寄宿舎の朝
寄宿舎での朝ご飯、依頼の内容を聞く仲間たち
皇国軍親衛隊所属の騎士クライヴ登場
朝陽が城壁を照らし終える頃、街へと続く街道には雑踏が出来つつあった。この時間帯は青空市場へ朝摘みの農作物を届ける荷馬車が多い。その流れに逆らう二人の姿。彼らの目的地は街道を逸れた牧草地の奥、寄宿舎である。傭兵隊スカイランドの朝は、ジョン爺夫婦の訪問によって幕を開けた。
「おはよう、ジョン爺、アビー。」
「おはよう、クリス。昨晩はすまんかったのぅ。依頼の話があったとかで、柄にもなく飲みすぎてしまったわい。」
「あんたにとっては毎度の事だろう?まったくもう。クリス、いつも面倒かけて悪いねぇ。」
「ううん、いいのよ。ジョン爺にはいつも助けて貰ってるし。」
「うちの握り飯で悪いけど、朝ご飯こさえてきたから皆で分けてちょうだい。」
「皆さん、おはようございます。わぁ、美味しそう!」
起床して自室を出ると、美味しそうな匂い包まれた。広間には山盛りのお握りと香り豊かなスープがあり、クリス隊長たちがテーブルを囲んでいる。
「人も増えてきたし、折角だから外のテーブルで頂かない?昨夜の件で来客の予定もあるの。皆で食べながら待ちましょう。」
朝の身支度を整い終えたクリス隊長の凛とした声が上がった。広間には人数分の椅子はあるものの、ジョン爺夫妻に来客が座るとなれば手狭である。皆での食事は外に設置された大きなガーデンテーブルで頂くのが慣例となっていた。
「分かりましたわ。ええと、アイスは朝駆けでしたわね。エリーとライはまだ起きてないみたい。起こしてきましょうか?」
「カッカッカッ。ならば爺が起こしに……、いてててて、や、やめんか!じょ、冗談、冗談じゃよぅ。」
昨夜と同じような既視感。ジョン爺を叩くのは矢ではなくお盆であったが、背中がバシバシと鳴らしていたのは同じである。
「まったく油断も隙もないわね。ザラ、うちが居ない時もこんな真似してたら遠慮なくやっちゃっていいからね。」
「ふふふっ。分かりましたわ。喜んでアビーの代わりに叩きましょう。」
日常の一コマに過ぎない朝の光景ではあったが、ずっと眺めていたい光景であった。しかし、いつまでもこうして棒立ちしている訳にもいかない。自分に出来る事をやる。今の僕に出来る事は朝の身支度を整えて、美味しく朝ご飯を頂く事だ。回れ右をして、水場へと向かった。
顔を洗い、軽く着替えて外に出ると、エリーさんは既に着席していた。その眼はぴったりと閉じており、起き抜けを体現している。この澄んだ空気も彼女の眠気を吹き飛ばすには至らなかったようだ。朝駆けから戻ってきたアイスさんの姿も見える。
「揃ったかしら。では頂きましょうか。」
「ライ、まだ起きてこないー…。」
「ふふふっ。まぁライはいつもの事ですし、ご飯が冷める前に頂きましょう。」
アビーさんのお握りは三角の形をしており、その頂点から具が少し見えるように握られている。食べる人の事を考えて握られたお握りだ。スープは季節の野菜を煮込んだものであった。さっぱりした味が疲れた胃に優しく、飲みやすい。その朝ご飯はどれも思いやりが具現化されたような優しい味であった。和やかな雰囲気につられて素直な感想を口にする。
「美味しい、これとっても美味しいです!」
「カッカッカッ。アビーの作る料理は絶品じゃからのぅ。さて、クリス。昨日の話とやらを聞こうかのぅ。」
「えぇ。皆、食べながらでいいから、聞いてくれる?」
お言葉に甘えて、お握りを頬張りながら、うんうんと頷く僕。
「昨日の件だけど、依頼は皇国軍からの道案内を兼ねた輸送護衛だったわ。東のラーディ川を渡り、湿地帯を抜けた先にあるニーベル高原までの遠出になるわ。」
「輸送護衛?ニーベル高原方面が戦場になってるとは初耳じゃわい。」
「それがね、ジョン爺。どうやら向かう先は戦場じゃないみたい。私も昨日知ったのだけど、竜の被害が出てるらしいの。」
「ほぅ。竜とは久しぶりじゃのぅ。希少魔獣の話なんていつ以来じゃ……。」
竜と聞いて傭兵隊の面々がぴくりと反応した。竜などの希少魔獣討伐の際は、その討伐難易度から軍隊が動くことが多い。魔獣の脅威を排除するというよりは、素材目当ての狩りである。少なくない被害も出るが、剥ぎ取れる素材の希少性からその見返りは充分にあった。先日の野盗にあった際も、彼らが希少魔獣と誤認したのが事の発端である。
「それで昨日の彼、クライヴによるとね。先発している討伐隊への慰問という形で皇族が向かうらしいわ。補給物資はそのついでね。」
「ふふふっ。皇位継承順位は低いみたいですけど、仮にも皇族の方ですもの。万全の備えに腕利きの道案内を探していた所、私たちの話を聞いたらしいですわ。」
「なるほどな、それは光栄な事だ。だがそれこそ皇族なら親衛隊とかが護衛するのではないのか?」
竜に続き皇族と聞いて、騎士のエリーさんは完全に起きたようだった。彼女の問いに、昨夜同席していたアイスさんが答える。
「……。親衛隊はクライヴの部隊のみだ。色々事情があるらしい。」
「カッカッカッ。政治の匂いがするのぅ。これだから軍隊は面倒だわい。」
「その辺は私たちには関係ない話よ。それで報酬なのだけれど……、あまり高くは無いわ。それに前回のような討伐剥ぎ取りの権利も無いの。竜に関する権利はすべて皇族にあるって話よ。」
「……。返答は保留してある。」
「うちが口出す事じゃないけど、こういう事かい?“竜討伐”が出来そうだからって、皇族のお偉いさんがわざわざ出張ってきて美味しい所を頂こうって話?それに被害が出てるってことは、皆も危ない目にあうって事だよね……。それを安い報酬で道案内とはあまり良い話とは思えないけどねぇ。」
アビーさんが眉をハの字にした困り顔で、皆の気持ちを代弁してくれているようだった。もぐもぐ、ズズズ。僕は相変わらず美味しい朝ご飯をご馳走になっている。方針を決めるほどの知識も情報も無い僕は、事の推移を見守る他ない。
皆が方針を決めかねている頃、朝食のテーブルを囲む輪に新たな人影が加わった。
「昨夜は失礼した。スカイランドの諸君、改めてご挨拶させてもらおう。皇国軍親衛隊所属の騎士クライヴだ。今はパトリシア姫様付の従者、警護長を務めさせてもらっている。」
皆が騎士クライヴさんの丁寧な挨拶に応えた。昨夜と違い明るい所で見ると、その無骨な印象は幾分和らぎ、年相応の疲労がたまったような苦労人のような相貌をしていた。
「おはよう、クライヴさん。今ちょうど皆に依頼の件の話をしていたところよ。正直に言うと、報酬に対する被害リスクが釣り合っていないって思ってるの。」
「ふむ。確かに割りの良い話ではあるまいが……。実は、今日は殿下も来ていらっしゃる。色よい返事が貰えるものと考えているようで……、お止めしたのだがな。」
クライヴさんが頭をかきながら、顔の皺をより一層深めて唸っている。すると、エリーさんが着替えてくると言って席を立った。皇族に会うのに袖なしのシャツ一枚では失礼と思ったのだろう。
「りゅうー…、会えるなら、いくー。」
賛成票一である。竜に会った事が無い僕にとってはシーグリッドちゃんの意見に賛成だ。冒険に出るような好奇心が大いに刺激された。
「爺はアビーの話に同意じゃのぅ。たとえ竜に会えたとしても、素材が剥ぎ取れんでは物見遊山と変わりがないからのぅ。遠出の諸費用がなぁ。せめて報酬とは別に、費用はそちら持ちとか何かしらの特記事項があれば話は変わってくるんじゃが……。」
「……。恐らく、被害担当隊になるだろう事を考えれば、乗り気にはなれん。」
「ふふふっ。そうねぇ、護衛ですものね。道案内とは言うものの、いざ戦闘となれば盾となり矛となりでしょうし。私もあまり気が進まないですわね。」
アビーさんにクリス隊長の票も加えれば反対票五である。火傷に槍傷と怪我したばかりの僕は、同じく矢傷を負ったザラさんの言い分に納得せざる負えない。戦闘の結果、魔獣ないし敵兵から報酬を貰えないともなれば、本当にただの被害担当になるだけである。
「ユウ?あなたはどう思う?」
どちら側の意見も正しいと思う。だからこそ、どちらか一方に決めるのが難しかった。お握りをほお張りながら云々唸っていると、寄宿舎の方から助け舟が出された。
「――私は受けたいぞ。殿下を護衛させて頂けるとは騎士道の誉、この機を逃しては騎士の名折れだからなっ!」
寄宿から飛び出してきた銀髪の騎士。胸当てと腰当に分かれた鎧に背中を覆うほどの盾に大剣。更に隊旗の紋章が入った外套と、珍しく額当てまでしているエリーさん。彼女の正装であった。急いで着替えてきたのか、それとも皇族と会う緊張なのか頬が薄紅色に上気している。
「エリーったらそんな気合の入った恰好までして。断る場合の事も考えてよ、もう。」
やる気充分の正装までしてきて依頼を受けれませんとは、相手の立場を潰しかねないだろう。クリス隊長のため息が聞こえてきた。エリーさんの後に続いてようやく起きてきたラインハルトさんが食卓の会議に加わる。
「ライ……、は聞かなくても賛成ね?」
「おぅ、よく分からんが戦いがあるなら何処にでも参戦するぜい!」
反対票五に賛成票三である。多数決で決まる訳ではないだろうが、このまま黙っている訳にもいかない。いつか言われた「分からない事を分からないと言える事が大事」そんな言葉を思い出しながら、クリス隊長に倣って正直に今の気持ちを話す事にした。
「正直、戦闘が予想される護衛輸送で果たして僕で役に立てる事があるだろうかって考えちゃいます。前回の事もあるし。だけど、それを理由にこの依頼を断るのは何か違う気がして……。僕に出来る事がきっとあるはずだって、この前からずっと思っていたんです。具体的にそれはまだ分からないけど、とにかく目の前の事を一つ一つ挑戦していこうって。――だから今回の依頼、僕は受けたいと思いますっ!」
「そう、分かったわ。――皆、良い?」
反対票五に賛成票四である。クリス隊長がぐるりと見渡すと各々が頷いた。彼女の凛とした雰囲気がその場の空気を支配し、皆の意見をまとめ上げたようだった。満足気に立ち上がった彼女はクライヴさんに依頼の返答を伝えた。
「クライヴさん、隊の方針が決まったわ。色よい返事が出来るかと。殿下をお招きしても?」
「おお、おお。それはありがたい。助かりましたぞ。では早速お呼びしてまいる。暫し待たれよ。」
多数決で言えば、断ったであろう依頼。何がクリス隊長を心変わりさせたのかは分からなかったが、こうして輸送護衛依頼の仕事が始まったのだった。
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輸送護衛の依頼




