であると判断し、メルヴィン家は一族郎党、皆殺し……」
カーリー女王はオリヴィアの殺意を見抜いていたようである。その書簡を読み終えたオリヴィアは、書簡をクシャクシャに丸めて、床にポイ捨てし、テーブルに突っ伏して、頭を抱えてしまった。
「ど、どうなさいました? オリヴィア様……」
そんなオリヴィアを心配したマコが話しかけたが、
「地獄だ……あのバカ二人を生かしておかないとメルヴィン家は皆殺し……でも、あのバカ二人が家にいるというだけで、私はストレスフルで多分死ぬ……どっちにせよ死ぬ……そうだ! 人間はみんな死んでしまうんだぁぁぉぁぁぁぁっ!!」
オリヴィアは小声でブツブツつぶやいたのち、椅子から立ち上がり、泣きながら絶叫していた。
「オ、オリヴィア様! 落ち着いてください!!」
そんなオリヴィアをマコがなだめるが、
「ナッちゃん、いくら財産を持っていても、ああなってしまったら人間おしまいだね」
「サッちゃん、オリヴィアが誰のせいでああなってしまったのかはさっぱりわからないけれど、ホント可哀想ね。お気の毒様、お気の毒様……」
「お前らのせいじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぉつま!!」
「オリヴィア様、ホントに落ち着いてください!!」
いよいよもって暴れ始め、バカ二人につかみかかろうとしたオリヴィアのことをマコが体を張って押さえ込んだ。
「やーだー!! あんなバカ二人の面倒を見るために将軍になったわけじゃなーい!! もうやだ!! オリヴィア、もう帰る!! おうち帰るーっ!!」
「ここがおうちでございますよ! オリヴィア様!! 誰か!! 気付け薬を持ってきてーっ!!」
バカ二人を養わないと皆殺しという過酷な現実を前に、ついぞ幼児退行し始めたオリヴィアに、マコが気付け薬を無理矢理飲ませたことで、オリヴィアは正気を取り戻した。
「ハッ、私はいったい何を……」
正気を取り戻したオリヴィアのことを、バカ二人がドン引きしながら見つめていた。さっきまであんなにうるさかったのに、今は軽蔑の表情を浮かべながら、オリヴィアのことを黙って見つめている。まあ、両手はがっつり握り合っていたが。それも恋人握りで。
「ぐぬぬぬぬ……お前ら、そんな目で私を見るなぁっ!!」
オリヴィアがそう言っても、バカ二人は無言の無表情のままだった。その目は明らかに死んでいた。
「ああ……もう……マコ! こいつら二人の面倒はお前に任せた!! 私はもう一生こいつらには関わらない!! 全部お前に一任する!! 丸投げ!!!!」
オリヴィアはそう言って、走って食堂から出ていった。
「え! オリヴィア様!? それはどういうことですか!? オリヴィア様!!」
マコはそんなオリヴィアを追いかけようとしたが、オリヴィアの逃げ足は速く、もうどこに行ったのかわからなかったので、諦めて食堂に戻ってきた。そこにいたのはもちろんバカ二人。
「これからよろしくね! マ…コさん!!」
オリヴィアの突然の逃走に戸惑い、棒立ちのマコに、サチが爽やかな笑顔でそう話しかけた。
「いや、なんでマとコの間に三点リーダーを入れるんですか!? なんか変な風に取られちゃうでしょうが!!」
「気にしない、気にしない、マ…コさん」
マコはメタな抗議をしたが、ナツミはその抗議を完全に無視した。もちろんナツミもニコニコ笑顔。依然として、バカ二人は両手を恋人つなぎしながら椅子に座っていた。
「私にこの二人をどうしろっていうんですか、オリヴィア様……」
マコはそう言って、床に座り込み、泣き出してしまった。
こうして、バカ二人のせいで新たな犠牲者が誕生することになってしまったのだった。
次回、第五話「幼女 (ロリータ)、わが肉のほむら、わが罪、わが魂」
もういい加減「リベルタード」に戻りたいので、いつ更新するかは完全に未定だけど、お楽しみに