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セーブ・フロム・ガーディアンズ   作者: ken
傭兵隊スカイランド
15/25

輸送護衛の依頼

輸送護衛の依頼を受けたユウたちはラーディ川へと向かった

パトリシア姫登場

 輸送護衛の依頼を受けてからというもの、エリーさんの働きぶりと言ったら目を見張るものがあった。糧秣の用意から荷馬車の準備、旅行者や商隊からの情報収集にと八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍だ。“実はエリーは三人居たのよ”とクリス隊長に言われても驚かないだろう。それほどまでに皇族を護衛する仕事というのは憧れだったのかもしれない。


 僕はといえば、馬を走らせて調子を整えさせる役目が続いている。目的地のニーベル高原までは馬を走らせれば、二日ばかりで着くが、物資輸送の荷馬車を引いてとなると最低でも四日はかかる見込みだった。その為、遠出に備えて馬の調子は万全にしておかなければならない。不意な野盗、魔獣に備えて予備の馬から装備一式まで準備万端に整い終えたのは、あれから二日経っての事であった。


 クライヴさんたちは、パトリシア姫を護衛する部隊、補給物資を輸送する部隊とに分かれていた。護衛部隊は親衛隊から選抜されているらしかったが、皆若く騎士の鎧を着させられている印象が拭えない。ジョン爺曰く、皇族護衛の(はく)をつける為の名ばかりの親衛隊らしい。それは、(くらい)の高い貴族諸侯の親類縁者なら誰もが欲しがる経歴なのだろう。

一方で護衛部隊の方は実務部隊らしく、屈強な兵士たちが集まっていた。輸送物資の目録には彼らも含まれているのだろう。


 輸送護衛の依頼を請け負ってから三日後、遂に街を出立する時が来た。城壁の外に集まった一団。出発に際し、パトリシア姫より挨拶を頂けることになった。気品のある声が城壁前に響く。


「――みなさん。これより我らは竜討伐へと赴きます。かの地での竜による被害は看過できません。皇国内での暴虐を我ら皇国軍は許さないからです。……お力添えをいただいた傭兵隊スカイランドの方々と共に、皆で竜の脅威を討ち払いましょう!」


「皇旗、かかげぇぇぇ!」


 パトリシア姫の挨拶が終わると、掲げられた皇旗(こうき)のもと僕たちは出発した。皇国軍旗の中でも最上位であろう皇旗は、皇族関係者のみが掲げられる隊旗である。それは白い生地に金色の竜と獅子が向かい合っている刺繍が施された旗であった。ちなみに一般的な皇国軍旗は黒い生地に白い獅子の紋章のみである。


 城壁の街ベルグラードに駐屯していた皇国軍の部隊が街道沿いに見送りに整列している。普段は道を譲らなければならない黒い軍旗の中を、悠々と進めるのは心がはずむようであった。


「カッカッカッ。普段は威張り散らしている軍隊が我らに道を譲っているとはのぅ。良い景色じゃわい。」


「そうね。これだけでもこの依頼受けて良かったわね。ふふっ。」


 めずらしくクリス隊長が笑みをこぼした。それは目の前の光景ばかりではなく、出発の挨拶を思い出しての事かもしれない。


「私たちの傭兵隊にまでお言葉を……。気合を入れて護衛せねばっ!」


「ふふふっ。エリーったら今からそんなに力んでいては、あとあと持たないですわよ。」


 パトリシア姫、皇位継承十六位の姫である。継承順位に性別の差は無く、直系長子から順番に生まれた順であった。その順位からも分かる通り殿下は直系ではなく、傍系(ぼうけい)の末子である。白金の長い髪に真ん丸とした瞳からはあどけなさが感じられたが、実際は僕より一つ年上らしい。


「ラインハルトとシーグリッドには渡河の準備で先発してもらったわ。それでは皆、よろしくね。川までは休憩無しよ。」 


 皇国軍輸送隊の隊列を整理すると、僕らは輸送隊を囲むようにそれぞれ配置されている。先頭からクリス隊長以下僕らの糧秣を積んだ荷馬車。その後ろに輸送隊本隊の荷馬車に兵士たち、皇旗を掲げた親衛隊とパトリシア姫が乗っている馬車と続く。最後尾にはクライヴさんにエリーさんが予備の荷馬車と馬を率いていた。僕とアイスさんは荷馬車の隊列左側、ジョン爺とザラさんは右側をそれぞれ警戒している。


 順調に歩みを進める皇国軍輸送隊。街の東を進んだ先、ラーディ川までは街道が整備されている為、特に問題なく進むことが出来た。


「おぅ、ようやく来たか!こっちはもう準備できてるぜっ!」


「じゅんび、できたー。」


 渡河の準備を終えたラインハルトさんが輸送隊を出迎えてくれた。傍には渡し船がいくつか繋いであるのが見えた。流れそのものは穏やかなラーディ川であったが、その川幅は五メートルを超えている。荷馬車だけで渡るには少しばかり困難を伴うだろう。


「ありがとう、ラインハルトにシーグリッド。それでは積み荷を降ろして一旦、休憩にしましょう。」


「クリス殿、じつは殿下が川を見たいとおっしゃっていてな……。時間が許すならば少し散策に出てもよろしいか?」


「えぇ、渡河にはしばらく時間が掛かるわ。こちらは先に荷物を運んでいるから、ごゆっくりどうぞ。誰か人を付けましょう。ええと――」


「では、私がっ!」


 エリーさんが即座に志願の挙手。その目はキラキラと輝きに満ちている。


「そうねぇ、でも馬の曳き手が必要だし、エリーには残ってほしいわ。ユウ、お願いできる?」


 渡河は積み荷を渡し船に移し何度も往復する予定だ。しかし、馬や荷車は船に乗せられない為、浅い場所を選び渡るしかない。その為、馬の扱いに長けているエリーさんは持ち場を離れるわけにはいかなかった。思わぬ大役を得てしまった僕はエリーさんの羨ましそうな視線を背に受け、馬車へと向かった。


「すまぬ。ユウ殿、親衛隊はまだ遠征には不慣れでな。少し休ませてやらねば……。私も傍に控えてるが、殿下の案内をよろしく頼む。」


「分かりました。あ、あの!失礼があったらすぐ教えてください。僕、こういうのは経験がなくて。」


 川の散策ならば、暫く川沿いを歩いて戻ってくるだけだろうし、問題は無いだろう。しかし、街の貴族ですら話したことが無い僕は、大いに緊張した。貴族どころか皇族である。自然と手綱を握る手に力が入った。


「はは、そう固くならなくても。殿下は皇族であるが、私は勿論のこと、平民にも分け隔てなく接して下さる。少々気難しい所があるかもしれないが……、まぁ大丈夫だろう。」


 何か含みのあるような言い方が気になったが、まぁ黙って手綱を引いて従っていればいいと簡単に考える事にした。馬車の前までいくと、クライヴさんに倣って片膝を付いた。


「パトリシア殿下、ラーディ川に到着致しました。散策の用意が整っておりますので、外の景色をご覧ください。」


「ふぅー、ようやく外に出られるのね。もうずっと馬車の中では退屈だわ!私も馬に乗りたいって言ったのに!クライヴったら――、……あら、失礼。

……コホン、えーとご苦労様、それでは川の散策に出掛けましょう。」


 清々しい自然の中に気品のある声が舞い降りた。ジョン爺曰く、「世の中には見なかった事、聞かなかった事にした方が良い場面が必ずあるからのぅ。そういう時はただひたすら沈黙の一手じゃ。」(原文ママ)らしい。今まさにこの瞬間がその時だと僕の本能が告げていた。


「……。殿下、こちらの者が案内役のユウ殿です。」


「傭兵隊スカイランド所属のユウです。このたびは――」


「――ユウね、分かったわ。ずっと座りっぱなしで揺られていて、その……とにかく!堅苦しい挨拶は抜きにして早く身体を動かしたいの!」


 丁寧な挨拶を一生懸命考えていた僕は、会話を遮られてホッとしていた。しかし、すぐに次の難問が降りかかってくる。お尻をさすりながら降りた姫を見るに、恐らく乗馬は暫く無理であろう。そうすると川の散策は歩きでという事になる。馬に乗ってもらい僕は手綱を引くものばかりと思っていたが、歩きとなると話は変わってくるのだ。

 僕の立ち位置は何処に?案内役という事は姫より前を歩くのか、でもそれは失礼にあたらないだろうか。しかし、だからと言って後ろに付き従っていては、万が一の場合に身体を盾にして守る事が出来ない。ならば、横はどうだ。いや、駄目だ駄目だ。身分違いの者が肩を並べて歩くなどそれこそ失礼になるだろう。


「殿下、では歩くとしましょう。親衛隊の(みな)には(しば)し休息を申し付けてあります(ゆえ)、ユウ殿と私のみになりますが、よろしいですかな。」


「えぇ……。お願いするわ。」


 思考が出口の見つけられない迷路から抜け出せない間も話は進んでいく。馬車から降りたパトリシア姫は、その白金の髪を風になびかせながら両腕を広げ大きく背伸びをしていた。薄い黄色のドレスに輝石がはめ込まれたティアラに首飾り。ドレスの上から桃色の布を肩から巻きつけている。全身を包む暖色から見る者に和らかな印象を与えていた。その衣装は勿論、装飾品から彼女の外見までどれもが一級品である。話す声ですら綺麗と思えるほどだった。


「あ、あの案内役ですが、すぐ後方に控えております、ご自由に川縁(かわべり)をご散策なさってください。見たところ野犬や魔獣などの危険も無いようです……。」


「??」


 消去法で探し出した迷路の出口。言葉遣いはこの際置いておくとして、我ながら会心の答えだ。やはり姫の前を歩くのは失礼になるだろう、横は問題外だ。後ろに控え、何か聞かれたら応えるのが一番だと思ったのだ。


「なんで案内役が後ろにいるのよ?それじゃ何処に行けばいいか分からないじゃない。前で先導してくれない?」


「は、はひっ!パトリシア姫……、いえ殿下の前を歩くのは、大変に失礼かと思いまして――」


「あぁ、そういう事。いいのいいの固くならないで。周りの目もここなら無いだろうし私もそういうの疲れるから。――クライヴも“殿下”は無しよ。いつも通り“姫”でいいわ、ね?」


 川の水面に反射したお日さまを背景に、片目を閉じて微笑む姿は、美しい風景画のようだ。その表情は僕ではなくクライヴさんに向けられていたが、思わず心を奪われそうになった。


「ね?と言われましても……姫。あまり(くだ)けない方がよろしいかと。ユウ殿も困惑している様子。まだまだ旅路は続きますぞ。」


「いいじゃない、それに軍属では無いのでしょう?その方がユウも少しは気が楽よね。ほら見てよ、手と足が一緒に動くほど緊張してるじゃない。ふふっ。」


「……それもそうですな。ユウ殿、先ほども伝えたとおり、姫はこのように気さくな方でな。肩の力を抜いて下され。」


「す、すみません……。では前で先導を……、の方をさせて頂きますね。」


 高貴な方と接することに慣れていない僕。そのせいか緊張で口が上手く回らない。


「姫、よく食卓に上る焼き魚はこちらの川で取れたものですぞ。思い出しますなぁ、幼き頃はよく釣りをしたいとせがまれて……。どうです?今宵の肴に一匹釣られてみては?」


「はぁ……。クライヴ?いつの話をしているのよ。これから竜を倒しに行くんでしょう。呑気(のんき)に釣り糸を垂らそうものなら(みな)に何て思われるか。これでも名目上はこの隊を率いてる将よ。それ位はわきまえてるわ。」


「……。」


 二人の間に流れる雰囲気が幾分和らいだように感じる。背後の会話は出来るだけ耳をすり抜ける様に努力しつつ、ゆっくりと川沿いを歩く僕。さらさらと流れるラーディ川のせせらぎが緊張している心を落ち着かせてくれた。


「ねぇユウ?この辺は魚以外は何が取れるの?」


「は、はいっ。魚以外ですと、水辺に集まる水鳥や草原からやってくる動物でございます。時たまそれらを狙う魔獣も出没すると聞き及びます……、はい。」


「ぷっ!ふふ、あっはははは。ごめんなさいね、でもその話し方、可笑しくて仕方ないわ。ねぇユウ?普段通りでお願いできないかしら。それとも傭兵隊は皆そんな話し方なのかしら?」


「い、いえ……。以後気を付けます。ハハハ。」


 不敬(ふけい)があってはいけないと、これでも必死である。笑い声まで綺麗な姫とは対照的に、乾いた笑いしか出てこないほどだ。これも挑戦のひとつと決意して案内役を頑張っている。しかし、現実はそう簡単に上手くはいかないようだ。


「ふぅ可笑しかった。気に入ったわ、ユウ。――ねぇクライヴ、竜の戦場までまだ日数がかかるのよね?」


「えぇ、クリス殿によると今日をいれて四日程のようです。最低でも残り四日は堅苦しい殿下を演じて頂かなくてはなりませんな。」


「うぅ、気が重いわね。……違うその事じゃないの。彼を――」


 会話があらぬ方向へ進みそうな気配の中、波風を立てて川が()()()。せせらぎがざわめきに変わる川辺。その異変に姫も気付いたようで会話を切り上げる。


「ユウ殿、これは一体?」


「パトリシア姫、クライヴさん!水生魔獣(すいせいまじゅう)ですっ!一旦皆の所へ引き返しましょう。」


 川の水面に映る影。その影はゆらゆらと大きく揺れながら近づいてくる。それまで緊張していた気持ちの回路を切り替え瞬時に反転させる。水生魔獣の狙いは恐らく渡河している荷馬だろう。あるいは水辺にいた僕らか、いずれにせよパトリシア姫とその輸送隊に危機が迫っているのは間違いなかった。

次に続きます

魔獣と魔槍

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