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セーブ・フロム・ガーディアンズ   作者: ken
傭兵隊スカイランド
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朝駆け

群れに追われる中、交代の騎手がやってくる

 かろうじて顔を覗かせている月明かり。心細い道標(みちしるべ)を頼りに、荷車で揺られた街道を逆走するとは思いもよらなかった。ここまでの遁走(とんそう)で、松明は既に失っている。ぬかるんだ地面、視界の悪さ、追われる重圧。転ぶ理由を上げたらきりが無い。

 群れのうなり声は背中から離れず、どこまでも追いかけてきていた。途中で諦める、そんな気配はなさそうだ。獣の習性のひとつに逃げるモノを追いかける、というのがある。それは狼から逃げ続ける限り、追われ続ける事を意味していた。


「はぁ、はぁ…。気のせいか、唸り声や足音が、はぁ、少なくなってる気が、はぁ…。」


 どれくらい駆け抜けただろうか……。ここまで相当な距離を走ったはず。それを考えれば群れから逸れた狼も少なからずいるかもしれない。ジョン爺はこれが狙いだったのだろうか。いや、そうであるなら最初から伝えてくれたはずだ。“出来る事をやる”とは隊の皆が口にする言葉。裏を返せば“出来ない事はやらない”とも言える。ジョン爺が何の魔術を詠唱したにせよ、川まで走る事が出来るのだ。強く自分に、自分の脚に言い聞かせる。


 足はまだまだ動く、そう――


「――この足が動く限りっ!」


 息はあがっているが、不思議と疲労も脱力感も感じない。夜更けにも関わらず、身軽な身体は痛みも感じない。ジョン爺の魔術なのか、感覚が麻痺しているのかは分からなかったが、ともかく走り続ける事に支障は無かった。


 背後から迫る重圧の中に、狼の足音とは別の規則的な音が響いた。まるで土を金属で抉るような音が。


「――ひ、蹄の音!?」


「ユウ、お疲れ様。遅くなったけど、交代の時間よ。」


「く、クリス隊長!はぁ、はぁ、ま、待ってましたぁぁ!」


 その落ち着いた声とは対照的に僕の声は上ずってしまう。何しろここまで孤独に走り続けてきたのだ。自分以外の声を聞けただけでも、嬉しくて(たま)らない。


「あら、まだ元気そうね。このまま川まで一緒に駆けましょうか?」


「はぁ、はぁ、はぁ……。(ブンブンブン)」


 首を横に何度も振り、これ以上は無理という意思表示を示すので精一杯だ。頑なに折れなかった走り続けるという強い意思は、聞き慣れた凛とした声で簡単に根元から崩れ去っていた。


「あらそう。それなら毛皮狩りはどう?珍しい毛皮らしいわよ。」


「!?(ブンブンブンブン)」


 い、いったい何を言ってるのだろう。走り続けるのでさえ精一杯なのに、毛皮狩りなどもってのほか。無理の無理である。首を横に振り、更に両手を交差し、明確なバッテンの意思表示で応えた。


「あら、残念。また二人で狩りでもと思ったのに。じゃあ、その先で合流して戻りましょう。」


 クリス隊長とこうして駆けるのは、初めて出会った時以来だった。その時の思い出話はまた今度にしよう。親指を立てて了承の合図を送ると、颯爽(さっそう)と脇を通り過ぎてく馬の影。

 月明かりの下、馬を反転すると今度は僕の方に向かってくるクリス隊長。すれ違いざまに()()()くれるのだろうか。


「――ユウ、手を!」


 差し出された細腕を手首ごと掴むと、視界が一気に上昇した。まるで見えない翼でも生えたかのように、ふわりと浮く身体。手を掴んだ力以上に、引き上げられる力で華麗(かれい)に釣り上げられた。


「――クリス隊長!はぁ、はぁ…、ありがとう、ございます。」


 飛んだ勢いで(またが)ると、息も絶え絶えに言葉を絞り出した。ひとつ息を整えるごとに汗が噴き出してくる。


「しっかり捕まってて。少し荒れるわ……よっ!」


 羽織ごとクリス隊長の腰にしがみ付く。ジョン爺に見られたら、羨ましがられるかもしれない。しかしこれも毎回の事だが、僕としては常に必死なだけである。

 急に荷が一人増えた馬も、落ち着いたままだ。これは手綱を操るクリス隊長の手腕による所が大きいかもしれない。ぬかるんだ街道も、群がる狼すらも意に介さないかのように駆け抜ける。大きくうなるような群れに飲み込まれ、無数の牙に晒されてもその速さは変わること無い。


「んー……さすがにこのまま素通り、という訳にはいかないようね。ユウ、少し手綱を任せられるかしら?」


「は、はいっ!」


 腰からお腹、そして手綱へと手を伸ばす。前方は見えないがこのまま駆けるだけであれば、何とか操れるだろう。

 両手が空いたクリス隊長は手綱から双剣に持ち替えた。飛び掛かってくる狼をその双剣で流麗(りゅうれい)に撃退していく。右に薙ぎ払ったかと思えば、左は叩き落とすように振り下ろされる双剣。馬上とは思えないほど(たく)みな剣技が冴えわたるたびに、短く甲高い鳴き声が、後方へと過ぎ去っていった。背後から襲ってこない所をみるに、群れの進む先は変わらずラーディ川方面のようだ。


「もう少しで群れを抜けれそうね。頑張って、ユウ!」


 不意にそれまで慌ただしかった周囲から音が消えた。思い切って背後を振り返るも、暗闇が広がるばかりである。しつこさを具現化したかのような狼の群れから離れる事が出来たのだ。


「ふぅ、ようやく獣臭さから解放されたみたい。ありがとう、ユウ。あなたもよく走ってくれたわ……。良い馬ね、よしよし。」


 双剣から水袋に持ち替えたクリス隊長が、ここまで走ってくれた人馬に向けて労いの言葉を投げかける。その声はどこまでも優しく、穏やかな声音であった。

 その優しさに応えようとするが、まだ肩で息をしている僕は、返事に(きゅう)した。差し出された水を飲んでも、息を整えるにはもう暫くの時間が必要だろう。


「フフッ。私の水は安く無いわよ?」


「――ご、ゴホッ!く、クリス隊長!?」


「ウフフッ。冗談よ、さぁ一息ついたら野営地まで駆けるわよ。」


 表情こそ見えないかったが、白金の髪の向こうではきっと笑顔なのだろう。血生臭い空気が、和らいだような気がした。

 人馬一体とはまさに今この瞬間かもしれない。駆け出した馬は足場を崩すことなく、軽やかに街道を駆けていた。僕が手綱を握っていたらこうはならないだろう。騎手と馬、互いを信頼して迷うことなく悪路を突き進む。ここまでの重圧から解放された安心感からか、途端に襲い来る睡魔。小刻みに揺れる馬上で船を漕ぎはじめた僕は、そこで意識が途切れてしまった。



「――ユウ?まぁ……。そうね、いくら魔力で疲れ知らずとはいっても、こんな所まで駆けてくれば……。」


 地平線には赤みがかった朝焼けが徐々にその境界線を広げつつあった。後ろを振り返り、ユウと街道、そしてその先に見えるラーディ川を順番に眺めた。既に群れの姿はなく、澄んだ空気が漂うだけである。


「馬で半日の道を走り抜けるなんて、貴方に言っても信じないでしょうね。フフッ。」


 そう、彼は川まで走っていたのである。“すぐ追いつける”と勢いよく出てきたは良いものの、駆けても駆けても姿が見えない。暗闇で追い抜いてしまったかと、焦り始めた頃であった。ようやく追いつき、そして追い抜いた先は川まであと一歩の場所だったのだ。

 ジョン爺の術式は、主に病人や不調を訴える兵の為に使われる。本人の魔力量に応じて、体力気力を回復させるものだ。回復するとはいってもその効果は微力だろう。元々弱っている人はその分、魔力も乏しいので、全快するほどの効果は期待できないのである。仮に魔力量が充分ならばどうだろうか。結局のところ、気力体力といった曖昧なものに変換する為、ある程度の効果以上は望めない。いわゆる効率が悪いのだ。

 しかし、その効率の悪さを補って余りあるほどの魔力量を彼は持ち得ていた。小さな魔術士曰く、およそ人が蓄えられる魔力の総量を遥かに超えている、と。その膨大な魔力を元に、蓄積していく疲労を活力に変え“疲れ知らず”となっていたのだった。


「――シーグリッドにまた小言を言われそう。」


 丈夫だ、頑丈だ、というのは小さな魔術士ことシーグリッド曰く“その膨大な魔力を消費して治癒、回復に努めているのではないか”という見解だった。傷の大小に比例して魔力も減少している事がその根拠に挙げている。また一方で、魔力欠乏による反動の危険性も危惧していた。これは本人の意思に関係なく反射的に、という理由からだった。

 当然、この事は隊内は勿論のこと本人にも直接伝えている。しかし、術式、魔力に関しては理解が及ばないらしく、彼が本当の意味で理解しているかは()()()がついた。


「今日は一日休んでもらおうかしら。……さてさて、どうしたものかしらね。」


「……ゥ、スゥ、スゥ。」


「また荷車は……嫌がるでしょうね、きっと。あんまり無茶はして欲しくないのだけれど。……ウーン。」


 実直な彼の事だ。起きるなり、輸送隊の護衛を買って出るだろう。“休んでていいわよ”と言っても半日と休息しない事は記憶に新しい。


「もっと私達を頼っていいのだけれど、ね。」


 時折、聞こえる寝息と馬の(いなな)きが相槌(あいづち)となり、誰と会話するでもなく独り言が続く。境界線を広げていた朝焼けは、いつの間にか眩しい程の朝陽となり、夜の終わりを告げている。傭兵隊スカイランドの輸送護衛二日目が始まるのだった。

また書き溜めたら更新します

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