農村アーカンソン2
湯浴みで疲れを癒すパトリシア、エリー、シーグリッド
今日の目的地アーカンソンは、まるで大地からテントが生えてるかのような光景だった。荷馬車の点検が終わった兵達が手際よく野営に備えてテントの組み立てを進めている。僕たちは既に隊のテントを組み立て終わり、今は夕食の準備に取り掛かっている。陽は完全に身を隠していたが、周囲にはかがり火や魔術の灯などいたる所にあり、思った以上に明るかった。
その灯りの中でも、ひときわ大きく爛々と輝いている灯りが、一軒の家をユラユラと照らしていた。傭兵隊スカイランド所属、魔術師シーグリッドちゃんの灯だ。一般的に普及している灯の魔術。魔力を輝く光に変えて展開する術式だが、その灯の大小、輝度は術者の力量に大きく左右されるそうだ。灯に照らされた家の周囲には従卒に選ばれたザッシュさんとダニエルさんも見える。顔までは見えないが目印となる大きな槍でどちらがダニエルさんなのかは一目瞭然である。クライヴさんは軒先に腰掛け家主と談笑しているようだった。その並びにはジョン爺とザラさんも見える。シーグリッドちゃんとクリス隊長の姿は確認できなかったが、恐らく屋内にいるのだろう。その灯はシーグリッドちゃんの魔術師としての力量を示すのに充分すぎるほどの明るさであった。
湯気で満たされた部屋では、エリーとパトリシアの静かなせめぎ合いが始まっていた。エリーが部屋の隅に控えたまま動こうとしないのである。これに困っていたのはパトリシアだ。リラックスしようとお湯に浸かるまでは良かったが、話もなくじっと見られていては居心地が悪いばかりか、かえって疲れてしまうのだ。一緒に湯に入ろうと何度目かの説得の後、ようやくエリーが折れてくれた。
「それでは――失礼致します。」
身体に布を巻いただけのエリーがゆっくりと湯船に入ってきた。薄い布越しからでも分かるそのお腹から腰に掛けての曲線美。鎧の上からでも分かっていたが実際に間近で見ると女性のパトリシアから見ても見惚れるほどの美しい身体であった。それは戦いで負ったであろう傷跡ですらも、美しさに花を添えているように思えた。適度に鍛えらた身体からは力強さを感じる筋肉に、女性特有の柔らかさ。パトリシアも胸の豊かさには多少の自信はあったが、それでもなお視線を釘付けにしてまう程に、豊かな胸は魅力的であると断言できた。白い肌に映える綺麗に整えられた銀髪がその魅力に深みを与えている。
「あ、あの――、あまり見られると……その、申し訳ございません。」
「ううん、私の方こそ思わず見惚れてしまって。女性の鍛えた身体は見慣れていないもので。男性のそれとは全然違うのね。」
「はぁ、私にはよく分かりませんが。――如何なる危険が及ぼうとも盾となりますので、ご心配には及びません。ご安心下さい、殿下。」
パトリシアはハッとした。普段から周囲の機微には充分に気を配っていた彼女であったが、湯船で二人だけという事もあり気が緩んでしまったようだ。傷跡も多い細身の身体は、男性に比べて非力じゃないか、エリーはそんな風に受け取ったに違いない。
「いいえ、違うの、貴女の警護に不安を覚えた訳じゃないわ。エリーと呼んでも?……ねぇ、エリー。外はクライヴ達が護衛してくれているし、壁の向こうにはクリス隊長も控えているでしょう。護衛に不満は全くないの。お昼に魔獣に襲われた時もユウが囮になってまで守ってくれたと聞いてるわ。今こうしてのんびり湯に浸かっていられるのは、エリー達のお蔭と分かってるわ。だからさっき言ったのは、本当に見惚れてたからよ?」
「殿下のお言葉、……ありがとうございます!」
「もう、堅苦しいの無し無し!ここは湯船よ。もっとリラックスして今日一日の疲れを癒しましょう?それと殿下も無しね!せめてパトリシア姫って名前で呼んでほしいわ。」
「いえ、殿下。礼儀というものがありますのでそれは……、どうかお許しください。しかし、今日一日の疲れを癒すというのには大賛成です。ふぅ……。」
湿り気を帯びた銀髪がキラキラと光っている。上気した頬と相まって、若さに見合った色気が自然と溢れていた。それは自然に磨き上げられた輝石のような輝きを放つような情景で見惚れてしまうのも仕方ない。
パトリシア自身も艶のある肌に綺麗にまとめた白金の髪、丸みを帯びた優しい曲線美と見劣りしない美しさを誇っていた。しかし、彼女自身その魅力に気付くには、今しばらくの時間と経験が必要であった。
エリーの色気に当てられて視線を泳がせたままでいた最中、遠くから何とも可愛らしい鼻歌が近づいてくる。その音色は部屋の入口の前で一旦止まると、バァーンという音と共に再び奏で始めた。
「おふろー。おふろー。みんなではいるー。」
「こ、こら!シーグリッド!控えよ、殿下がまだ入浴中だぞっ!」
鼻歌の主は、灯の術式展開を終え、その足でそのまま湯浴みに来たシーグリッドであった。クリス隊長が部屋の外に控えているはずだが、特に問題無しと判断したのだろう。
「んー。エリーもお湯つかってるー。わたしもー。」
ザバーっと頭から湯をかぶると、エリーの制止も聞かずそのまま湯船に飛び込んできた。
「んーんー。ぷはぁっ!気持ちーいいー。おふろー気持ちいいー。あったかい、殿下もエリーもぽかぽかする!おなじー。」
シーグリッドがそのまま鼻歌を続けている中、呆気にとられていたパトリシアはその光景に思わず吹き出してしまった。その表情からは石仮面が完全に崩れ、年相応の屈託のない笑顔になっていた。
「ぷっ、ふはっはは。あははははっ。あー可笑しい。シーグリッド?でよろしいかしら。いいわ、皆で今日の疲れを癒しましょう。うふふふっ。」
「申し訳ございません殿下、うちの隊の者が……。」
「いいのよ、構わないわ。これぐらい砕けてくれてた方が私も気が楽だわ。それに素敵な音楽も聴かせてもらえたしね!」
「殿下とおふろー、エリーとおふろー。気持ちーいいー!」
エリーとパトリシアの間に挟まった格好となった小さな演奏家は、互いに主張し合ってる谷間で鼻歌を奏でている。流石に一軒家のお風呂、三人も湯船に入れば多少の狭さを感じざる負えない。しかし、パトリシアにとってはこの距離感がとても居心地が良く感じられた。それはこれまでの道中の孤独を埋めるかのような窮屈さであった。
灯の麓から楽しそうな笑い声が聞こえなくなってから暫く後、夕食となった。家主の好意で夕食はそのまま屋内でご馳走になるようだ。突然の来訪にも関わらず歓待してもらえるのは、あの掲げられた皇旗による所が大きいだろう。これが僕たちの隊旗だったならば、一蹴されて扉を閉ざされるのが関の山だ。実際そのような場面は何度か経験があった。
夕食の席に招かれたのはクリス隊長以下二名である。エリーさんは湯浴み後にそのまま付き従う形で、何故かシーグリッドちゃんも同様に付き従っている。残り一名は僕だ。これも論功行賞の一環なのだろうか、あまり深く考えずにお誘いを受ける事にした。川辺で案内を頼まれた際は、一人で心細くもあったが今回は違う。エリーさん、シーグリッドちゃんにクリス隊長、何より美味しいご飯が食べれそうという事もあり、自然と足取りが軽くなるのも仕方のない事だった。
次に続きます
農村アーカンソン3




