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第一話「素晴らしき哉(かな)、人生!」

登場人物紹介

飯塚いいづかサチ→高校二年生。うわべの知識だけは豊富なバカ。イケメン女子だけどバカ。ただ声がでかいだけのバカ


川口かわぐちナツミ→高校二年生。メガネかけてるけどバカ。目を悪くした理由は漫画の読みすぎとゲームのやりすぎのバカ。優しくて、器もおっぱいも大きいけどバカ


大 (ペ)天使ガプリエル→を名乗るあやしいおばさん。多分、詐欺師

「ナッちゃん。これが私たち二人が見る最後の月だね」

「そうだね、サッちゃん……」


 とある春の満月の夜。Y県H市の佐波川さばがわ河川敷で、二人の女子高生が今まさに死を迎えようとしていた。


「まさに『この世の名残なごり、夜も名残。死にに行く身をたとうれば、あだしが原の道の霜』ってところかな」


 つらつらと、近松門左衛門ちかまつもんざえもんの「曾根崎心中そねざきしんじゅう」の有名なセリフをまくし立てたのは飯塚サチ。黒髪ショートカットで長身の、見目麗しきイケメン女子。


「そうだね。サッちゃんが何言ってるのかさっぱりわからないけどね」


 サチの言葉にそう返したのは川口ナツミ。メガネをかけた、黒髪ロング、中背でスレンダー巨乳の二次元ボディ。

 サチとナツミは女子同士ながら付き合っていたが、自〇党が公認・推薦すればオランウータンが選挙に出ても当選するような保守の権化ごんげのY県では、百合ップルの二人が受け入れられることはなく、家族親戚友人知人だけでなく、本屋、コンビニ、CDショップ、アニ〇イト、あらゆるお店の店員にまで白眼視されていることに絶望し、将来を悲観した二人は、佐波川に身を投げて心中することにしたのである。幸い、前日の大雨で増水した佐波川は流れも速くなっており、死ぬにはうってつけだった。


「それじゃあそろそろ死ぬとしようか」

「そうね」


 二人はなぜか制服姿で川に身を投げようとしていた。遺体が見つかった時に身元が判明しやすいようにという配慮だったのかもしれない。すでに二人の部屋には遺書を置いてきてしまった。もう後戻りはできない。


「でも死ぬ前にナッちゃん」

「何? サッちゃん」

「もう一度だけ、君の唇を味わわせてくれないか」

「いいよ、サッちゃん。好きにして」


 サチはキザなセリフを言ったあと、ナツミの唇に熱い口づけをした。それはもう、詳しく書いたら怒られるぐらい濃厚なやつを。息が苦しくなるほどの、思わずオエッてえづいてしまうほど激しい、危うくお互いの舌を噛みちぎってしまいそうなほど濃密な、今生こんじょうの別れのキッス。激しく何度も唇を重ねる二人の上空には、美しくて大きい満月が浮かんでいた。


「じゃあ、行こうか」

「うん、行こう、サッちゃん。来世では幸せになろうね」


 そうやって五分ぐらい触れ続けていたナツミの唇から、ようやく自分の唇を離したサチがそう言うと、ナツミは笑顔でそう言ったが、目からは涙があふれていた。ちなみに二人の口からはよだれが垂れまくっていた。それくらい激しい接吻せっぷんだったのだ。


「泣かないで、ナッちゃん。死ぬのは悲しいことじゃないよ。私たちが今まで味わったすべての苦しみ悲しみから解放される、私たちにとっては幸せなことなんだよ」


 サチはそんなナツミを慰めた。


「そうだね、サッちゃん。そうだよね。私たち、幸せになるために死ぬんだもんね。悲しいことじゃないよね」

「ああそうさ。私たちは生まれ変わった来世で再び巡り合って、今度こそは幸せになるんだ。そのために死ぬんだよ、悲しいことじゃないさ」

「そうだね、それじゃあそろそろ行こうか」

「うん」


 サチの慰めにより、ナツミが泣くのをやめたので、いよいよ二人は佐波川に飛び込もうと歩を進めた。


「ちょっと、すいませーん! そこのお二人さーん!!」


 そんな二人に声をかけた女性が一人。


「え?」


 驚いた二人が川に入るのをやめて振り返ると、そこにいたのは天使……ではなく、Am〇zonかどっかで買ったのであろう天使のコスプレをした、金髪セミロングのおばさんだった。いや、その金髪もおそらくかつらなのだろう。かつらがずれているのか金髪の下にうっすら茶髪が見えている。そのかつらの上には、輪を支える針金が丸見えの、天使のわっかがあった。

 そして、その天使のコスプレ服は胸元がざっくり開いていて、豊満ボディらしいおばさんは、どこぞのキングのように、胸の谷間をこれ見よがしに見せつけていた。右手には天使の杖のような物を持っていた。おばさんのくせに。


「ナッちゃん、行こう。露出狂の変態不審者さんだ」

「そうね、行きましょう、サッちゃん」


 サチとナツミの二人はこのおばさんを無視して、心中するために場所を変えようとしたが、


「待たんかーい! グォラァァァァァァァァ!!」


 天使の格好をしたおばさんは巻き舌でそう叫んだあと、意外に俊敏な動きで二人の前に回り込んだ。


「な、なんなんですか、あなたは? 警察を呼びますよ」


 サチはナツミを守るために抱きしめながらそう言った。ナツミは危機的状況の時に、ふいに抱きしめてくれるサチのことをやっぱり好きだと思いながら、身をゆだねていた。


「あらー? いいのかしらー? 警察を呼んだら、あなたたちも心中未遂で保護されてしまうんじゃあないかしら?」

「ど、どうしてそれを……」


 遺書に書いた以外、誰にも言っていないはずの心中のことを急におばさんに言われてしまって、サチは驚きの声をあげた。


「私はなんでも知ってるわよぉ。なんたって私は、あなたたち担当の天使!」

「お巡りさん! この人ー!」


 おばさんが「天使」と言った瞬間、サチとナツミの二人は警察に助けを求めた。


「フッフッフッ、無駄よ。ド田舎のH市で、夜中に叫んだところで誰も聞いてないから何も起きないわよ! H市は条例によって午後8時に寝ることが義務付けられている市だからね!!」

「そんな条例聞いたことない! それにそんな義務が課されている市なんて滅亡不可避!!」

「ねえ、サッちゃん。やっぱりこの人、怪しいよぉ……私、怖いよぉ……」


 謎のおばさんのせいでナツミは再び泣きそうな表情になっていた。


「おのれBBA! ナッちゃんを泣かす奴は誰であろうと許さんぞ!!」

「誰がBBAかぁぁぁぁぁ! てめえ、表出るぉい!!」

「いや、ここもうすでに表だし……」


 急にBBA呼ばわりされたおばさんは巻き舌でそう言ったが、サチの冷静なツッコミに言葉を失ってしまった。


 すると突然、サイレンの音が河川敷に鳴り響き、パトカーのヘッドライトが三人のことを照らした。そして停車したパトカーの中から出てきた婦警さんが、三人に向かってこう言った。


「あなたたちこんな夜中に何やってるの? 河川敷で若者が騒いでるって通報が来たんだけど」

「あ、すいませーん。私たち高校の演劇部でしてね、今度やるお芝居の練習の方をやらせてもらっていたんですよぉ」


 おばさんはさっきまでの声が嘘のような、公権力に媚びた声でそう言った。


「高校生? 高校生がこんな夜中に出歩いていいと思ってるの? ていうか、あなたホントに高校生? BBAにしか見えないんだけど」

「い、いやだなぁ、婦警さんったら冗談がうまーい! BBAがこんな天使のコスプレするわけないでしょう。私、ピッチピチの十七歳ですよぉー」

「ふーん……学生証は?」

「え?」

「持ってるでしょう、高校生なら学生証」

「あ、すいません。今、ちょっと持ってなくて……」

「持ち物検査させてもらってもいい?」

「いや、この杖しか持ってませんて……」


 おばさんのその声を無視して、婦警さんは、おばさんのボディチェックをし始めた。


「あ、いや、そんなとこ触るなんて……いやん、婦警さんったら意外とテクニシャン、あはん、うふん」

「黙って……」

「あ、すいません……」


 サチとナツミは、本当はこの隙に逃げたかったが、そうすると婦警さんに怪しまれて、家に連れ戻されてしまいそうだったので動けなかった。せっかく遺書まで書いてかっこよく家を出てきたのに、婦警さんに連れ戻されてはあまりにも情けない。かっこ悪い。いじめ、かっこ悪いよ。

 ちなみに婦警さんが、謎のおばさんを職務質問している最中も、二人は熱い抱擁ほうようをかわし続けていた。


「一応、刃物とか薬物とかは持ってないみたいね。夜中にこんな格好してるぐらいだから絶対にコカインの一つや二つ持ってると思ったんだけど……まあ、持ってないから今回は不問にしてあげるけど、早くおうちに帰りなさいよ。おうちの人、心配してるでしょう」

「はい、すいませーん。なるべく早く帰りますんで、はい、はい、どうもすいませんでした。お勤め、ご苦労様でーす……」


 パトカーに乗り込む婦警さんに深いお辞儀をして見送ったおばさんだったが、パトカーが消えるや否や、


「カァー! なんなんだよ、あの婦警! 人のことをBBA呼ばわりしやがって!! ああ、くそ、拳銃奪い取って殺してやればよかった!! だいたい田舎なんてなんの事件も起きないんだから、あいつら、ただの税金泥棒なんだよ!! 泥棒のくせに私を不審者扱いするとはふざけるにも程がある!! ていうか、コカインて! 今までの人生で一回も見たことないわ、コカインなんか!! コ〇・コーラは大好きだけどねぇっ!!!!」


 思いっきり悪態をついた。

 そんなおばさんにサチが勇気を持って再び話しかける。


「それで、あなたはいったい誰なんですか?」

「だからさっきも言っただろう、私は君たち担当の天使……」

「お巡りさーん!」

「ダァー!! 最後まで自己紹介させろや!! またパトカー来ちゃったらどうすんだよ!? それにあんまり天丼をやりすぎると、テンポが悪いっつってブラバされちゃうだろうがぁ!!」

「ブラバ?」

「いや、それはこっちの話だ……とにかく最後まで自己紹介させろ! 私は君たち担当の天使。大……ペ……天使のガプリエルだ!!」

「いや、こいつ今、大と天使の間に小声で『ペ』って言ってなかった? 大ペテン師って自ら言っちゃってんじゃん。やっぱりこいつ怪しいよ、ナッちゃん」

「それに大天使ってガブリエルだけど、この人ガプリエルって言ったわよ、サッちゃん」

「おのれ! 老眼のお年寄りにはブとプの違いなんてわからない! さてはこのおばさん、お年寄りを専門に狙う悪質な詐欺師だな!!」

「ええっ!! 今まで何十人殺したかわからない、列車強盗のシリアルキラー!? やだ!! 殺さないで!! お願い!!」


 おばさんがなんらかの犯罪者であることを確信したサチとナツミの二人は、ますますお互いの体を寄せ合い、密着した。


「だから違う言うとろうが! もし本当にお年寄り専門の詐欺師だったら、こんな夜中に高校生のお前らに話しかけんわっ!! それに列車強盗って!! 西部劇じゃねえんだからよ!! 今時、貨物列車襲ったってなんも儲からんわっ!! それにお前ら、死にたいんじゃなかったのか!? 私がシリアルキラーならむしろ大歓迎だろう!! 喜べよ!! まあ、私は今まで一度も人を殺したことなんてないけどな!!!!」


 サチとナツミのすべてのボケにいちいちツッコミを入れてくれるあたり、このおばさん、実はいい人なのかもしれない。


「っていうか、とにかく!! 私の!!! 私の!!!! 私の話を聞けぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」

「いいんですか! そんな大声出して!! また誰かに通報されてパトカー来ますよ!!! 今度こそは確実に逮捕ですよ、おばさん!!!!」


 そう言うサチの声も充分に通報レベルの大きさだった。


「だったらなおのこと、さっさと話をしないとな! あなたたち!! 心中するのなんてやめなさい!!!」

「いやだ!! 今の日本では、私たちはキッスすることはできても、ノリで入籍することはできない!! そんな日本に嫌気がさしたのだ!! 私たちは一旦死んで、生まれ変わって、私たちが幸せになれる国に行くんだぁっ!!」

「そう、それ!」

「何が!?」

「あなたたちが幸せになれる国、私は知ってるの!」

「どこ!?」

「異世界にある、国民がほぼすべて女性のアマゾネス王朝、ジエンド王国よ!」

「そんな国は聞いたことがない! それにジエンドって、縁起悪い名前の王国だなぁっ!!」

「そりゃないでしょうね! だって異世界にあるんだもん!! でもあなたたちが行けば必ず幸せになれるわよ!! 国民がほぼすべて女性ってことはつまり、女性同士の恋愛・結婚は当たり前!! ジエンド王国に行きさえすれば、あなたたちは死ぬ必要も生まれ変わる必要もない!! 今世で、今の姿のままで、二人とも幸せになれるのよ!!」


 おばさんのその話を聞いたサチとナツミの心が少しぐらついた。


「仮にその国が本当にあるとして、どうやって行くんだ!? 新幹線か!? 飛行機か!?」

「異世界なんだから、そんなんで行けるわけないでしょうが!! 私の力で連れてってあげるっつってんだよぉっ!!」


 この時、再び河川敷にパトカーのサイレンの音が鳴り響いた。


「ヤバい、またサツが来やがった……ええい! 考えている暇はない!! マジカル! リリカル!! エンジェルビーム!!! 神よ! この哀れな二人をどうか、ジエンド王国に連れて行ってあげてくださいなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 謎のおばさんが杖を振り回しながら、そう叫んだ直後、チカとナツミは目の前が真っ暗になって、急速に意識を失った。






「ん? ここはどこだ? ここが……天国なのか?」


 意識を取り戻したサチが目をこすりながら起き上がると、目の前にいたのは西洋甲冑に身を包んだ兵士の集団だった。その兵士たちはサチと、隣で気を失っていたナツミの二人に向かって、槍の刃先を向けていた。サチは驚いて周囲を見回したが、三百六十度すべて兵士たちに囲まれていて、逃げ場はどこにもなかった。


「なんだここは?……はっ、まさかあのおばさんの言っていた通り、本当に私たちはジエンド王国に連れてこられてしまったのか?」

「なんだ、こいつらは? 見たことのない格好をしているな……」


 そんな兵士たちの間から姿を現した、西洋甲冑の兜だけ取って顔を出した、金髪ロングの長身の女性が、サチとナツミの二人を見て、不思議そうな表情と声でそうつぶやいた。


「なんにせよ、不法侵入の不届き者だな。座敷牢ざしきろうにつないでおけ」

「はっ!!」


 その金髪女性の命令により、サチとナツミは逮捕・連行されることになってしまった。兵士たちはまずサチに手錠をかけて、気を失っていたナツミを起こした上で、ナツミにも手錠をかけて、連行した。


「くそ、あのBBAめ! 何がジエンド王国に行けば結婚できて幸せになれるだよ!! 即逮捕! 即処刑!! ジエンド王国で幸せになる前に、人生がジエンドじゃないかぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「うるせぇ! 黙って歩け!!」


 悲劇の主人公気取りで絶叫したサチだったが、女性兵士に後頭部を思いっきり叩かれてからは、大人しく連行されていったのだった。

次回、第二話「座敷牢って最高!!」 いつ更新するかわからないけどお楽しみに!

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