戦働き
ラーディ川を後にする輸送隊
親衛隊が戦功の報告をする列を作っていた
のどかな風景に場違いな隊列が続いている。川を越えた先の街道はそれまでの道とは違い整備が行き届いておらず度々、荷崩れを起こすほどの荒れ道だった。ある意味でパトリシア姫が乗馬で移動となったのは良かったのかもしれない。しかし、立ち止まる度に作られる列を眺めていると、そうも言ってられない状況が続いていた。閉ざされた馬車とは違い、面と向かい合う事が出来る馬上ならばと、近づいて来ては声高に家名と戦果を称え報告する親衛隊の面々。それを取り仕切るのは警護長クライヴさんだ。嫌々という表情を隠しもせず家名を聞き、書き留めている。
「――次の者。殿下に報告を。」
「はッ!ウエスト家が次男ザッシュ、一番槍こそは逃したものの、二番手として駆けつけ黒き魔獣に一撃を加えんと奮戦致しました。皇国の忠実なる矛としての役目、ウエスト家として当然の責務、このザッシュ・ウエストが果たしたと、一筆お願いしたく申し上げる次第でございます。」
「――戦働きご苦労。ウエスト家のザッシュ、しかと記憶致しました。この先も困難な道のりは続きましょう。勇猛と名高いウエスト家、頼りにしておりますよ。クライヴ、父君への報告書にもウエスト家の記入を忘れずにお願い致します。」
「畏まりました。ザッシュ、先ほどは奮戦していたようだが、殿下に背を向けた事、我は忘れておらぬぞ。今後あのような場面では自らを盾とするように改めよ。」
「ははっ!ウエスト家の名に恥じぬ戦いを必ずや!」
「――そろそろ出立の準備が整うようだ。この場ではあと一人の報告で一旦区切りとする。では次の者、前へ。」
一礼をして下がるザッシュさんと入れ替わりで、次の人が報告に上がる。隊列が止まる度にこの様子なのでクライヴさんでなくとも嫌気がさしてくる。彼らは親衛隊のように見えて、その実、如何にして戦功を記録させるかだけに苦心する貴族諸侯であった。忠義を尽くすのはパトリシア姫なのか家名なのか僕には判断がつかない。皇国内に及ぼす影響を考えると、安易に叱責など出来ないのであろう。感謝や激励ばかりの言葉を重ねながら、竜討伐への奮起を促していた。これが彼女の戦場であった。彼女が受ける傷は目に見えない身体の内側を斬られて出来る傷だ。川辺で置き去りにされた時の事を思えば叱責の一つもしたいであろうに、それが出来ないもどかしさ。それをパトリシア姫の従者たるクライヴさんの、チクリとする言葉に表れていた。
「――パトリシア殿下、まずは先刻の非礼、ダニエル・ライオネルがお詫び申し上げます。我が身一つで真っ先に駆け付けたい所でしたが、かの巨大な魔獣を討ち倒すにはライオネル家の魔槍迅雷が必須と考え、苦渋の決断の末に出遅れた事を重ねてお詫び致します。魔獣を討ち倒す為とはいえ、パトリシア殿下のもとを一時でも離れてしまった事を今も恥じております。どんな処分も受け入れる所存です。」
兵士二人分はあろうかという長槍。雷鳴を轟かせていた魔槍迅雷と共に報告に上がったのは、結果的に魔獣にトドメの一撃を与えたダニエルさんだった。彼は他の親衛隊の報告とは違い、傍に居られなかった事の謝罪であった。心象的な意味合いで言えば、彼の方が他の者より良い印象を持たれるだろう。要はただの言い訳なのだが、物は言いようである。親衛隊の中では真っ先に駆け付けながら、出遅れた事を謝罪している。これではパトリシア姫はおろか、他の者達も非難は出来ないだろう。なぜなら彼より遅く駆けつけた者達には既に賛辞が贈られたからだ。これにはクライヴさんも小言を言う訳にもいかない。
「――ダニエル・ライオネル、戦働きご苦労。非礼の件は問いません。私だけの胸に留めておきます。聞き及ぶに一番槍として駆けつけたとか。名槍と名高い迅雷の威力、凄まじかったと報告を受けております。父君への手紙にもライオネル家の活躍、しかと書き記しておきましょう。我らはまだ道半ば、竜討伐の際も名槍の名が轟くことを期待しております。これからもよろしく頼みますよ。」
「ダニエル、先刻の活躍ご苦労。今後も親衛隊の手本となるような戦働きに励むように。では皆持ち場へ戻り出立を。まだ報告のある者はまた改めて来るように。――解散!」
白銀の列がクライヴさんの号令により、周囲に散らばった。パトリシア姫の戦場がようやく終わったのである。彼女は、川辺を出発してからというもの、華麗に馬を乗りこなしていた。黄色いドレスから、動きやすい衣服に着替え、親衛隊と同じ白銀の鎧に身を包んでいる。エリーさんの胸当て同様に胸部が大きく湾曲しており、その豊かさを大いに主張していた。散策していた時のような屈託のない表情は影を潜め、石仮面でも被っているかのような面立ちのままであった。これが公私の区別なのだろうか。姫に対して少しばかりの寂しさを覚えたが、これは竜討伐の輸送隊である。目的を見失ってはいけない。少しばかりの笑顔を知ったからといって、彼女に何を期待しているのだろうか。彼らは彼らの、僕らは僕らの仕事を全うしよう。
徐々に緑が少なくなる代わりに、盛り上がった赤茶色の土が増えてきた街道沿い。穏やかな風景とは言い難い中を輸送隊は進み続ける。僕はというと身体の痛みはすっかり消え失せ、多少頭がクラクラする程度まで快方していた。もっともクラクラする頭は荷車の上で揺られているせいだろうから、乗馬すればそれも自然と消えるであろう。いつ護衛隊に復帰するか迷っていた所、それを察してか最後尾からお呼びの声がかかった。
「おぅ、新人。随分暇そうな顔をしてるじゃねぇか。どうだ、動けるようなら少し偵察にでも出てみるか?」
ラインハルトさんなりの気遣いなのだろう。偵察は既にアイスさんが出ている筈だ。僕が改めて出る必要は無いが、何か理由が無くては動きづらいと察したのである。その厚意に甘える形で偵察に出る事にした。
「すみません、身体の方はもう大丈夫です。――それで、どちらに偵察に向かったら?」
「そうね……。赤土も出てきたし、今日の目的地アーカンソンまではそう遠くないはず。村までの街道ではどうだろうか。クリス隊長には私たちからの指示だと伝えて良いぞ。」
エリーさんも、ラインハルトさんの提案に賛成のようで、彼の代わりに答えてくれた。つまりこういう事だ。偵察済みの村までの間、少し気分転換に馬を走らせてはどうだろうか、と。パトリシア姫と親衛隊のやり取りを見続けていたせいか、二人からの心からの気遣いが痛いほど胸に響いた。
「ありがとうございます。それではまずは先頭へ行ってみます。」
先頭へ向け最後尾を離れた。ここで一つ難問が降りかかった。パトリシア姫の横を素通りしても良いのだろうか。しかし、一言声掛けるにしても間には親衛隊がいるので、彼らの頭越しに挨拶するのも何かおかしい気がする。彼らを割って奥まで進んで行くのは論外だろう。またもや礼儀作法の迷宮に迷い込んだ僕。悩んだ結果、届く届かない関わらず、声を掛ける事にした。
「――失礼ながら、パトリシア姫の横を通らせて頂きます。傭兵隊スカイランド所属のユウです。」
親衛隊のギロリとした視線だけが返ってきた。彼らの何かを刺激したのだろうが、僕にはそれが分からない。ともかく声は掛けた。これで素通りの非礼は免れるはずだ。視線の矛に耐えられず、一刻も早くその場を離れようと馬を走らせた。
「ユウ殿!ユウ殿ー!もう動かれて大丈夫なのか!?殿下からお伝えしたいお言葉がある。暫し待たれよッ!」
僕の背中をクライヴさんの声が捕まえた。しかし、クライヴさんの声は聞こえど馬群の中を進むのは簡単な事では無かった。馬を巧みに操り通せんぼされていたのは明らかであった。それはクライヴさんも同じだったようで、僕を呼びかける声が怒声へと変わる。
「貴様らッ!ユウ殿は貴様らが背を向けた中、唯一魔獣に立ち向かっていった者であるぞッ!!少しは礼を持って接しないかッ!!!」
怒声が馬群を割り、周囲の密度が薄くなった。立ち向かう、良い言葉ではあるが、結局は囮役になっただけなので胸を張るほどの事では無い。彼のもとまで辿り着くと、その背後から石仮面をつけたままのパトリシア姫が顔を覗かせた。
「おぉ、すまないユウ殿。して、怪我の方は動いても大丈夫なのか?酷い出血だと聞いていたが……。」
姫も声には出さないが軽く頷いている。周りの耳もあるのだろう、不用意に言葉は話せないようだった。
「はい、この通り大丈夫です。出血の見た目ほど酷くは無かったようですね、ははは。」
「そうであったか。本来は我が盾となり壁となる所を、本当に申し訳なかった。殿下からも貴重な時を稼いでくれたと…、ゴホン。親衛隊の皆が駆けつける時を稼いでくれたと感謝の気持ちをお持ちだ。何やら用があるとお見受けしたが、暫く殿下の話を聞く時間をいただけないだろうか。」
話を聞いているのは僕だけでは無い。いつの間にか周りには親衛隊が再び集まり密集隊形になっていた。それに気付いてか、言い回しが独特であった。招かれざる客なのだろう、異物を吐き出すかのような周りからの視線が痛かった。
「はい。偵察の指示があるので長い時間は無理ですが、少しなら。」
「おぉそうであったか。では手短に、殿下。」
「――傭兵隊スカイランドには道中の護衛をお願いしました。馬車は既に失ってしまいましたが、未だ荷の方は無事とのこと。その……、献身的な護衛、ありがとうございます。まだクリス隊長には声を掛けてはいませんが、もし時間があるのならば一度お礼をお伝えしたいと考えています。伝言を頼めるかしら?」
「は、はい。それはクリス隊長も喜ぶと思います。」
街を出た時のクリス隊長の笑みが思い出された。エリーさんならば飛び跳ねて喜んでしまうかもしれない。僕を通してスカイランドの皆へと向けた言葉であった。街を出る時に見たパトリシア姫が目の前にいる。それは川辺での彼女とはまるで別人であり、その仮面は外されることは無いだろう。少なくとも周りの目があるところでは。
「では、お願い致します。それと、その……貴方の負傷、私や皆の盾となったと聞いております。もう身体を動かせるようですね。これからも護衛、お願いします。」
あまり角が立たないような配慮のある気遣い。それを汲み取るぐらいは僕にも出来た。
「護衛するのが役目ですから。それでは偵察に出ますので失礼します。」
ティカさんのように安心を届けるような笑顔でそう答えたつもりだったが、それが通じたかは不明だった。
そのまま先頭まで少し馬を走らせる。足元は悪かったが、馬の脚が取られるほどではない。心配なのは荷車の方だろう。
「クリス隊長!すみません、遅れました。もう身体の方は大丈夫です。」
「あら、もう馬に乗れるの?もうすぐ村につくからそれまで休んでていいのよ。」
「いえ、それがエリーさんとラインハルトさんにその村までの偵察をお願いされて、ははは。」
「ふふふっ。じゃあ私からついでにお願いしてもいいかしら?アイスと合流したら受け入れ準備に湯を沸かしておいてくださる?殿下もいらっしゃるし、この土煙の中、馬車も無ければ風避けも無いままで進んでいるもの。」
「もうザラ、あまりユウを困らせないで。あの触角をまともに受けて動いてる方が信じられないのよ。私は、ここに残っててほしいのだけど……。」
こうなることを見越しての指示だったのだろう。姫の伝言と合わせてそれらすべてを話すと、僕はそのまま偵察と受け入れ準備の為に出る事になった。クリス隊長は渋々といった感じではあったが、実際に馬を走らせる僕を見て大丈夫と判断したようだった。
赤土の煙を巻き上げながら駆ける一頭の馬。風に乗るように駆け続けると、やがてスカイランドの隊旗が見えてきた。僕に気付いたのか隊旗が揺られ、こちらに近づいてくる。
「……。ユウか、何かあったのか?」
「あ、いえ。僕も動けるようになったので、偵察にこっちまで。もう暫くすると輸送隊が来ると思います。」
アイスさんが隊旗を担いだまま馬を走らせて来てくれた。負傷した僕が先着したので何かあったと勘違いしたのだろう。
「……。なるほど。こっちの方は問題無い。魔獣の脅威もここまでは及ばないだろう。」
「そうですね、竜の被害が出てるのはまだまだ先でしょうしね。あ、そうだった、ザラさんが湯を沸かしておいて欲しいそうです。姫が土煙で汚れているだろうからと。」
「……。湯、か。」
「はい、湯、です。薪割り頑張りましょう!」
何もしないで待つ苦痛は先ほど嫌という程感じていたが、僕と似た感情をアイスさんも持ち合わせていたようだった。待機以外の仕事が出来た嬉しさがその眼差しさから感じられる。それに同意する形で僕も応えると、二人の中で使命感がメラメラと燃え上がった。案内役に囮役、偵察に薪割りと目の前の出来ることを一つずつこなしていく。今はただ身体を動かせることが嬉しかった。
次に続きます
農村アーカンソン1




