農村アーカンソン3
食事の歓待を受けるパトリシア一行
アーカンソンを古びた農村のようだと思った事を訂正しなければならない。招かれた食卓にはそのどれをとっても充分すぎる程の量の料理が並べられていた。親衛隊が持ち寄った食材もあるだろうが、それにしても多種多様な料理が振る舞われている。それはベルグラードでの食事と遜色ないどころか、むしろ多いぐらいであった。
僕に一番近い大皿には、塩漬けされた川魚の包み焼き。渡河した川から馬の脚で一日の距離とはいえ、ここで川魚は貴重なのだろう。他にも蒸かした芋に、刻んだ野菜の上に大きな卵焼き。主食であろう米は勿論、パンも選べるようにと別皿にそれぞれ盛られていた。また別の皿には、食べやすいように少し砕かれた木の実が山盛りに盛られている。麦酒に至っては大きな樽が二つもある。肉料理こそ無かったものの、それを補って余りある食卓であった。
おおおお、美味しそう!!と思わず声に出しそうになるが、パトリシア姫の手前、勝手非礼は許されない。グッと堪えて、静かに会食の始まりを待つしかない。
「麦酒以外は茶があるそうだ、すまないがそれぞれで注いでくれ。料理の方は……行き渡ったようだな。まずはパトリシア殿下よりご挨拶を。」
「ありがとう、クライヴ。まずは皆が集まるこの場に、手厚いもてなしで迎えてくれたアーカンソンの皆さんに皇国を代表して謝意を。バーバラさん、どうも、ありがとう。」
食卓の用意が終わり部屋の隅に控えていた家主ことバーバラさんが、平身低頭でそれに応えた。
「また、今日一日、輸送護衛に努めて頂いた皆さん。無事に食事を食べる事が出来るのも皆さんのおかげです。改めて、ご苦労様でした。」
座したままではあったが、その場の全員が同じように頭を下げ応えた。僕も見よう見まねでパトリシア姫に応える。
「ふふっ。さぁさぁ!固いお話はここまでにしましょう。ご飯ぐらいはリラックスして食べないと、美味しいお料理も冷めてしまいますわ。乾杯は――クリス隊長、お願いしても?」
川辺で見た笑顔の面影を残しつつ、微笑みにとどまったパトリシア姫の声に促されて、クリス隊長が立ち上がった。
「えぇ、分かりましたわ。それでは……そうね。まだまだ先の行程は長いけれど、ひとまず今日の無事をお祝いしない?――パトリシア殿下も輸送隊も皆無事に辿り着けた事を祝して。……乾杯!!」
ぐるりと周囲を見渡したクリス隊長に対し、僕たちは各々のコップを高らかに掲げて彼女の音頭に応える。
「「「かんぱぁぁぁい!」」」
コップとコップがぶつかり合う甲高い音を合図に夕食が始まった。食卓にはパトリシア殿下をはじめ、クライヴさんに従卒二人。クリス隊長にエリーさんとシーグリッドちゃん。輸送隊からも二人ほど招かれているようだった。騎士鎧はつけておらず、涼しそうな羽織一枚着ただけのゆったりとした恰好の人ばかりであった。
僕とシーグリッドちゃんはこの地方の茶葉であろう水出し茶を頂くことにした。苦味はなく、ほんのりと甘みがある以外はすっきりとした飲み口でとても美味しい。料理はどれも美味しかったが、特にご飯は格別の美味しさであった。恐らくは新米なのだろう、味が濃く弾力もありご飯だけでも箸が止まらない。
一方、麦酒に喉を鳴らしていた反対側のテーブルでは、樽からコップ、コップから口へとその一連の動作が止まる事は無かった。余程美味しい麦酒なのだろう、従卒の二人の顔は既に真っ赤になっている。
美味しい料理というのは、それだけでその場の空気を柔らかくしてくれる最高の素材である。食卓には忌憚のない歓談の声が弾んでいた。それは家主バーバラさんも例外ではなかったようだ。
「はぁ、ここら辺は川からも遠く、土地も細くて……。兵隊さん達の満足のいく料理がなく申し訳ないですのぅ。ただ米と麦は収穫したばかりでたんとあります故、どうかそれで英気を養って下され。」
「なぁに、有り余るほどの料理……、そして何よりこの麦酒!最高の麦酒に感謝する。バーバラ、誇るが良い、これほどの麦酒は我がライオネル家でも重宝するだろう一品だ。」
「うむ、またこの料理、麦酒に合うような味付けでいい肴だ。失礼ながら寒村かと思ったが中々どうして……、良い村じゃないか!わっはっはっは!」
顔を真っ赤にしたまま、大笑いすると再び麦酒を煽る従卒二人。
「これこれ、あまり飲みすぎるでないぞ。親衛隊は殿下の護衛、輸送隊は補給物資の護衛とまだまだ先は長いのだからな。」
そう話すクライヴさんも、よく見ると頬がほんのり赤みを帯びていた。
「はっ。しかしお任せください。我が魔槍迅雷にかかれば野盗などはもとより、魔獣――竜ですらも屠ってやりましょうっ!!」
半日前に魔獣を仕留めたばかりのダニエルさん。その顔は首まで赤く酔っぱらっていたが、自身に満ち溢れていた。
「つい最近、竜を討つとお話になってた兵隊さん達が沢山来られたが、皆さんも同じですかのぅ?」
「えぇ、そうなの。私達は殿下と共に彼らへの補給物資を運ぶ任務の途中なのよ。アーカンソンには被害が及んでないようね?」
当初は平身低頭していた家主バーバラさんではあったが、今ではすっかり歓談の輪に加わっている。
「そうですなぁ、ここら辺は平和なものですじゃ。例年、農作物を荒らす獣がやってきますが、収穫期を過ぎても今年は静かなもので、おかげさまで豊作になりまして、えぇ。」
「それは何よりね。ところでバーバラさん、一つ伺っていいかしら。その、何か竜の話は聞いてます?」
“ニーベル高原で竜の被害がある”という話だけは聞いていたが、それ以上の情報は皆無であった。最も僕たちはそこまでの道案内を兼ねた護衛という依頼だったので、深く追求することも無かったのだろう。しかし、興味が無いと言ったら嘘になる。なんといっても見聞きすることが中々無い希少魔獣である竜。パトリシア姫が質問を振ると、バーバラさんは一呼吸おき、話し始めた。
「へぇ、儂らもニーベルより先の隣国から流れてくる行商から噂を聞いただけなんですじゃ。何でも街道沿いはもう滅茶苦茶だそうで。幸いにもその行商は荷馬を失わずに来れたようじゃったが、暫くは違う街道を使うと話してましたのぅ。」
「竜そのものは見ていないと?」
エリーさんが相槌を打ちながら先を促した。
「へぇ、へぇ。ただ街道沿いに開いた大穴、あれは間違いなく竜の仕業じゃと。大穴からは噴気、地面が揺れるほどの咆哮が響いていたと、顔を青く話してましたのぅ。」
いつの間にか歓談の声は止み、皆がバーバラさんの話に耳を傾けていた。話が終わると、良い頃合いだとばかりに、夕食会はお開きとなった。
自分たちのテントに各々が足を進める中、スカイランド傭兵隊の足は止まっていた。彼らが休んでいる間の安全は、僕たち傭兵隊が確保しなければならない。麦酒こそ飲まなかったものの、美味しい料理で満たされたお腹の底からは、満腹感と少しばかりの不安が広がっている。脅かされた訳では無いが、未だ得体のしれない竜に対しては正直な気持ちをいえば興味半分、恐怖半分である。
「ふふふっ。美味しいご飯でお腹が膨れて眠くなっちゃったんじゃない?私たちのお仕事はこれからですわ。一度顔を洗ってらっしゃいな。」
夜目もきくザラさん。物静かになった僕を気遣ってか、優しく声をかけてくれた。そうなのだ、今一度僕たちの依頼内容を確認しておかなければいけない。物見遊山でここに来ている訳では無いのだ。闇夜の月はまだ輝き始めたばかり、風通しの良いテント群の端で、僕らの護衛が始まろうとしていた。
次に続きます




